第4話

「いや、免許皆伝どころか、そもそも剣術とは何か、という振り出しに戻ってしまったのだ」


「はは、それはまた……。しかしお前は幼い頃から、剣を振りながらそういう小難しいことを考えている男だったな」


箸を止め難しい顔で腕組みをしている甲斎に、彦衛門が懐かしげに笑う。


しかし甲斎は顔を上げ、見事に整えられ秋の風情を漂わせている縁側の外の広い庭、そのさらに外の遠いどこかを眺めながら語り出す。


「剣術とは、元をただせば人斬りであろう。人を斬る技術の会得えとくだ。

しかし今の御時世、実際に人を斬る戦などありもせぬ。その中で剣術を極めるとはどういうことなのか。その答は未だ誰にも出てはおらぬと思っている。

ただひとえに人斬りであるにも関わらず、数多くの流派や思想が入り乱れている現状がそれを示しておろう。流派ごとに異なる型があり、しかしただ強さを求め型などにはこだわりたがらぬ者も多い。

私も流石さすがに、型を重んじるあまり精神修行と化し、もはや禅のようになっている流派には首をかしげてしまうものだ、が、型に全く意味が無いとも思わぬ。

閃剣流の極意は『極めし剣、すなわ型也  なり』だ。先代はこの句について『自ら答を出せ』と何も教えてはくれなかったが、私は『真に剣を極めた者の所作は無駄が無く美しく、それをもって型と呼ぶ』のだと解釈している。

昨今の道場が当然に教えている『型ありき』の指導では無く、ありとあらゆる人斬りの技術を試し、身に付け、いかなる状況でも決して敗れることの無い完成された合理的な所作、これが型なのだとな」


「ふむ、確かに、先代も入ったばかりの門下生に『まずは兎に角、何をやってもいいから私に勝ってみせい』なんていきなり重い木刀を持たせて自ら相手をする方だったものな。俺はあれで散々にやられて痛みと恐怖で三日寝込んだぞ」


「はは、懐かしい。中には複数で挑んだり剣以外の体術なども用いて挑む輩もおったが、まるで舞を見ているかのように鮮やかに全て斬り捨てておられたな。今にして思えば、あれが先代の『型』なのだ。

その所作の一つ一つを取り出して順に鍛錬を重ね身に付けていくことが修行となるわけだが、しかし先代はそうやって一つ一つを体得して重ね合わせた結果であの型に辿り着いたわけでは無いはず。それだけでは無い、ありとあらゆる試行錯誤の末に、先代にのみ備わるべき『在るべき型』が定まったのだ」


「なるほど……。市井しせいの職人にも似ている気がするな。一流の職人は一分いちぶの狂いも無い見事な所作で一流の逸品を作っているものだ。閃剣流が他と少し違ったのは、そういうところにあるのかも知れないな。私は日々の修行に必死でそこまで考えが及ばなかったよ。お前は流石だな」


彦衛門が心から関心した様子で言うが、当の甲斎は未だ悩み尽きぬといった顔を彦衛門に向けると、


「それがわかったところで、なのだよ。つまりは私も先代同様、私の『在るべき型』を見出し極めなければならないということなのだ。本当の修行は始まったばかりなのだと、今、強く感じている」


そう言って、まるで剣を静かに振り下ろすかのように目の前の皿へと箸を運び、重なって小さな山となっている煮物の中から全く他を揺らしもせずに根菜を一つ抜き取り、返す箸で口元へと送った。






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