第3話

「お前の方はどうしてる?三年前に免許皆伝を成し遂げ今や閃剣流せんけんりゅうの師範、順風満帆といったところじゃないのか。私も城勤めなどでは無く剣の道を貫いた方が良かったのかも知れぬと、最近よく思うよ」


刺し身をあらかた食べ終え、吸い物で一息ついた彦衛門が、少しうらやましげに言った。


「そのようなことを申しては田沼様に顔向けできぬぞ。実力主義で誰とも分け隔てなく接される田沼様のおかげで今のお前があるのでは無いか。田沼様が剣術以上にお前の算術の技量を買って、江戸城の勘定方かんじょうかたなどという要職に引き抜いて下さったのであろう?」


「いや、まぁ……これは失言だったな。田沼様には内密に頼むよ」


「わかっている」


甲斎は小さく笑い、舞のように流れる手付きでわずかな米を箸に取り、口に運ぶと、


「しかし実は私の方も決して順風満帆などというわけでは無いのだ。師範という肩書、二百年の歴史を持つ閃剣流の名を汚さぬようにと、むしろ今の方がその重みに押し潰されそうな程でな。そもそも免許皆伝とはなんぞやと、根本的な所から頭を悩ませている始末だ」


眉間みけんしわを寄せ深くうなずいた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る