第13話 許可

「アッシュ、アッシュ――似合う?」

「んー? ふむ……」


 自分の頭に金の髪飾りを着けたホリーが振り向き、聞いてきた。眼鏡の奥の瞳は楽し気だ。気も抜けているらしく、帽子と杖も別空間に収納している。

 対して――俺は真剣に考え始める。ホリーに似合うのはどれだ!

 公的な『御仕事』を終えた俺達は事前の約束通り、都市内の宝石店で買い物中なのだ。まぁ、旅に必要な食糧や水、馬の飼い葉等は奉行が手配してくれるのでひやかしに近い。値段も地方都市にしては相当強気だし……。

 ホリーと視線を合わせ、素直に伝える。


「ホリーが好きならそれでもいいけど……俺はそっちの枝を象った銀飾りの方が似合うと思うぞ?」

「――そう?」

「おお!」

「――なら、そっちにする。これはララのお土産」


 天才魔法使い様は元気よく頷き、様子を窺っていた女性店員へ俺が指差した銀飾りと、今まで自分が着けていた金飾りを「二つ、買う」と告げた。

 俺は布袋取りだし、金貨を積んでいく。

 どうせ、旅の途中で得たあぶく銭だ。これでホリーが気分よく魔法を撃ったり、知恵を貸してくれるなら安いもんだろう。景気よく使っちまおう。

 微笑みながら尋ねる。


「これで足りますか?」

「……え? あ、は、はいっ!」

「良かったです。銀飾りは着けていくと思うんで、金飾りだけ包んでください」

「か、畏まりました」


 緊張しながら、女性店員が髪飾りを包んでいくのを見ていると、ホリーが少しだけ頬を膨らまして、文句を言ってきた。


「……アッシュ、私が払うつもりだったのに」

「いいって。ホリーは自由都市で頑張ってくれただろ? 気にすんな」

「…………むぅー」


 口籠りつつ、俺ににじり寄り左腕を拘束。どうやら、恥ずかしがっているらしい。

 店内を見渡しつつ、聞く。


「フィオナへの土産はいいのか?」

「いい。だって、この後、アッシュを独占出来る。ララは出来ないから、埋め合わせの意志を示しておかないと……怖い」

「あの人はんなことで怒ったりしないだろ」


 苦笑し、否定する。

 俺の知っている、ララ・リオノーラはさっぱりとしていて、付き合いやすいいい人だ。難点があるとすれば、後輩をからかうが止められない宿痾を持っているくらいか。

 ホリーが小さく呟いた。


「…………そう思わせながら、甘えるのが罠なのに。アッシュは隙が多過ぎる。フィオナも強敵だけど、此処は同盟継続が肝要……」

「? 今、何か言ったか?」

「――言ってない。そんなに、私の声を何時も気にしているなんて、アッシュはもう私の虜。魔王を倒したら、その日の内に籍を入れる決断をした方がいい。子供は最低でも四人は欲しい」

「話が飛躍し過ぎてんぞー? 結婚とか想像も出来ん。今を生きるので精一杯ですよ、俺は」

「大丈夫。すぐに慣れる」


 眼鏡少女と会話を楽しんでいると「お、お待たせしました」。女性店員さんが、品物を持ってきてくれた。

 銀飾りを手に取り、ホリーの前髪に着けてやり、頭をぽん。


「うん! やっぱり、こっちの方が似合うっ!!」

「…………ん。なら、いい」

「あ、あの……御客様、お会計なのですが…………この二つの髪飾りは、当店で最も高価な代物でして、お釣りの銀貨がですね……その……」

「ああ、これは申し訳ない。えっと……」


 枚数が多過ぎて足りないようだ。田舎生まれが慣れない買い物をなんかすると、こうなる。俺は、飾られている指輪や髪飾り、イヤリングを幾つか見繕う。

 幾つか品物は見て回ったが、ここの宝石や髪飾りの質はとても優れてる。しかも、微かに魔法耐性も付与されているようだ。

 ……後で怒られるかもしれんが、まぁ、いいだろ。

 女性店員さんに申し出る。

 

「出した金貨分は買います。その代わり、品をテルフォード王国の王都へ送ってもらっていただけませんか?」


※※※


「ふふ~ん。ふふふ~ん」


 俺の左腕に自分の腕を絡め、前髪に銀飾りを着けたホリーが鼻唄を歌っている。

 うん、似合ってる、似合ってる。俺の眼力も中々なもんじゃ?

 大通りを歩いている住人や旅人達が『何事か?』と目をやるも、上機嫌な様子の眼鏡少女を見て、微笑む。

 その気持ち分かる、分かるぞ。何せ――うちの魔法使い様、可愛いしなっ!

 ホリーがニコニコ顔で俺に甘えてきた。


「アッシュ、甘い物が食べたい」

「ん~? いいぞ。んじゃ、何処かのカフェにでも――」


 入るか、と続けようとした俺の言葉は、幾つかの建物が破壊される轟音に遮られた。人々が呆気に取られ――少しして逃げ惑う。何だ?

 ホリーが空間から帽子と杖を取り出し、身に着けた。

 

「――アッシュ、いる」

「…………いや、マジかよ」


 ヌッ、と崩落した建物から、複数の小山程の影が姿を現した。

 砂煙が晴れていくと、破壊を為した存在がはっきりを見えてくる。

 蛇のように長い首。蝙蝠のような翼。銀の鎧の如き身体と鋭い牙と爪。


「ワ、ワイバーン!? ど、どうして、そんなのが都市の中にいきなり現れるんだよっ!」

「――アッシュ、一体じゃない。見て」

「……うへぇ」


 ホリーが杖で上空を指し示した。

 強固な防御結界に大穴が空き、数十体のワイバーンが侵入してきている。

 間違いない。こいつは――敵対的な襲撃だ!

 でも、魔王の手筋にしては稚拙なんだよな……自由都市では、上級悪魔を投入して失敗しているわけだし。そんなことが分からない程の馬鹿とは思えないんだが。

 考え込んでいると、建物を破壊したワイバーンが翼を羽ばたかせて浮かび上がり、俺とホリー目掛けて突進して来た。まじぃっ!

 慌てて、護身用として提げている短剣を――


「……逢引の邪魔をするなんて無粋の極み」

『!?!!!!』


 抜く前に、地面から出現した無数の鎖がワイバーンを貫き……圧殺した。

 地面に鮮血が広がるも消えていく。召喚魔法かっ!

 熟練した騎士でも手古摺る魔物を事も無げなく倒した、【千魔】ホリー・グレナダが帽子を深く被り直す。


「アッシュ、殲滅許可が欲しい。私は、私とアッシュの時間を潰した相手を許してはおけないから」

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