第12話 噂

「――では、各都市への情報伝達をよろしくお願いします」

「はい……お任せください。しかし、まさか自由都市の市長が……」


 温和な顔をやや蒼褪めながら、初老の男性奉行は頷いた。頭に髪の毛はなく、酷い傷跡が残っている。

 質素な部屋でありながらも、使い古された様子の剣や鎧はきちんと磨かれている。どうやら、奉行はかつて騎士だったようだ。ララを連れて来れば、もっと交渉がやり易かったかもな。

 まぁ、あの人、自分の『筆頭近衛騎士』っていう立場を使うの余り好きじゃなないけれども。

 俺の隣に座ってるホリーは部屋に入って以降、一言も発していない。


『【千魔】の声を聞いた者は幸運を得る』

 

 テルフォード王国では、実しやかに囁かれていたが……今のところ、幸運になってないんだが? 責任者は何処か?

 俺は思考を戻し、奉行へ告げる。


「自由都市の上位悪魔は【勇者】様とこの【千魔】様の御活躍により、討伐されました。然しながら……私の見たところ、あの上位悪魔は本来、各国の正規騎士団の投入が必要な相手だったと思います。魔王の手は我等が考えている以上に伸びている。より、厳重な警戒が必要でしょう」

「……御忠告、痛み炒ります。時にアッシュ殿が此度の旅に同行されているのは、彼の【黒狼】フェアクロフ辺境伯様の推挙によるものとか。失礼ながら、どのような御関係が……?」


 恐る恐るといった様子で奉行が尋ねてきた。俺が旅について来て居る理由は、『フィオナの我が儘』であり、それ以上それ以下でもないんだが……王国としては、表に出せず、親父さんの推挙によるもの、ということにしているようだ。

 ……にしても、親父さんとの関係か。

 これまた、難しい質問だ。

 カップを手に取り、考える。どう答えたもんか。


「アッシュは【黒狼】の秘蔵っ子。王国の切り札。何れ必ず、新しい辺境伯になる」

「! ホリー!?」「…………なんと!」


 突然、天才魔法使い様が誇らしげに口を挟んで来た。

 奉行が目を見開き、俺をまじまじと見てくる。

 頬を掻き、大袈裟に否定。


「……【千魔】様の御戯れです。辺境伯などとてもとても。私は幼くして両親を亡くしておりまして、以来、【黒狼】様に御世話になっております」

「ああ……これは、大変失礼を」

「いえ、気にしないでください」

「――2年前、フェアクロフ辺境伯領で行われた大規模な小鬼討伐の指揮を執ったのは、アッシュ。しかも、誰も死なせて、むぐ」

「【千魔】様、そうやって、変な噂を広めないでくださいねー? あ、従軍したのは本当です。辺境伯の指揮を勉強させていただきました」


 ――なお、この話本当である。

 あれは、忘れもしない二年前の大満月の日。

 フィオナと共に、突然親父さんに呼び出され会議室に行ってみたところ……主だった諸将が参集されていた。

 で、あろうことか、あの親父さん


『アッシュ、領内の北部で小鬼の大軍が目撃された。指揮は任せる。お前、どうにかしてみせろ』


 と、のたもうたのだ。

 当然……全力で否定した。

 フェアクロフ辺境伯軍は王国の最精鋭。既に魔王の蠢動が聞こえつつあった時期、そんな貴重極まる戦力を、俺みたな小僧が指揮を執る。悪夢だ。


 ……だが、しかし。しかしであるっ!


 なんと、あろうことか諸将までもが全面賛同。馬鹿かっ!!!!!

 フィオナはフィオナで、『アッシュ、私、頑張るからねっ! ねっ!!』と張り切り、はしゃぎ回る始末。

 困り果てた俺は、同席されていた御袋さんに助けを求めたものの、


『美味しい料理を用意して待っているわね』


 此処に……俺は退路を完全に断たれた。

 その後、嬉々として暴れ回った親父さんとフィオナ、将兵の活躍により小鬼の大軍は殲滅出来たものの……俺にとっては黒歴史だ。二度とやりたくねぇ。思い出すだけで胃が痛い。

 奉行が目を瞬かせ、得心した。


「……なるほど。この地にも、貴方様の様々な御噂が届いておりましたが、流石は【勇者】様の旅に同行されるだけのことはある、と」

「あ、いえ……過大評価」

「そう。世間はアッシュを過小評価している。アッシュは誰よりも凄い。もっともっと広まるべき。【勇者】フィオナ・フェアクロフも、【千剣】ララ・リオノーラも、私もアッシュがいるから、最大の力を発揮出来る。そのことを広めてほしい」

「…………ホリー」


 天才魔法使い様が一息で言い切り、俺は自分の額に手をやった。

 ……余りにも誤解が過ぎる。

 俺は、偶々幼馴染が聖剣を引き抜いた場に居合わせた結果、旅に同行している哀れな一般人に過ぎないのだ。

 にも拘わらず、奉行は重々しく頷いた。


「――【千魔】様の御言葉、確かに承りました。上位悪魔の件と合わせ、周辺諸都市に対し、必ずや伝えます」

「うん。重大任務」

「はっ!」

「…………」


 口出す前に話が大きくなっていく。

 ま、まぁ……俺の名前なんか出したところで、お偉いさん達が聞くわけないか。どうせ、聞き流すさ。

 ホリーが俺の左袖を引っ張って来た。


「アッシュ、話はもう終わりの筈。早く、買い物へ行きたい。行くべき」

「……いや、あのだな」

「ははは! アッシュ殿は【千魔】様に余程、信頼されているのですな。旅路に必要な物資等については後程、宿に遣いの者を送ります。遠慮なく御申しつけを」

「あ、ありがとうございます」


 俺は奉行の勢いに押されつつも、御礼を言った。ホリーは更に引っ張ってくる。

 ……取り合えず、話すべきことは話した。

 後は、変な噂にならないことだけ祈っておこう、うん。 

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