第11話 籤引き
「むっ! むむっ! むむむっー!」
「フィオナ、とっとと引いてほしい。こういう時に日頃の行いが出る。そして――私、ホリー・グレナダは良いことしかしていない。結果は明らかだと思う」
「そ、そんなことないもんっ! 私の方が、良いことしてるもんっ!!」
「……どっちでもいいから、早くしてくれ」
翌朝、朝食を食べ終えた俺は出かける準備をしながら、睨み合っている二人の少女へ声をかけた。今日はこれから、都市を治めている代官に会いに行かなくてはならないのだ。自由都市の時と違って、身分差別はない、と。
が……俺一人では、いざ戦闘になった際、不安しかないから、フィオナとホリーのどっちかが着いて来てくれることになったんだが……さっきから膠着状態が長引いている。
この状況には、椅子に座り籤を握っている居残りを表明したララも苦笑。
『ボクは、自由都市でアッシュを独占出来たからね。馬の世話もしないといけないだろう?』
こういう時、先輩は本当に有難い。俺の胃薬も幾分か減るってもんだ。今度、何か奢らねば
なお、散々掻き回してくれた【聖剣】様は、朝起きたら剣に戻っていた。一日中、人型で動き回るのは無理らしい。もしくは昨日、温泉に入れられたことで余程ショックを受けたか。
取り合えず『朝起きたら鞘に入った剣を抱いていた』っていう状況は、何とも言えない気持ちになる。今度人型になったら、飴とクッキーその他菓子断ちの刑をちらつかせて止めさせようと思う。朝から、光のない瞳を浮かべるフィオナの相手をするのはしんどいし。
幼馴染の少女が魔法使いの少女に問いかける。
「……いくよ?」
「とっととしてほしい」
「ほんとに、ほんとうに、引くからねっ? 外れても、泣かないでねっ??」
「大丈夫。外れるのはフィオナ・フェアクロフ辺境伯爵令嬢。それ以外にいない」
「…………負けないっ! 私と――私と、アッシュの絆に、賭けるっ!! やぁぁぁぁぁ!!!!!」
戦場でも滅多に見せない気合を放ちながら、幼馴染の少女は籤を引き抜いた。
固く目を閉じ「……大丈夫。絶対、絶対、大丈夫。私とアッシュが一緒なのは自然の摂理。天地開闢以来の伝統……」何やら怖いことをぶつぶつ。話が大きくなり過ぎなのでは?
俺が若干呆れていると、今度は魔法使いの少女は籤に手をやった。
ニッコリと微笑み、宣言。
「アッシュ、代官との会談は速やかに済ませて、余った時間は逢引したい。いい?」
「! あ、逢引っ!? た、単語っ! 単語がおかしいよっ!!」
「あ、間違った。散策したい」
「グルルル……」
瞬時に目を見開いたフィオナが、心底楽しそうなホリーに叫び、あしらわれる。
……う~ん、この天才魔法使い様、いい性格をしていらっしゃる。
唸っている幼馴染の頭を、ぽんと叩き二人を促す。
「で? どっちが着いて来てくれるんだ?」
「……アッシュ、女の子は覚悟を決めるのに時間が」「私」
躊躇うフィオナを置き去りにし、ホリーが籤を掲げた。
――赤字で俺のサインがしてある。
「んじゃ、着いて来てくれるのはホリーだな。フィオナとララは宿で休んでてくれ」
「むふん。正義は勝つ。アッシュ、帰りに買い物もしたい」
「ほいよ」
「………………」
ドサッ、という音がし、勇者様がベッドに倒れ込んだ。
金髪が広がり、光を放つ。
同時に――子供のようにジタバタ。
「やだやだやだやだ、やだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」
「フィオナ、仕方ないよ。ほら、泣かない泣かない」
ララが立ち上がってベッドに腰かけ、少女の髪を優しく撫でる。
すると、フィオナは騎士様のお腹に抱き着いた。
「う~……ララぁ…………」
「己の行状を悔い改めるべき。泣こうか、喚こうかが――アッシュと出かけるのはわ・た・し! ……あと、ララはこの前、アッシュを独占してた。決して味方じゃないことに気付け。そう――真の敵は一番近くにいるっ!」
籤をハンカチに包み込み、それはそれは大事そうに懐へ仕舞ったホリーが、フィオナに勝ち誇り、次いで、新たな火種を投下した。
がばっ、と顔を上げた、フィオナが愕然とする。
「っ! ラ、ララ……? う、嘘だよね? ラ、ララは私の味方だよね……?」
「――……フィオナ、ごめん」
「そ、そんなっ! そんなぁぁ」
「あ~……楽しそうにしているところ悪いんだが、そろそろ行っていいか?」
止めないと何時まで経っても楽しそうにしているので、強制的に終わらす。この三人娘、何だかんだ仲が良いのだ。
フィオナが、ララの膝上に頭を乗せ、手を振ってくる。
「仕方ないなぁ……アッシュ、行ってらしゃーい。次は、私の番だからね? あと、今晩は一緒に寝ようね?」
「寝ません。それじゃ、ララ」
「お姫様は任せてくれ。フィオナが駄目ならボクと」
「夜話なら付き合います」
「……アッシュは、そういう所がズルイ。今度、お説教をする」
「ひどっ」
軽口を叩き合っていると、ホリーが帽子を深く被り直し、杖を手にした。視線で促してくる。
「なんか……なんか、私とララの扱いが違わないっ!?」と暴れている勇者様を見やりつつ、俺は入り口へ向かった。
「じゃ、行ってきます」「行って来る」
「「行ってらっしゃーい」」
二人に手を振り、扉を閉める。
一瞬、聖剣の柄が瞬くのが見えた。幼女も挨拶をしてくれたらしい。
――左腕に温かさ。
小柄な天才魔法使い様を揶揄する。
「おーい。まだ、外にも出てないぞ?」
「精神安定に必要な行為と判断した。今日は原則ずっとこうする。あと、この方が守り易い」
「守り難いと思う。出来れば、離れて欲しいんだが?」
「やだ」
「さいですか」
俺は苦笑した。二人きりで行動する時、このホリーは案外と甘えただ。
帽子の鍔を弄り、少女がお澄まし顔で告げてくる。
「魔王の手は、私達が思っている以上に伸びている。パーティの柱をこんな所で喪えない。故に――こうするのが正しい。反論は受け付けない」
「――【千魔】ホリー・グレナダ御嬢様の仰せのままに」
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