第8話 旅路

「平和だわなぁ……うんうん、素晴らしいことだ」


 俺は馬車を操りながら、独白した。

 自由都市を出発して早三日。

 この間、一頭の魔物にも、王国の辺境だと飽きる程遭遇した山賊にも出くわさず。

 しかも、天候は快晴のぽかぽか陽気。経済的に豊かな自由都市を象徴するかのように、街道もきちんと整備されているときた。


 これも俺の日頃の行いが良いからだろう! 


 神も偶には気の利いたことをするじゃないか。少しだけ評価点を上げるのを検討しようじゃないか。胃薬も飲まずに済んでるしな。

 幌の中をちらり。


「えへへ~アッシュぅ……」「う~ん……う~ん……」「あたらしい、まほー……」


 フィオナがララを抱きかかえ、筆頭騎士様は苦しそうに寝言を呟き、ホリーはブランケットにくるまりながら夢見心地のまま指を動かしている。

 安心しきっているのもどうかと思う。ホリーの結界があるとはいえ、完全無欠じゃなし。

 まぁ……普段、戦ってるしなぁ。寝かしといてやるか。

 午後、お茶を飲むときに起こしてやればいい。


『――汝』

「うぉっ!」


 突然、横から話しかけられ、俺は思わず叫んだ。

 前を進む馬が進みながら振り向き、『何かありましたか?』と円らな瞳を向けて来た。左手を振り、大丈夫だ、と伝える。

 うちの馬は賢くて優しいのだ。あと、俺の味方。ここが重要。

 文句を言おうとし、


『汝! 我は飴を所望するぞっ! あと、何か斬りたいっ!! 竜とか、切り応えのある魔物とか、守護ゴーレムとかを揃えよ』

「ま、真昼間にいきなり出て来て……その物言い、だ、と? くっ! お前を創ったっていう女神はどういう教育をしたんだ――ほれ」

『!』


 物騒なことをのたまって来た白髪の幼女――【聖剣】グロリアに、ポケットから飴玉を幾つか取り出し、手渡す。

 どうせ、言われると思って準備しておいたのだ。

 幼女は俺から受け取った飴玉を嬉しそうに頬張り、身体を揺らした。


『うむっ! 汝よ、気が利くではないかっ。褒めてやっても良い』

「褒めんでいい、褒めんで。……地図に結界神殿の位置を投影させたのは、お前の意志か?」


 自由都市での一件を思い出す、聞いておく。

 剣のままでも意思疎通が出来るのなら、やりようも変わって来る。

 すると、白髪幼女はキョトンとした。


『??? いや、我は知らぬぞ』

「うなっ!?」


 再び俺は叫んでしまった。

 ……え? 

 じ、じゃあ、あれはいったい?

 幼女は腕組みをした。


『我ではないが……我である』

「…………お嬢ちゃん、哲学の講義をしたいのなら、二度と飴もホットミルクも、他の菓子もやらんぞ?」

『な、んだと? な、汝よ。嗚呼、汝よ……そのような悪逆非道、天地がひっくり返ろうとも、この我が許さぬっ! て、撤回せよ。さもなくば――』

「ククク……お嬢ちゃん、何か勘違いしてねぇか?」


 わざとらしい悪役の口調。

 馬の『ご、御主人? 遂に頭が……』という憐憫の視線が突き刺さる。うぐっ。

 心に痛みを感じつつも、俺は演じ切る。親父さんの言葉を思い出す。アッシュ、男には退いちゃならねぇ時がある。


「飴もホットミルクも他の菓子も、俺が、お嬢ちゃんに渡すもんだ。そんな俺を許さなければ――二度と、手に入らないのは道理だろ?」

『くっ! な、なんと卑劣な――もう少し、飴が欲しいぞ!』

「ほいよ」


 幼女がねだってきたので、今度は昨晩焼いたクッキーを小さな布袋を取り出す。

 ホリーが土魔法で、旅の道中でも竈を簡単に作ってくれるのは感謝しかない。

 食べる楽しみがないと、フィオナとララも不機嫌になるからなぁ。


『? 汝、汝っ! それは何だ? 新しい菓子か??』

「そうだなー」

『欲しいぞっ!』

「おっと」


 手を伸ばして来たので、届く前に高く掲げる。

 そして、芝居がかって通告。


「さっきの哲学的問いに対する答えを聞いてからだ。さすれば、このクッキーはお嬢ちゃんの物となる……」

『ぬぅ……策士めっ。言葉通り、ぞっ!』

「うおっ! 危ねぇっ!!」


 幼女は唇を尖らせ、背伸びをしようとした。

 車輪が石に当たったのか、馬車全体が大きく揺れ、幼女の身体が浮く。

 咄嗟に白服の裾を握り――気づく。いや、こいつそもそも浮けるんじゃね?


『取ったぁぁぁ!』

「っ!」


 布袋を奪い取った幼女が俺の頭の上辺りに浮かび、一回転。

 瞳を輝かせながらクッキーを取り出し、パクリ。


『! 汝、汝っ!! これ、飴と同じくらい美味いぞっ!!!』

「……そーかよ」


 この聖剣様ときたら。

 額を押さえ、尋ねる。


「……で? 前の話と、さっきの言い方からするに、お前さん、全力を出せてた時代の記憶が一部ないな?」

『!?!!』


 楽しそうにクッキーにパクつき、集まって来た小鳥達を防戦していた幼女の顔が硬直した。

 ふわふわ、と俺の膝上に着地。

 ちょっとだけ涙目で頷く。


『……そうだ。汝に行き先を示したはかつての我の記憶であろう。五つの結界神殿を踏破すれば、分かる筈だ』

「なるほど。お前さんも大変なんだな。味違いのクッキーも食べるか?」

『……食べる』


 もう一つの布袋から味違いのクッキーを取り出す、食べさせてやる。

 フィオナ用だったんだが……まぁ、一枚や二枚、気付くまい。

 俺はポケットから地図を取り出す、一部畳んだまま幼女に見せる。


「俺達は今、一つ目の神殿に向かっている。知っていることがあれば教えといてくれ。あと、お前の姿を」


 フィオナ達が見るのはまずいのか?

 ――と、告げる前に、後方から覗き込む三つの影。あ、まじぃ。


「……アッシュ?」「……その子は誰だい?」「……膝上?」

『! ば、馬鹿なっ!? わ、我が顕現している間、唯人が起きれる筈は……』

「……うん、それ間違いだわ」


 俺は思わず、幼女を窘めた。

 だって、こいつ等――みんな、英雄だもの。

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