第7話 行き先会議
「アッシュ、アッシュ、そのパン取ってっ! バターとジャムもつけてねっ!」
「ほいよ」
翌朝。
俺達はホテルの部屋で豪勢な朝食と格闘していた。
……いや、訂正する。
フィオナを除く、俺、ララ、ホリーは、だ。
俺の左前に座っている、寝癖をつけたままの先輩が、綺麗な動作で目玉焼きをナイフで切り分けながら勇者様を窘めた。
「フィオナ、朝食の時くらい静かに食べたらどうだい? アッシュが食べられないじゃないか? ホリーもそう思うだろう?」
「同意する。アッシュが倒れたら大変。私が看護しないといけなくなる」
スープを飲みながら、天才魔法少女が頷いた。これまた、寝癖を付けたままだ。『しないといけなくなる』と言いながら、何故に上機嫌?
なお、二人共寝間着姿。
……最初の頃は、きちんと寝癖も直して、着替えてたのになぁ。
俺から受け取ったパンを飲み込んだ、フィオナがむくれる。
「むっ! ララ、ホリー、寝癖も直さず、着替えもしないなんて、はしたない女の子って思われちゃうよ? いいの、それでも??」
「はぁ……フィオナ」「その台詞、一言一句そのまま返す。鏡を見るべき」
二人を糾弾したフィオナの金髪は見事な寝癖がつき、着ている物は当然の如く寝間着。薄手なせいか、胸が目立ってしょうがない。十歳ではなく、十五歳である、という自覚を至急持ってほしい。ララとホリーもそうだが。
幼馴染の少女は分厚いハムにフォークを突き立て、胸を張った。
「私はいいのっ! だって、アッシュの幼馴染だからっ!! 髪も後で梳かしてもらうし♪ アッシュもそうしたいっ! って言ってるし☆」
「……待て。俺はそんなことを言った覚えはないぞ。むしろ、『そろそろ自力で髪を整えるようにしろ』と何度も」
「あーあーあーあーっ! きこえなーいっ!!」
「うるさっ!」
フィオナは戦局不利を悟り、駄々をこね始めた。
まったく、何処の勇者様が子供みたいに叫んで逃げようとするんだか。
カップに冷たいミルクを注いでやり、やや強い目線で飲むように促す。
「…………はぁぃ」
これ以上すると、俺に怒られる、と思ったのだろう。フィオナは素直にミルクを飲み始めた。困ったもんだ。
俺は丸型の焼きたてパンを二つに割り、ララとホリーへ話しかける。
「――それで? 自由都市の後は何処へ行くべきか、二人の意見は一致したんすか?」
「そのことで君に話しておきたいことがあったんだ」
「私達の意見は割れたまま。これを見てほしい」
ホリーが小さな手を翳すと、テーブル上に自由都市を中心とした精緻な地図が投映された。普通の魔法士ならこんなことはできっこない。字義通りの神業。ホリー・グレナダの天才性を再認識する。
パンにバターと蜂蜜を塗りつつ、素直に称賛。
「何度見ても……凄いな。溜め息しかでん」
「何度褒めてくれてもいい。アッシュが褒めてくれる声を聴きながら眠ると安眠出来る。効果は絶大」
「う、うん? ホリーさんや……今、気になる単語が出て来たような……?」
俺の声って言わなかったかっ!?
い、何時の間にそんなものを……いや、そもそもどうやって音を残して?
王国の魔法院が長年研究しても安定には程遠くて、未だ達成されてない技術の筈。こ、この天才魔法使いがぁぁぁっ!
慄いていると、フィオナとララも深く頷く。
「うんうんっ! アッシュの声は安心出来るんだよねぇ。でもでも、私は抱きしめて眠る方がいいけど♪」
「落ち着く声、というのには同意するよ。が――抱きしめて眠る、というのは何時の話だい? そう言えば、昨日の晩、外に出ていたような……」
「――こほん。ホリーの罪については、後で確かめるとして」
「アッシュ酷い。でも、冷たい声が足りていないから後で採らしてほしい」
「私は、男っぽいアッシュもいいなぁ」「ボクは――そうだな、年下の男の子っぽいアッシュで」
……駄目だ、この天才三人娘共。もう手遅れかもしれん。
諦念を覚えつつも、先を促す。
「話が進まないって。ララとホリーの意見は?」
「――ボクは、北東へ向かうべきだと思うんだ」
先輩が細い指で、俺達がいる自由都市を指し示した。
そのまま東北の方へと進み――大きな国のほぼ中心に位置する都市で止まる。
魔法技術の先進国、ベルゲン神聖国首都オーダム。
筆頭近衛騎士の瞳に深い知性が見てとれた。
「客観的な評価として――僕達の戦闘力はかなり高いと言えると思う。同時に、対魔族戦闘を考えた時、明確に高い攻撃力を持っているのはフィオナの聖剣だけ。装備の強化が必要だ。その点、ベルゲンならば、その手の装備には事欠かない」
「……なるほど」
「はい。私の意見も聞いてほしい」
ホリーが小さな手を、自由都市から北西へ動かした。
神聖国と国境を接している大国の都市で止まる。
世界最強の軍事大国、イェルハルド騎士国剣都オリガ。
「ララの意見は私も一部同意する。装備の更新は必要。……だけど、神聖国へ行けば、騎士国の協力はおそらく得られない。両国は長年、小さな小さな土地を巡って争い続けて来た。幾ら聖剣を携えた勇者でも、反発は必至。しかも、今のところ、魔王領に入る安全なルートを持っているのは騎士国だけ」
「あ~…………」
俺は口の中にパンを放り投げ、考え込む。
どっちにも理がある。二人共、この旅の成功確率を少しでも上げようとしてくれているのだ。
……どうしたもんかな。
俺は立てかけてある聖剣を見つめた。
おい、どっちがいいんだよ? つーか、結界神殿の位置も聞いてないぞ!
すると――
『!』
聖剣の柄の宝玉が光を発し――地図上に五つの地点を明滅させた。
どうやら、最も近い結界神殿とやらは、自由都市を真っすぐ北進。魔法国、騎士国、魔王領の国境線が丁度重なる地点にあるようだ。中々やるな! グロリア!!
ララとホリーが目を瞬かせ、フィオナは何故か俺にジト目。
「これは……」「聖剣が意思を示すなんて……」「…………」
「――どうやら、行き先は決まったみたいだな」
俺は少女達へ片目を瞑った。
地図を指でなぞる。
「聖剣様の要求だ。なら――行くしかない。魔法国と騎士国には、自由都市のお偉いさん達に頼んで書簡を送ろう。いきなり、敵認定されても困っちまうからな」
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