第6話 約束

 俺の言葉聞いて、白髪幼女は目を瞬かせた。

 飴玉を口に入れ小首を傾げる。


『……見返りだと?』

「当然だろ。俺は自分自身ではどうにもならない理由で、フィオナの旅に同行しているが、か弱いか弱い一般人なんだぜ? 魔王領をうろつけば、それだけ死ぬ可能性が上がっちまう。それ相応の報償がなければ、やってられねぇよ」


 わざとらしく悪人の振り。フィオナに押し付けられた恋愛小説で覚えた。

 幼女はマグカップを両手で持ち、一口飲み――置いた。

 眩い光が吹き荒れ、睨まれる。


『……汝、我を、【聖剣】たる我を愚弄するのかっ! ここは、滂沱の涙を流しながら、感謝する場面で――』

「何もないなら仕方ないな。この話は無しだ。あと、ホットミルクと飴も無しだ」

『あーあーあー! な、何をするのだっ!!』


 俺はテーブルの上のマグカップと飴玉を手に取り立ち上がった。

 慌てた様子で幼女は椅子の上でぴょんぴょん跳ねるも届かないように調整する。ククク……取れまい。

 意地悪な顔をして、尋ねる。


「ん~? もう、話は終わったと思うんだがぁ~? お嬢ちゃん、まだ何か用事があるのかなぁ?」

『ぐぬぬ……わ、我にこのような恥辱を与えるとは…………当代の勇者が言っていた話とまるで違うではないかっ! こ、これは贔屓ぞっ!! 汝、急ぎ是正せよっ!!!』

「? フィオナが??」


 突然、幼馴染の少女の名前を出され俺は手を止めた。

 ……嫌な予感がする。あいつ、いったい何を言ったんだ?

 背伸びをし、一生懸命に手を伸ばす幼女が答える。


『う、むっー! あやつは独りになると、何時も、何時も、汝の話を我にするゆえ、なー。『私の幼馴染の男の子――アッシュはね、世界で一番優しくて、とにかく凄いんだよー!』と。……先代の勇者は、我に話しかけることなぞしなかったがなっ! なぁ~!!』

「…………」


 瞑目し、気恥ずかしさに耐える。

 俺の幼馴染は昔から買い被りが過ぎるのだ。……そんなに優しくもないんだが。

 右手を頭に置くと、幼女が心配そうに話しかけてきた。


『? 汝、汝、どうしたのだ? 頭が痛いのか??』 

「…………いや、大丈夫だ。で? 見返りがあるのか、ないのか。返答や如何に?」

『ぐぬぬ……わ、忘れておらなんだか。ならば、聞こうではないかっ! 首尾よく、全ての結界神殿に勇者を導き、我の力を取り戻し――』

「お?」


 ふわり、と白髪幼女の身体が椅子を離れた。

 ゆっくりと俺の視線に高さまで浮かび上がり、止まる。


『魔王を討伐した後――汝は我に何を望む? 言うてみよっ!』

「…………はぁ」


 溜め息が零れた。

 回収した飴玉を手の中で弄ぶ。『あー! あー!! や、止めよっ!

! 我のぞっ!!』と、幼女が愚図る。

 可愛いが……今はそれどころじゃない。


「俺が望むこと、か……そんなの言うまでもないんだよなぁ」

『ほぉ?』


 俺の手から飴玉を奪い取った【聖剣】様が、不思議そうな顔をした。

 少し考え、理解の表情。


『――そうか、分かったぞ。この世界を』「違う」

『では、我の知る財宝の在処』「いらん」

『女神の遺した、我と同格の盾や鎧を』「もっと、いらん!」

『なら、いったい何だと言うのだっ! 早く言えっ! あと、それもかえせー!』

「…………」


 無言で持っていたマグカップを返してやると、幼女は瞳を輝かせ、空中で嬉しそうにクルクル回った。

 俺はそんな幼女の額に指をつける。


「俺が欲するもの、それは」

『それは?』

「――平穏だ」

『うむ?』


 本気で困惑した声。

 俺は大袈裟な動作をしながら、本音を叫ぶ。


「平穏を! ただただ、平穏をっ! ……俺は、見ての通りの一般人。幼馴染が偶々聖剣を抜いちまったもんだから、魔王討伐の旅に付き合っているだけ。そんな俺が望むものなんて、平穏以外にあると思うか?」

『…………汝よ』


 幼女が心底残念そうな視線を向けて来るが……はっ! 今更効くものかよっ!!

 ポケットから新しい飴玉を取り出し、自分の口に放り込む。


「世界なんぞ抱えきれない。財宝は貰って世話になった親父さん達に渡してもいいが、どうせ王国の介入排除等々、後処理が死ぬ程面倒になる。剣だけでも大変なのに同格の装備品なんか持たせたら……フィオナは世界の果てまで行っちまうぞ?」

『………………汝、歳に似合わず苦労しているのだな』

「がふっ!!!!!」


 心に激痛が走り、俺は大きくよろめいた。

 ……よ、幼女に憐れまれるとは、ふ、不覚。

 どうにかこうにか、自分を立て直し吐き捨てる。

 

「う、うるせぇっ!! 元はと言えば、お前さんが抜かれたのが悪いんだろうがっ!!!」

『! わ、我のせいだと言うのかっ!? ぐぬぬ……な、なんという無礼な物言いを。わ、我は【勇者】の資格持つ者がようやくやって来たから、使命を果たしただけぞ!? あと我も、我にも、飴ー』

「ええぃ。その前に約束だ、約束」

『約束?』


 俺の言葉を受けて、幼女の動きが止まる。

 ――微かに風が吹いた。ん?

 違和感を覚えながらも、人差し指を立て繰り返す。


「ああ、約束だ。……どうせ、フィオナのことだ。一直線に魔王の下へ行くとは思わない。寄り道だらけだろうさ。その寄り道に、結界神殿? だったか?? それを加えるよう導くのは吝かじゃない」

『ほ、本当か?』

「嘘は言わない。死んだ両親に誓う」

『そうか。では……我も誓おう』


 幼女が俺の人差し指を掴んだ。

 目を閉じ、囁く。


『我が名は――グロリア。使い手に勝利と栄光を与える【聖剣】なり。魔王を打ち倒した暁には汝、アッシュ・グレイに平穏を与えん』

「出来れば、急ぎで頼む」

『それは汝次第ぞ。む? 勇者がやって来るようだ。ではなっ! 約束、忘れるでないぞっ!!』

「お、おいっ!」


 止める間もなく、幼女の姿が掻き消えた。

 同時に部屋の中に外の光も差し込む。

 ……夢、か?

 視線をテーブルの上へ。すると、そこには。


「む~。アッシュ、まだ起きてる」


 部屋の入口の扉が静かに開き、寝かしつけた筈のフィオナが顔を覗かせた。寝間着に白のケープを羽織っている。どうやら、ララとホリーに気付かれず部屋を脱出したようだ。

 流石は勇者と褒めるべきか。十五歳にもなって、男の部屋にやって来るのを咎めるべきか。

 悩んでいるとフィオナが楽しそうに近づいて来た。


「何を見てるのー? ――小さなマグカップ?」

「……ちょっと、ついさっきまでお化けと談笑しててな」

「お、お化けっ!?」


 上位悪魔ですら問題としない幼馴染は、身体を震わせ俺の背中に抱き着いてくる。

 『汝っ! 我はお化けではないぞっ!』という幻聴が聞こえた。似たようなもんではあるまいか。


 でもまぁ……約束もしちまったし、平穏を得る為、頑張ろう、うん。

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