第5話 見返り

「ふむ……?」


 白髪幼女の言葉を自分の中で咀嚼する。……任務とな?

 テーブルへ戻り、小型魔力灯を手にし備え付けのキッチンへ。

 雪冷庫からミルクの瓶を取り出し、鍋に入れ炎の魔石をつける。


『むぅぅ~! どーして、我を無視をするのだっ!? い、言っておくが、我が本気になれば、汝を真っ二つにすることなぞ、造作も――』

「蜂蜜入れるかー?」


 聖剣を名乗る白髪幼女に聞く。

 そもそも、剣は飲み食い出来るんだろうか? 意志ある武具ってのも広い世界にはあるらしいし大丈夫なんだろう、多分。

 幼女は周囲に小さな光を飛ばしながら、近づいて来た。

 鍋の中身を見たいようで跳びはねる。


『むっ! むむっ!! むむむっ!!! …………汝よ』

「あ~はいはい。よっと」


 見上げてきた幼女を抱きかかえ、鍋の中身を覗かせる。

 大きな金の瞳がキラキラと輝いた。


『おお~。汝、汝、これは何なのだ? 美味しい物か??』

「美味しい物ではあるな。舐めてみるか?」

『うむっ!』


 幼女を一先ず床に降ろし、蜂蜜の瓶を開け、スプーンですくう。

 ――美味そうだな。


『あっ!』


 俺はスプーンを咥えた。疲れた身体に甘さが染み渡っていく。何の確証もないが、胃にも良いのではあるまいか。

 足に軽い衝撃。

 白髪幼女が頬を栗鼠のように膨らまし、俺の足を蹴っていた。


『……汝。我を騙したのか? 【聖剣】たる、この我をっ!』

「騙してない、騙してない。ほーら、蜂蜜をやろう」

『そのような物で我を篭絡出来るなどと――……』


 新しいスプーンを取り出して蜂蜜をすくい、幼女に咥えさせる。

 すると、小さな光球が出現し飛び交った。気に入ったらしい。

 小鍋の中のミルクが温まってきたので、蜂蜜を入れ溶かし、磁器製のカップへ。

 幼女からスプーンを取り上げる。


『あーあーあー! な、何を無体なことをするのだっ!! そ、それは我の物ぞっ!!!』

「ほれ。代わりにこれをやろう」

『! う、うむ。す、少しは分かっているではないか。ほ、褒めてやろう』


 ホットミルクを注いだ小さなカップを見せると、幼女は瞳をますます輝かせぴょんぴょん跳びはねた。

 俺は自分用のマグカップにもホットミルクを注ぎ、トレイに載せて窓際の席へ。とことこ、と幼女が着いて来るのが可愛い。

 ……いや、本当にあの物騒な聖剣か?

 窓際のテーブルにトレイを置き、椅子に腰かける。


「座って話そうぜ。俺は疲れてるんだ」

『ふんっ! 若いのに、情けないことを言うでないわ。……汝よ』

「ん~? 早くしないと折角温めたのに冷めちまうぞ」


 俺はホットミルクを飲みながら、外の景色を眺め――気づいた。

 先程まで、無数の灯りがついていた自由都市は闇に包まれている。

 ホリーから習ったことを思い出す。


『圧倒的な技量差がある使い手の魔法は、使われたことにすら気付かない。そして、魔法が切れるのは――使い手の意志次第』


 ……いや、マジかよ。

 俺が唖然としていると、白髪幼女が俺の裾を引っ張った。


『無視するでないっ! ……わ、我を椅子に座らせよ』

「? いや、座れば――あ~そういうことか。よっと」


 立ち上がり、幼女を抱え俺と向かい側の椅子に腰かけさせる。

 ――この軽さ。フィオナに無理矢理持たされた聖剣と同じ。


『よくやった。褒めて遣わす』

「……そいつはどうも」


 頭痛を覚えながら、俺も椅子に座り、足を組む。

 目の前では幼女が小さなマグカップを両手でしっかりと掴み、『あ、熱いぞ。でも、甘くて、おいひぃ』と呟きながら、一生懸命ホットミルクを飲んでいる。

 う~ん、何処からどう見ても、小さな頃のフィオナと一緒だわな。

 口元を白く汚しているので、手を伸ばしハンカチで拭いてやり、聞く。


「で? 重大な任務ってのは何なんだ?」

『うむ? おお、そうであったな! ……もうなくなってしまった』

「……話が終わったらもう一杯入れてやるから」

『本当かっ! 嘘ついたら、斬るぞっ!! 我は【聖剣】だからなっ!!』


 幼女は空のカップを見つめ寂しそうにしていたが、俺の言葉を受けて椅子の上に立ち胸を張った。

 ……転びそうで怖い。


『勇者の手綱を』

「待った」

『?』


 軽く手を振り、幼女の言葉を止める。

 ポケットから飴玉を取り出しテーブルの上に転がす。


「俺の名前はアッシュだ。アッシュ・グレイ。勇者の手綱を握る者、なんて呼びにくいだろ? あと、手綱は握ってない。振り回されているだけだしな」

『ふむ。そうか? 殊勝であるな、汝は。……それも食べていいのか?』

「お食べ下さい、聖剣様」

『うむぅ♪』


 白髪幼女は瞳と魔力を輝かせ、飴玉を手に取り小さな口に放り込み、笑みを浮かべ身体を揺らした。

 俺はマグカップを置き、肘をつく。


「ほい、続きを教えてくれ」

『――汝にはだな、勇者を魔王領に五つある封印の結界神殿に導いてほしいのだ』

「魔王領の結界神殿??」


 聞き慣れない単語に小首を傾げる。

 一般的に、人族の多くが信じている女神様が奉じられた神殿ではなく、か?

 俺の視線を受け、幼女が俯く。


『……今、我の力の殆どは、五つの結界神殿に封じられている状態なのだ。勿論! このままでも、魔王の一人や二人、問題にはならんっ! 我は魔王を打ち倒す為に創られたのだからなっ!!』

「本音は?」

『…………出来れば、力を全部取り戻した方が、いいなぁ、って。』 


 幼女は指と指を合わせながら、小さく零した。

 フィオナが振るった聖剣の威力を思い出す。あれで、殆ど封じられているのかよ。おっかねぇ。

 でもまぁ……。

 

「話は理解した。いいぜ」

『! 本当かっ!?』

「ただし」


 喜びテーブルに身体を乗り出した幼女を手で止め、ニヤリ、と笑う。

 この幼女が本当に【聖剣】なのかは分からない。分からないが……夢だとしても、賭け時だろう。

 俺は指を突きつけ問うた。


「見返りを聞いてからだ。【聖剣】様は力を取り戻し、魔王を討伐を成し遂げた後、俺に何をくれるんだ?」

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