第2話 魔法使い

 俺達は店を飛び出し、都市中央を貫いている大通りへ出た。

 この通りを真っすぐ進めば――


「アッシュの速度に合わせると時間がかかってしまうかな? 仕方ない。うん、仕方ないよね☆」

「わっ!」


 突然、ララが俺を両手で抱き上げた。

 周囲にいる住民や旅人達が目を丸くし、女性達は口々に「……か、カッコいい」と呟いている。

 間近に見える恐ろしく整った顔立ちの先輩へ抗議。


「せ、先輩っ! こ、これは流石に、っ!?」

「喋ると舌噛むよー」


 衝撃が走り、周囲の光景が加速していく。

 とんでもない身体強化魔法。

 僅か十八で筆頭近衛騎士に任じられたのは伊達じゃないのだ。

 そんなことを頭の片隅で思いながらも、俺は振り落とされないよう必死にしがみ付く。落ちれば、ただじゃすまない。

 所詮、一学生に過ぎない身。魔法で身体を強化してもたかが知れている。


「……フフフ。これは思わぬ役得だね。今度、移動する時はこうしようかな♪」


 先輩の呑気な声が耳朶を打つも、反論も出来ない。う……胃が…………。

 突然、残像にしか見えなかった光景が定まった。

 眼下に見えると自由都市の市長舎。上空では鳥の群れが飛び、所々で白煙が上がっている。

 ――ララは教会の尖塔、その最頂上に立っていた。

 俺は落下の恐怖を覚えながら、更に強く抱き着く。


「せせせ、先輩っ!? な、何故に、こんな場所に、来る必要性がありましょうや?」

「状況確認だよ、状況確認☆ アッシュが抱き着いてくれて嬉しいな~とか、怖がってる顔も可愛いな~、とか全然、全く、心の九割くらいしか思ってないよ♪」

「確信犯! 確信犯良くないっ!! あ、あと……バレてます」


 俺の左肩に白い蝶が停まっている。

 ……まずい。非常にまずい。

 俺達の旅に同行してくれているあの天才魔法使い様は、拗ねさせると大変なのだ。


「――ふむ」


 俺の背中に手を回している、近衛騎士様はちらり、と蝶を確認し面白そうな顔になった。まるで、悪戯を思いついた猫の如し。

 …………胃が。

 ララは自分の額を俺の額にくっつけ、微笑。


「アッシュ、フィオナとホリーは大丈夫そうだし、逢引を続けないかい?」

「……先輩、俺はまだ死にたくないです。なので、出来れば市長舎へ行っていただきますと、大変、大変助かります……」

「えー。どうしようかなぁ? 名前も呼んでくれないしなぁー」

「ぐっ……こ、この悪魔めっ!」


 白い蝶が怒ったように飛んでいる。そろそろ、攻城用の大規模魔法が飛んできてもおかしくない。

 あいつなら……天才魔法使いホリー・グレナダなら、やりかねない。

 で、撃った後、頬を膨らましながら『冤罪。私は撃ってない。撃つ理由もない。きっと、天変地異。きっと、神様がアッシュに罰を与えただけ』とか何とか言うのだ。

 フィオナ一人でさえ、俺は胃薬を常用していた。これ以上、強い薬を飲むのは勘弁願いたい

 内心で葛藤し、ホリーに盗聴される危険性に逡巡しながら俺は名前を呼ぼうとし――


「っ!」「うん?」


 眼下の市長舎、その半分の屋根が吹き飛んだ。

 凄まじい砂煙が立ち昇る。

 残る屋根の上に、二つの小さな影。

 巨大な禍々しい魔力も渦巻いているが、二人は――フィオナとホリーは頭上の俺達を見つめている。うわぁ……。

 先輩の袖を引っ張り、訴える。


「せせせ、先輩っ! し、洒落になってないですってっ!! フィオナもホリーも拗ねさせると大変なの、知っているでしょうがっ!?」

「…………仕方ないなぁ。アッシュがそう言うなら、行こうか」

「あ、ありがと――っ!?!!」


 内臓がひっくり返るような、何度体験しても慣れない落下感覚。

 見る見る内に半ば崩壊した市庁舎が大きくなっていく。ぶ、ぶつかるっ!

 思わず、目を閉じ――


「あ~!!!!! アッシュ、何してるのっ!? ……ララ、離して。今すぐっ!!」

「…………抜け駆けは厳禁。撃ってもいい?」


 フィオナのむくれた声と、冷たい声が耳朶を打った。恐る恐る目を開ける。

 ――両腰に手を置き、頬を膨らましている剣士服を着た長い金髪の美少女と、魔法使いのローブに身を包み身長よりも長い杖を此方に向けている、眼鏡をかけた小柄な少女。


「フ、フィオナ、ホ、ホリー、こ、これは……違うんだ。お、俺の足じゃ到着するに時間がかかるから、仕方なく……」

「言い訳は禁止――むむ!」「……しぶとい」「おやおや」「~~~っ!?」


 砂煙を切り裂き、瓦礫が俺達に襲い掛かってきた。

 い、いかん、死ぬっ! 俺がっ!!

 ――閃光、轟音、奇妙な感覚。

 フィオナは手刀で、ララは左手で抜き放った剣で、そして――ホリーは空間を歪め、瓦礫を消し去った。

 砂煙の中に、巨大な角と翼、戦斧を抱える黒い影が見える。あ、あれは……。

 ようやく先輩に解放され、注意を受ける。


「アッシュ、ボクの後ろにいておくれ」

「あ、は、はい……」

「ずっる~い! アッシュ、アッシュ、私の隣にいてよっ!! そうしたら、頑張っちゃうっ!!!」

「……お前の隣にいたら、命が幾つあっても足りんっ! あと、何があった??」

「ん~とねぇ……」「市長が上位悪魔だった。本物の市長は喰われていたみたい」


 ホリーが簡潔に教えてくれる。

 俺とフィオナよりも二つ年下だが、この天才魔法使い様はこういう時、頼りになって有難い。

 軽く頷く、感謝を述べる。


「理解出来た。何時もありがとな、ホリー」

「当然。私は勇者様や近衛騎士様よりも、アッシュの役に立つ」

「「む!」」


 フィオナとララの長い睫毛が不服気に動いた。

 何かを言う前に砂煙の中から、巨大な悪魔が姿を現した。

 鋭い角と牙。赤黒く毛むくじゃらな身体。蝙蝠のような翼を持ち、両手には戦斧を握り締めている。

 憎々し気にフィオナとホリーを見下ろし、叫ぶ。


『オノレ、勇者ト魔法使イ! サッサト死ネバイイモノヲっ!!』

「え? 死なないけど?? だって、私は純白のドレスを着て~真っ白な教会で結婚式を挙げて~子供は~」「……まだ陽も高い。寝言には早い」


 身体をくゆらせながら妄想を垂れ流し始めたフィオナを冷たく一瞥し、ホリーが前へ進み出た。

 悪魔が嘲笑う。


『愚カナ。魔法使イが前へ出テ来ルトハ。死ヌガイイっ!!!!!』

「ホリー!」


 巨大な戦斧が小柄な少女へ振り下ろされ、俺は思わず叫んだ。

 ――つんざめく金属音。

 戦斧は砕け、宙を舞い、屋敷を貫きながら落下した。

 『ブラッドリー王国史上最強』と称される天才魔法使いの魔法障壁が、戦斧をへし折ったのだ。

 悪魔がよろめき、怯える。


『バ、バカナ、コ、コノヨウナ事が……』

「貴方が私達を呼んだから、抜け駆けを許した。大罪。死を持って償うべき。――あ、死ぬ前にお仲間へ報せておいてほしい。『以後、呼び出しは勇者と騎士にすべき』と。じゃ、さよなら」

『マ、待――』


 ホリーは長杖の石突きで屋根をほんの軽く叩いた。

 瞬間、頭上から光柱が悪魔を飲み込み――大閃光。


「眩しっ。うおっ!」


 俺は両手で目を覆い、態勢を崩しよろめいた。

 柔らかく、温かい感触。

 目を開けると、眼鏡をかけた少女が俺を抱き締め微笑んでいた。

 

「アッシュ、危ない」

「……お、おぅ」

「「……うふ」」


 後方でフィオナとララが、ゆっくりと聖剣と魔剣を抜き放っていく。

 ……後で、胃薬補充しておかねぇとな。

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