第3話 何でも屋(※戦闘は除く)
「アッシュ、アッシュ! 髪とかしてっ! ホットミルク作ってっ! 寝間着に着替えさせてっ!!」
「髪はとかしてやるし、ホットミルクも後で入れてやるが、寝間着は自分で着てください。【勇者】フィオナ様」
「え~!」
ベッドの上で幼馴染の少女は子供みたいにバタバタ。折角、完璧に整えられたシーツに皺が走っていく。こいつは、本当まったく……。
今、俺達がいるのは、上位悪魔討伐の礼にと、自由都市のお偉方が用意してくれた豪華なホテルの一室。
ララとホリーは長湯をしているらしく、まだ部屋には戻って来ていない。俺も後でもう一度入りに行かねば! 天然温泉の露天風呂、最高だった!!
意気込んでいると、ごろりと身体を回転させ、フィオナが提案してきた。
「ねーアッシュ。今から、二人で宿を抜け出し」「ません」
「なら、今晩は一緒に」「寝ません」
「……アッシュの意地悪。虐めっ子。言っておくけど、私の方が、ララとホリーよりも胸は大きいんだからねっ! ねっ!」
「……いや、ほぼ平野のララはともかく、ホリーの方が」「バカー!!!!!」
俺が騎士様と天才魔法使い様を思い出している、フィオナは容赦なくクッションを顔面に投げてきやがった。
柔らかい筈なのに、めり込み……滅茶苦茶いってぇぇぇぇ。
フィオナがベッドから降り、椅子に座る気配。
「……ふんだっ! アッシュ、女の子に優しくしないとダメなんだよ? 御父様に何を習ってきたのー!!」
「……辺境伯かぁ。髪、とかすぞー」
「うん~♪」
『王国に【黒狼】あり』と謳われる勇将であり、フィオナの父親の厳めしい顔を思い出しながら、俺はブラシを握り、長く美しい金髪を梳き始めた。
さっきまでの不機嫌は何処へやら、聖剣に選ばれた勇者様は鼻唄を歌い、足をブラブラさせていやがる。
「親父さん、口下手だったからなぁ……言葉で習った記憶はあんまりないかもな」
「そうなの? ん~でもぉ」
「何だよ?」
金髪を梳き終わったので軽く結ぶ。
餓鬼の時分からずっとしているのでもう慣れたもんだ。
フィオナは小首を傾げた後で振り向き、俺を見つめてきた。
「御父様、何時も何時もアッシュのことを褒めてたよ? 『あいつは、やる時はやる男だ。必ずや【灰狼】を継ぐだろう』って」
「……荷がおもてぇなぁ」
過分な評価を聞かされ、苦笑する。
――【灰狼】。
それは、古い異名であり、元々『グレイ』の家に代々受け継がれていきたものらしい。俺が乳飲み子の頃に戦死した父親も名乗っていた、と聞いている。
文字を覚えた後、父親の戦歴も読んではみたが……いやまぁ、確かに勇士の中の勇士。親父さんの右腕だったってのも頷ける。
俺はフィオナの金髪を最後に手で軽く梳き、頭をぽん。こうしないと、拗ねやがるのだ。
「ほれ、終わったぞ」
「ありがと♪ じゃあ、次は着替え」「自分で着替えろ……ったく」
椅子から離れ、簡易キッチンへ。
とんでもないことだが、貴重な氷の魔石を使った小さな雪冷庫が備え付けられていて、ちょっとした食べ物や飲み物が常備されている。……料金聞きたくねぇなぁ。
戦慄しながら、鍋の中にミルクを注ぎ、炎の魔石を発動。
後方からは鞄を漁り、服を脱ぐ音。
「アッシュー、私の寝間着がないんだけどー」
「ええぃっ! お前には恥じらいがないのかっ!? 探せっ!!!」
「え? あるよー? ――だから」「大丈夫だ、絶対に振り向かん」
冷たく言い捨て、戸棚を開ける。
蜂蜜の瓶までありやがる。至れり尽くせりってやつか。
……そこまで踏み込んだ交渉をした覚えはないんだが。脅かし過ぎたかもしれない。今後は気を着けねば。
俺が反省していると、フィオナは寝間着を発見したらしく、衣擦れの音。
「そこは振り向くところー。それで、私はこう言うんだー。『きゃっ! ……結婚するまで、男の人に肌を見せちゃ駄目だったのに。酷い、酷いよ……責任、取ってくれるよね……?』って。うん。やっぱり振り向こうっ! 世界中で一番知っていると思うけど、私って可愛いし、胸もそれなりにあるんだよっ?」
「……親父さんと御袋さんは今頃泣いているぞ?」
ペタペタ、と歩く音。裸足のようだ。
鍋の中に蜂蜜を入れ、掻き混ぜているとフィオナが顔を出す。
薄黄の寝間着で、身体の形がはっきりと分かる。
「むしろ、喜ぶよ! 御父様は『……まだ早い。【勇者】としての任が……』とか何とか言うだろうけど、御母様は、きっと賛成してくれると思うっ!」
「いやまぁ……」
余りにも素直な好意の発露に戸惑ってしまい、頬を掻く。
すると、フィオナは嬉しそうにニヤニヤ。
「うふふ……嬉しい? ねぇねぇ? 嬉しい?? 嬉しいって言ってよー」
「……靴を履け、靴を。湯冷めもするから上着も羽織れ」
「はーい」
「あ、こらっ!」
勇者様は俺の上着を奪い取り、羽織ってベッドへ嬉しそうに飛び込んだ。
……う~む、甘やかし過ぎているかもしれん。
炎の魔石を止め、磁器製のカップにホットミルクを注ぎながら、フィオナに話しかける。
「人の完全支配地域だと考えられていた自由都市の市長に、上位悪魔が化けて潜伏してたのは大事だ。数日は、対策への意見、王国への報告等々……七面倒な手続き、お前がやってみるか?」
美少女の動きが、ピタリ、と止まった。
ベッドの上で膝を抱えて座り込み、強い非難の視線。
「……アッシュ、今のは酷いよっ! あんまりだよっ! 私がそういうの一切出来ないの誰よりも知ってるくせにっ!!」
「そんなこと」「あるもんっ! 出来ないもんっ!!」
……いかん、本気で拗ねかけていやがる。
俺はカップを手に持ち、フィオナへ近づき手渡し弁明。
「あー……別にお前が嫌いでこんなこと言っているわけじゃないぞ? 偶にはお前が出て行った方が話も――」
「ただいま~♪」「いいお湯だった」
入口の扉が開き、ララとホリーが帰って来た。
フィオナと異なり、二人は寝間着に着替え終えている。偉い、と思ってしまう時点で、俺も大分毒されているかもしれん。あと、何処とは言わんが……格差よ。
手をあげ、応じる。
「おかえり」「おかえりー。ねぇ、二人共、聞いてよっ!」
「うんー? 何だい?」「アッシュ、私もホットミルクを所望」
ララはベッドに腰かけ、ホリーはすぐさま簡易キッチンへ向かった。
二人に向かって、ベッドの上に立ち上がった勇者様が訴える。
「アッシュが私に、折衝役をやれ、って言うんだよっ? どう思う?」
「ハハハ。悪い冗談だな。うちのパーティの原理原則は『フィオナ、ボク、ホリーが戦闘。アッシュは他ほぼほぼ全部!』だ。それさえ、守られていれば無敵だと私は信じている」
寝間着に着替えたからか、普段の中性的で貴公子然とした感じではなく、とんでもない美少女にしか見えないララが肩を竦め、片目を瞑ってきた。
……勇者様や筆頭近衛騎士様が前に出た方が、物事は円滑にですね。
ホットミルクを入れたカップを両手で抱え、ホリーも帰還。空いている椅子に腰かけ、淡々と意見を述べてくる。
「フィオナに交渉なんで無理。聖剣で斬りかねない。ララは出来るかもしれないけれど、相手を追い詰めるし、何より、知らない女の子を引っかけて来る」
「「うんうん」」「……じゃあ、ホリー様がですね」
俺は渋い顔になりながら、壁に背を預けた。
猫舌気味なのに、何故か熱くしたがる天才魔法使い様は、ホットミルクへ息を吹きかけながら断言。
「私、アッシュ以外の男の人と喋れないし、必要がなければ喋りたくない」
「…………ハイ」
俺はぐうの音も出ず、首肯した。
――どうやら、当分の間は俺が諸々を引き受けるしかないようだ。
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