第1話 騎士

「アハハ! それで、フィオナを説得できずこの旅に連れ出されたの? 災難……だった、ね………」


 目の前に座る一見、中性的な容姿の美少女は、俺のジト目を受け、口元を押さえ身体を震わせ笑いを堪えている。

 耳が隠れる程度の極々淡い翠髪と知性的な瞳。白を基調とした剣士服の下の胸は平坦だ。隣の椅子に立てかけられた魔剣『烈しき嵐王』が振動で揺れている。

 ……いや、そこまで笑わなくても。

 俺は不満気に果実水の木製の杯をあおった。まだ、陽も高いというのに、店内では酒が提供され、多くの旅人達が大声でお喋りに興じている。

 ――此処は、テルフォード王国と国境を接する自由交易都市レント。

 フィオナともう一人の仲間は、自由都市の市長と面会中で不在だ。

 で、呼ばれなかった平民出身でる俺達はこうして暇を潰す為、通りの酒場に入り駄弁っているわけだが……文句が漏れる。


「……先輩が『都を出発して三ヶ月も経ったのに、そう言えば聞いていなかった』って言うから話したのに、俺、ちょっと傷つきましたよ……」


 すると、美少女――俺とフィオナの旅に同行してくれている、うら若き筆頭近衛騎士ララ・リオノーラは目元の涙を細い指で拭い、左手を軽く振った。


「ああ、ごめんごめん。悪気はないんだよ? 本当だよ? 優しい優しいアッシュなら、信じてくれるよね? ね?」

「…………いいですよ、別に。だけど、同行する以外、俺にどんな選択肢があったと?」


 俺はフィオナが聖剣を抜き放った後のゴタゴタを思い出し、顔を顰めた。

 あの後、大変だったのだ。

 

『……勇者様には旅立ってもらわなけれならない。だが、貴様が同行者なのは納得出来ぬ』

『……この一件は、【黒狼】フェアクロフ辺境伯とも協議が必要と考える』

『貴殿の成績は良くて下の上。普段は落第寸前だと聞いた。そのような者が聖剣に選ばれし勇者様の旅に加わるのは』

『……フェアクロフ辺境伯の御判断が出るまでは、旅立ちを禁ずる』


 ブラッドリー王子、近衛騎士団団長様、大賢者様、大司祭様……あの場にいて、フィオナが聖剣を抜き放つのを目にした全員がそう言って、俺へ暗に『同行を諦めるよう』迫った。


 ……俺だって、俺だってっ、そうしたかったさっ!!!!!


 嗚呼……だけど、現実とは時に苛烈極まりなく、俺を苦しめる。

 フィオナは最初から、


『アッシュ以外の同行者とかいらないけど?』


 と、陛下の前でも言い続けやがったし、それが当然という態度を終始崩そうとしなかった。謁見の後、浮き浮きした様子で俺を引き連れて新しい鞄まで買いに行ったくらいだ。

 しかも――空になった杯へ、先輩が硝子瓶から果実水を注いでくれる。

 表情はニヤニヤ。


「まぁ……他の選択肢はなかったよねぇ。だって、大陸に武名を轟かせる【黒狼】フェアクロフ辺境伯が、『娘の魔王討伐、無論異存無し。同行者の選定はアッシュ・グレイに委任す。彼の者の目に適う者ならば、一切の問題はなし。追記:男の同行者はアッシュ・グレイ以外、絶対に認めず』だなんて、直筆書簡をわざわざ、貴重極まりない軍用飛竜まで使って王宮へ届けさせたんだ。誰も文句なんか言えないさ。ふふふ……書簡を読んだ御父様の渋い顔といったらっ! 久々に愉快だったなぁ、ありがとう、アッシュ。御礼にお姉さんが撫でてあげよう」


 この美少女剣士様の父親は近衛副騎士団団長様で、無理矢理見ず知らずの有力貴族と結婚させられそうになったこともあり、仲は決して良くないのだ。俺とフィオナも少しだけ関わった。

 なお、先輩が齢十八歳で筆頭近衛騎士になったのは親の七光り――などではなく、実力である。ぶっちゃけ、単純な剣技だけならフィオナよりも強いかもしれん。

 俺は、黒茶髪を無抵抗で撫で回されながら、空になった先輩の杯にも果実水を注ぎつつ、拗ねる。


「……笑いごとじゃないですよ。俺は出来ることならば、今すぐにでも帰りたいんですから」

「えーアッシュはボクと一緒に旅をするのが楽しくないのかい?」

「後輩をからかう人は嫌いです」

「それは困った。ボクはこんなにも、アッシュ・グレイが大好きなのに。――旅の同行者として、真っ先に声をかけてくれたしね☆」


 ララが俺の頭から手を外し、片目を瞑った。

 この先輩は、これで数多くの同性の学生や騎士達を堕としてきたのだ。

 ……が、俺には効かぬっ。

 つまみの炒った豆を食べながら、肩を竦める。


「聖剣に選ばれたフィオナはともかくとして、俺まで同行するとなると、旅の難易度が跳ね上がりますからね。手持ちの『最強』に声をかけただけです。それ以上、それ以下でもありません」

「――……ふ~ん。アッシュはボクのことをそんなに認めてくれてたんだぁ。嬉しいな。ありがとう」

「はっ! 御謙遜を。餓鬼の時分から、貴女は凄かったですよ。フィオナは、貴女に憧れて都へ出る決意をしたくらいです」

「うん、知ってる。本人から理由の一つだって聞いたし。でも――」


 先輩はテーブルの上で膝を組み、俺を見つめた。

 普段と異なり、大人びた女性の微笑み。


「アッシュは違うよね? フィオナは褒めても、ボクのことはあんまり褒めてくれないし」

「……いや、そんなことは」

「あるよ。ある。絶~対、ある」


 子供じみた口調でララが俺を詰る。

 『近衛の風公子』なんて言われている人なんだけど……こういう所は、昔と変わってないんだよな。

 頬を掻き、視線を逸らす。


「……いや、ほら? 先輩が学校を卒業されて近衛騎士になってから話す機会も減りましたし?」

「ボクは、フィオナとは結構会っていたよ? ……都度、君のことを自慢してくる今や勇者様と何十回ぶつかりそうになったことかっ!」

「あの…………その……あいつが御迷惑を……す、すいませんでした」


 思わず謝ってしまう。

 先輩は無い胸を張り、勝ち誇る。


「素直でよろしい! 罰として、ボクのことをいい加減『ララ』と呼べば許してあげようじゃないか。寛大だろう?」

「…………恥ずかしいから却下で」

「ぶー!」


 先輩は唇を尖らし不満を表明したが、俺は冷静に却下。

 まったく、油断も隙も――店の外から白い蝶が入って来た。

 ひらひらと舞って俺の左肩へ停まり、消えた。

 すぐさま立ち上がる。

 

「先輩!」

「…………罰は?」

「う、うぐっ! そ、そんな場合じゃ……」

「じゃあ、ボクは行かなーい」

「グググ」


 テーブルに肘を置き、先輩は楽しそうに笑う。

 ……俺一人で行くか?

 いや、無理だ。護衛兵に阻まれちまう。

 ――……是非もなし。

 ずいっと、顔を近づける。


「――ララ、フィオナ達が市長舎内で囲まれているらしい。助けに行く。手を貸してくれ」

「ふふ――勿論いいよ。他ならぬ君の頼みだ。このララ・リオノーラの力を見せようじゃないか!」

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