第4話

それから一ヶ月の間、アキラは取り憑かれたように、厚紙で丁寧に巻いた手にひらに収まるほどの円筒弾を数千個作った。


「シドの話から計算すればこれ一個で車一台動けなくするぐらいのはずだけど、これだけあればビル何個ぐらいかは壊せるのかな……。

それでも目標には全然足りないけど……一ヶ月でこれじゃ何年かかるかわからないな……」


半分開かれた正面扉から入る夕陽に、今日はこの辺で終わり、と一息ついたその時、夕陽が何かの影によって遮られ、一瞬室内が闇に包まれた感覚を得た。


「シド!?」


慌てながら逆光でよく見えない人影を凝視するが、シドとは輪郭が違う気がする。


思っていると影は躊躇もなく扉の内へと入り込み、


「ずいぶん探したぜくそガキが!!

こんなところに隠れてやがったのか!!」


言いながら作業机に向かうアキラに大股で詰め寄り、その頬に容赦の無い拳を浴びせ、アキラは椅子から転げ落ち傍らの段ボール箱に派手にぶつかり、整然と収納されていた円筒弾が床に散らばり転がった。


頬を押さえ床を這いながらもそれを拾い集めようと伸ばしたアキラの手を男の革靴が踏み潰し、


「てめぇがいねぇ間、何度も家に来る役所のやつらに毎回色々言い訳考えるのも苦労したんだぜ?

面倒かけんじゃねぇよ、くそが!」


さらに腹を蹴り上げて転がし、苦悶の声を上げながら横たわったところへ胸ぐらを掴むと顔面を数発殴打した。


「なぁにぃ?ここ。

火薬くさ……。

さっさとしてよ、鼻炎になりそう」


ハンカチで口元を押さえた金髪の女が扉から半身のみを入れて面倒臭そうな声をかけてきた。


くそ、なんでこいつらがここに……!

くそ、なんで……やっと武器を手に入れたのに!

もう少しで何もかも吹っ飛ばして終わらせられたのに!!

なんでこいつらが!

なんでこいつらは!

いつもいつもなんでこいつらは俺を……!!

くそ!くそ!くそ!!


男がその後もしばらく、


「クズが!っざけやがって!クソだな!死ね!生きる価値の無いゴミが!!」


などと喚き散らしながら床で身を丸めるアキラを蹴り続けている間、アキラは偶然手元に転がっていた円筒の一つを握り締めながらひたすらに耐えた。


男の暴行はさらに数分続き、


「もういいんじゃない?

あんまりやるとそれこそ後で面倒よ」


と女が声をかけ、我に返ったようにようやく収まった。


「あぁ!?

……あぁ……そうか、そうだな、くそが!

面倒くせぇ!

くそガキが!」


唾を吐きかけながら男が数歩離れる。


遠ざかっていく男の足音を感じ取りながら、アキラは手近な距離内にさらにもう二つの円筒があることに気付き、静かに手を伸ばし順に掴み取ると、手繰り寄せて胸に抱いた。


その間に男は女と何か話し、やがて何らかの結論に至ったのか振り返ると、


「立て!!

行くぞコラァ!

手間取らせやがって、ボケが!!

二度とこんな真似すんじゃねぇぞ!!」


と恫喝の声を上げたが、先ほどまでアキラが転がっていた辺りにその姿は無く、探すように目線をその先へ向けると、床を這い奥の扉に辿り着き、その手前にある地下の隠し部屋への穴に片足を入れたアキラがこちらに首を向けた。


「てめぇ何やってやがる!!

いい加減にしろ!

ぶっ殺すぞ!!」


怒鳴りながら大股で向かって来る男に対し、それを無感情な強い眼差しで見据え、


「お前が死ね」


つぶやいたアキラが背中越しに三つの円筒を投げ付け地下へと姿を消した。


「あぁ!?

ナメたこと言ってんじゃねぇぞガキが!!

わけわかんねぇことやってねぇでとっとと……!!」


弱々しく床に落ち転がってきた円筒を無視して突き進み続ける男だったが、その円筒から細い糸のように吹き出す煙が視界の端に映り振り返った。


それからほんの数秒の出来事だった。


作業小屋のみならず、隣接する居住小屋までもが完全に全壊し瓦礫の山を築き上げた。


その轟音と地響きが収まるまで身を丸めていたアキラは、やがてそれがやんだように感じてゆっくりと天井を見上げたが、そこには天井など無く、ただ静かな夕焼けの空が広がっていた。


「あ……はは……すげぇや……すげぇな…………あははは……」


つぶやくが耳鳴りで何も聞こえない。


それでも言葉は溢れ出し、天を見上げ両腕を大きく広げたアキラの独り言は段々と大きな叫び声に変わっていった。


「あはははは!!

こういうことか!!

吹っ飛ばしちまえば良かっただけなんだな!!

俺もずいぶん回りくどいことやってたんだな!!

あいつらだけ吹っ飛ばすだけでも充分最高だったんだな!!

あはははは!!

ざまぁみやがれ!!

粉々に吹っ飛んでやんの!!

最高だな!!

最高だ!!

あはは!!

あははは!!

あはははは…………は」


爆風で空高く舞い上がっていた瓦礫が残っていたのだろうか。


何か大きな板状の金属が二つ、アキラの両脇に落下して地面に突き刺さった。


同時に、その板につられて何か柔らかく重たい物が落ちて転がった振動を感じ、ふいに軽くなった両腕にバランスを崩してアキラは地面に崩れ落ち、その転がり落ちたものを間近で確認した。


意識を失うほどに叫び続けることなんてあるんだなと、闇に包まれながら思った。




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