第3話

翌朝シドが作業場へ入ると、いつものように椅子の上で膝を抱えて座って待つアキラの姿が無かった。


「あぁ?

『追い出す』なんつったの本気にして出て行ったのか?

ちっ……ガキが、いちいちめんどくせぇ……。

ま、いっか、勝手に来たんだから帰りも勝手に帰んだろ。

それより……」


昨夜完成した総延長三十五キロの導火線の束に頷いてから、


「次はいよいよこいつらだな……」


隣に置かれたダンボール箱の中に整然と並んでいる消化器のような黒い金属管を一つ取り出し、愛でるように撫で回しながら作業机に向かって歩み始めた。


が、その時、戸外の遠くで複数の人工的な音、車の扉を閉めるような音が聞こえた気がした。


「宅配か……?

いや……くそ!サツじゃねぇのか!?

くそ!!」


大勢の駆ける足音が確実に近付いてくるのを察し荒々しく金属管を机に叩き付けると、足音とは反対側、作業場の奥の扉を開き外へと走り出たが、


「待て!!

志井戸拓也だな!?

爆発物取締罰則違反で逮捕状が出ている!!」


既に回り込んでいた数人の男たちが目の前に立ちふさがりシドの足を止めた。


振り返ると作業場にもさらに数人が入り込み、一人がシドの前に辿り着くと懐から一枚の紙を取り出して示した。


明らかに抵抗する余地も無さそうな状況に、いっそ小屋ごと全員吹っ飛ばしてやろうかとも思ったが、それすらもお見通しといった様子で一歩踏み出てきた男が作業場の扉を閉め、背後の数人が瞬時にシドの両腕を捕らえ後ろ手に手錠をかけた。


「っざけんなよ!?はずせよ!!くそが!!」


しかし左右から大柄な男二人にがっちりと固められ、作業小屋の外周を周り正面へと引きずられていく。


「っんだよ!!

もうちょっとで終わりだったのによぉ!!

くそ!!てめぇら触んな!!

俺のアートを汚すんじゃねぇ!!くそがぁ!!」


大きく開かれた正面扉から、スーツ、制服、作業着の人間が大量に出入りして、早くもシドのアートやその材料を物色し荒らし始めていた。


シドの怒声が遠ざかり車のドアが閉まる音と共に消えた後にも淡々と彼らの作業は続き、日増しに空き家同然に蹂躙し尽くされ、最後の警官が引き上げ静寂が戻ったのは二週間後のことだった。


そこへふらりと現れた小さな影が一つあった。


彼は扉の南京錠を石で破壊して開け入り、閑散とした戸内を見回すと無言のまま真っ直ぐに奥の扉へと向かい、その足元の大きな敷石を渾身の力で必死にずらし始めた。


十数分かけてようやく敷石が遠ざけられると、元あった場所に人が一人なんとか通れるほどの正方形の穴が口を開けており、彼は穴に首を突っ込み持っていた懐中電灯で内部を照らし、そこに山積みにされた大量のダンボール箱を確認した。


「警察もやっぱりここには気付かなかったね、間抜けだな」


穴から首を戻したアキラがつぶやく。


「ごめん、シド。

アートとか警告とか猶予とか俺には全然わからないよ。

そんな回りくどいことしないで最初から全部ぶっ壊しちゃえばいいじゃんか。

環状線の輪の中が吹っ飛べば世界は終わりなんだろ?

だから、俺がやるよ。

俺が全部ぶっ壊す。

色々教えてくれてありがとう」


再び穴の内を見据えるとアキラはその闇へと体を潜り込ませ、箱を一つ一つ丁寧に慎重に運び出し始めた。




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