第6話 花の化身

「…………は、……」


 口吸いが終わり、吐息が漏れる。

 雨の匂いとおようの甘い匂いが混ざり合う。ぴっ、と雪彦の唇が少しだけ切れた。雪彦は、どうにかなりそうであった。


「必要なものは頂きました。それでは、雨雲をお呼び致しましょう」


 お葉が空を見る。

 お葉が空に向かって手を差し伸べた瞬間、一点の光の筋が空へ伸びた。光は一瞬にして森を覆っていた雲を切り裂いた。森で降っていた豪雨が、止んだ。

 次に村の方を見る。お葉はそのまま手を横へと流した。彼女の手の動きに合わせてか、雨雲が森から村へと向かっていった。

 少しして、雷鳴が轟く。森は快晴となり、村は豪雨に見舞われた。

 雪彦や村人たちが望んだ、雨が降ったのだ。


「ありがとう、お葉どの……お葉?」


 お葉は、透けていた。

 神秘的とすら思えるその光景に、雪彦は呼吸を忘れた。

 同時にそれは、彼女がおおよそ「人」ではないことを、意味していた。

 雪彦は思わず動転してしまい彼女を呼び捨てにする。


「どうした、お葉」

「どうやら、力を使い果たしてしまったようです」


 お葉の体が力なく地面に崩れた。雪彦はすぐに彼女の元へ走り、彼女の体を支えた。お葉の体は、やはり透けていた。


「お葉」

「大丈夫です。ご心配には及びません。わたくしは、人ではありません。あの白い花の、化身なのです。花はいずれ枯れます。そしてまた年を越せば、返り咲きますから。だから、わたくしは大丈夫です」

「……そうか……」


 物憂げな表情をしている雪彦を見て、弱々しくではあるが微笑んだ。


「ふふ、若君様。……お葉は、ずっと若君様にをし続けていたのです」

「いたずら?」

「はい。この白い花を使って、お葉のもとへと向かうよう、わざと誘導していたのです」


 お気づきになりませんでしたか? と、お葉が笑う。

 確かに彼女のいる先には必ず、白い花があった。

 花の化身。お葉はそう言った。

 白い花が導く道が、彼女の意思で作られた道なら、雪彦は完全に誘導されていたと言ってもいいだろう。


「そうであったか。完全に、誘導されてしまっていたな」

「ふふ、そうでしょう、そうでしょう」


 彼女の体が消えてゆく。

 支えていた腕から、彼女の重さがなくなっていく。


「……若君様。わたくしはここにおります。ずっと、この地におります。悲しむ必要はありません。いつでも、会えます」

「ああ。そうか。いつでも、会えるな」

「はい」


 お葉は微笑んだ。そして消えてゆく瞬間、雪彦の首に腕を回し、頬に口を付けた。

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