第3話 森と雨

 それから三日が経過した。

 あの後、おようという侍女は無事に屋敷へと戻ることができたのだろうか。雪彦はずっと彼女を気にしていた。


「若君様、雪彦若君様!」


「なんだ、騒々しい。わたしは今考え事をしているのだ」

「なんだではありませぬ! 我が国の一大事にございます!」


 慌ただしく雪彦の周りをうろついているのは彼に仕える老爺ろうやである。

 老爺の後ろには国に住まう村人らしき男がいた。男が言う。


「雨が降らず、作物が育たないのでございます。これでは年貢を納めることもままならないかと……」


 確かに最近は快晴の日が続いている。天気がいいことは良いことなのだが、水が枯渇して旱魃かんばつが起こっているのだという。それにより国の重要な資源である作物が育たず、村人が困り果てているのだ。

 しかし雨とは気象。天の気まぐれであり、恵みである。それをいち人間である雪彦がどうにかできる話でもなく、どうすればいいのか策を練ることすら難しい。


「これまで山伏などに雨乞いをさせましたがもう一月ひとつきも雨が降っておりません。若君様が見たという森の雨はいったいなんだったのでしょうか?」


 それはこちらが聞きたい。雪彦は思った。

 確かに可笑おかしな話である。

 あの日、確かにあの森では雨が降っていた。それも豪雨だ。けれど雨足が弱まり森を出ると、村の方はカンカンに日が照っていたのである。先ほどまで打たれていた豪雨はどこへ消え去ってしまったのか。


 天の気まぐれか、はたまた、の仕業か。


「さてな。わたしにも分からない」


 国一番の博識とうたわれている雪彦でさえ、知らぬことは五万ごまんとある。

 村人の言い分も嫌と言うほど理解ができる。

 しかし、雨は天の気まぐれであり恵みなのだ。

 人間である自分には何もできない。雪彦はそう自負していた。


 村人の願いや、老爺のお小言(そろそろ嫁のひとりやふたり……)に疲れた雪彦は息抜きのために弓と矢の入った矢筒を持ち、森へと向かった。

 ひとつは気分転換のため。

 もうひとつは、彼女に会えるかもしれないという期待を持って。

 雪彦は屋敷を抜け出した。

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