第2話 『お葉』

 白く透き通った肌に、唇の紅が映える。

 濡れた長い黒髪。その先端から雨の雫が地面へと滴っている。

 肌寒い場所であったのにその女子おなごは薄着であった。


 彼女を取り巻くその場所が、まるで神域であるかのような感覚に雪彦は目が眩んだ。

 そして、薄幸の気をまとう女子に、雪彦は思わず息を呑む。

 これほど美しいと思った女子を、彼は見たことがなかったのだ。


「そなたは何故、斯様かような場所に?」

「足を挫いてしまいまして、少し休んでおりました」


 女子が挫いたであろう右足の首を優しくさすった。足首は少しだけ赤く腫れているように見受けられた。


「そうだったのか。それは災難だったな」


 雪彦は髪についた雨粒をはらいながら女子に近づき、彼女の右足首を見る。雪彦は自身の足元に弓と矢の入った矢筒を置き、そして持っていたを懐から取り出し、それを彼女の足首へとあてがった。

 女子は不思議そうな顔をして雪彦を見た。雪彦はその目にどきりとした。


「家はどこだ。その足では帰るのも苦労だろう。送っていこう」

「いえ、ご心配には及びません。わたくしはすぐそこの屋敷に仕える侍女じじょでございます。雨足が弱まった頃、ゆっくりと戻ろうと思います」


 女子が向こう側を指差して微笑んだ。雪彦は再びどきりとした。


「そうか」


 少しして、雨足が弱まってきた。雪彦は屋敷へ戻らなければならない。

 だから、この機を逃すわけにはいかなかった。


「……そなた、名はなんという?」

「……おようと、申します」

「お葉どの、では、気をつけてな」


 雪彦はお葉をいたわりつつ、足元に注意しながら急いで森を抜け出した。

 その時白い花が道標となって、彼を外へと無意識に導いた。

 そして雪彦は、お葉という侍女に、一瞬にして心惹かれたのだった。

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