4-3 サベリアス襲撃作戦《束の間の休息》
「お前さん達! 終わったのか!?」
「ソラリスがやってくれたよ」
「頭も手も痛ぇし、身体も超重ぇよ」
アラヤがソラリスに視線を向けると、ソラリスはげんなりとした表情を浮かべる。その言葉にサイオンは顔を引き締めながら尋ねる。
「お前さんがそこまで疲れるなんてな。流石新型。体は大丈夫か?」
「少し重いが、大丈夫だ。休めばすぐ回復する」
「じゃあ、今から休んどくんだな。すぐに出航だ。島に着くまで休んどけ。食料も積んでいるようだから好きに食べて良いぞ」
「……そうさせてもらう」
そう言って、サイオンが無線機を使って船を奪取した事をルーナに告げる。
アラヤ達は一足先に船の中に入り、甘い物を探しに食糧庫へと向かっていく。食糧庫には、紙の箱が山積みになっていた。
「お、チョコの匂いがする。アラヤ、アタシの分も取ってくれ」
「あいよ」
ソラリスを降ろし、アラヤが箱から銀紙に包まれており長方形の形をしていたモノを取り出す。匂いから察するにこれがチョコレートの固形版だとアラヤは理解した。
甘く香るその匂いにそそられ二人は無言で口に運んでいく。優しいその味は重たかった頭を和らいでくれるようだった。
同じ箱に入っていた水で喉も潤し、二人はようやく一息ついた。
「ふぅ……。しかし、凄い火力だったな。あれだけ硬かった新型を貫くなんて。あれがとっておきか?」
「そ。体内にエネルギーを貯蔵し、何物も燃やし尽くす炎をイメージして一気に発散だ。効果は見ての通り。デメリットも大きいけどな」
それらを聞いて、アラヤも思案する。ソラリスが言っていることは難しいことじゃない。
要はイメージの力。少なくともアラヤにも同じだけの出力は出せるはずなのだ。
まだ弱い自分の実力をアラヤは噛みしめる。
「……俺も頑張らないとな」
「なんか言ったか?」
「いや、何でもない。それより、そこまでの力を身につけられた理由って聞いてもいいか。力の起源が起源だから、言いにくかったら別に構わないが」
「ん? あぁ良いよ別に。仲間ならみんな知ってることだし、アタシだけアラヤの経歴を知ってるってのもアレだしな。島に着くまで時間はある。休憩がてら話してやるよ」
「ありがとう」
そうしてソラリスは包帯を巻いた右手を見て、神妙な面持ちで話し始めた。
「まぁ持続時間そのものは訓練のたまものってやつだけどな。ただ、最大火力自体はアタシがレジサイドに来る前からさほど変わってない」
「ってことは、実験の段階で……?」
「あぁ。――二年前まで軍に配備されていたアタシを、一部の科学者が独断で捕まえて実験をやりやがってな。多分、誰よりも早く名声が欲しかったんだろう。大抵の科学者がそうだし、基本的に秘密裏に行われているから量産できるまではあんま公表しないんだよ」
「ああ、確か俺の時も似たようなこと言ってな」
自分の実験時のことを思い出したアラヤが同意すると、過去を深く思い出してしまったのかソラリスの顔が悲痛に歪んだ。
天を仰ぎ、ぽつりぽつりと過去を進める。
「……それからは最悪の日々さ。かろうじて覚醒はして生き延びたものの、出力はマッチに火が付くレベル。当然、そんな出来を許さない科学者共は、アタシにあらゆるモノを施した。アストラダイトのエネルギーや薬品なんかをな……。毎日血反吐を吐いては、苛立つ科学者どもの慰み者にもなった」
そう言って下腹部を押さえるソラリス。そこに先ほどまでの男気溢れた快活な笑顔は一切なく、あるのは悲しみに暮れる女性の姿。
そんな姿を見て、アラヤは歯噛みし拳を強く握るしか出来なかった。
「あとは、後は単純な話だ。ゲス野郎どもに憎しみを抱いたアタシは、それに応じて炎の出力が増大。真の意味で覚醒を果たし、能力を使ってお前と同じように実験所を壊滅させたんだ。だから、誰にも知られる事無く、お前の開発者も知らなかったんだろう。それからは、放浪しているアタシをレイスが見つけて、レジサイドに加入だ」
「……レイス、確か創設者だったか?」
「ああ。……今はもういないけどな。ある貴族に殺されたからルーナがリーダーを引き継いだって形だ。だからアタシはその貴族に報復する機会をずっと伺っている」
ソラリスの顔が悲しみと怒りに染まる。アラヤはそんなソラリスの顔に見覚えがあった。それはつい最近のこと。自分の無力さに打ちひしがれて、後悔と憤怒がないまぜになった自分と同じだった。
だからか、思わずアラヤから心の言葉が零れ出た。
「……俺もお前も、そしてここにいる組織のメンバー全員が地獄を味わいながら何かを守れなかった同士。だけど、これからは別だ」
「あん?」
「未来は俺たちの手でいかようにも作り上げられる。そして俺が、お前を――お前たちを守ってやる。この残酷な世界で、この想いを成し遂げるのは途方もなく厳しいだろう。実際、俺は何も救えなかった人間だからな。だけど、これからも救えないなんて道理はない。今度こそ仲間を守り通してみせるさ」
「アラヤ……」
力強く、猛々しいアラヤの瞳。まるでソラリスの炎が乗り移ったかのようだった。
そしてそれを見たソラリスも、消沈していた心を高ぶらせ豪快な笑みを浮かべて宣言する。
まるで赤くなった頬を誤魔化す様に――。
「ふっ、新入りが偉そうに。でもま、アラヤの言う通りだな。かつて救えなかった命を背負ってアタシたちは生きてる。だったら、その責任は果たさないとな」
「みんなで守れば怖くないってな」
「不思議な気分だ。この背に重みは増したって言うのに、さっきと比べたらすごく楽になった気分だ。――ありがとう、アラヤ」
朗らかに、慈愛が籠った優しい笑顔をソラリスはアラヤに向ける。その思いがけないソラリスの素顔にアラヤの頬が真っ赤に染まった。
するとそれを正面から見たソラリスは、ニヤッと大きく口角を上げた。
「ふぅん、新入りアラヤちゃんはアタシの美しすぎる笑みに照れちゃったのかなぁ? お、素直に言ってみ?」
「そ、そんなことねぇよ! ただお前の顔が――」
「アタシの顔が??」
「―――ッ……! 何でもない! 話してくれてありがとよ! 回復したしハミールたちのところへ早く行こう!」
照れ隠しは明らか。アラヤはソラリスから体ごと背けて歩いて行こうとする。
ソラリスが初めてみるアラヤの年相応の子供っぽさ。この凄惨の時代、子供でも大人びて見えることは多いが、子供は子供。
誰も知らないであろうアラヤのその感情を見れてか、ソラリスは心が何だかじんわりと温まっていくのを感じた。そうして、心地良いその温かさに心を委ねる。
「ふふっ。ああ、行こうか。次の作戦が待ってる――」
☆
収容艦は既に港から出港していた。乗組員は、ルーナとホプリテス部隊、新入りを除いた全員。
二人が操縦室に入ると、ハミールが鋭い眦をさせて本部に戻ったルーナたちと報告を行っていた。
その苛烈な姿を見て、改めて通信の向こう側にいたのがハミールだとアラヤは実感する。
「ルーナ、こっちは全員無事で第三作戦に以降している。そちらはどうだ?」
『こっちも問題ありません。ミューランのホプリテスが故障しちゃってもう使えないくらいです』
「それについては構わん。サベリアスに何騎かあるのは確認している。余裕があれば数騎頂いておくとしよう」
『分かりました。頼みましたよハミール』
「任された」
ハミールが通信を切る。
そして操縦室入ってきたアラヤ達を見据えると、とたたっと駆け寄った。そこにはもうあの男まさりな人格はない。
「アラヤ、ソラリス! 港ではお疲れ様!」
「お、おう……」
テンションの差に圧倒されるアラヤだった。
「疲れたよほんと。あとどれくらいで着く?」
「三十分といったところかな。見つからない様に細心の注意を払っているからもう少し遅くなるかも」
「構わねぇよ。その分休めるからな」
その時、操縦室の扉が開いてサイオンが入ってきた。手にはタブレット端末を持っている。
「ここにいたかハミール」
「どうしたの?」
「こいつを見てくれ」
サイオンが見せてきたのは、ホプリテスの設計図だった。
しかもそれは、アラヤ達が戦ったオルトロス型。事細かく素材や戦術データ、核となるアストラダイトの質の良し悪しなどあらゆる情報がそこには詰まっている。
これに従えば、金さえあれば誰でも新型を作ることが出来るだろう。
おまけに、ここに載っている情報はそれだけではない。
「これってもしかして!?」
「ああ。アラヤ達が戦った奴さんの新型の上に、それとは別の騎体みたいだ。実際、甲板にあったコンテナを確認したところ、コイツがあった。――ただ、全く動かせそうにないが……」
顔を顰めながら言うサイオンに疑問を呈するアラヤ。
「動かせそうにない? 故障しているのか?」
「いや、故障という雰囲気じゃなかったな。多分、乗り手がいなかったんだろう」
設計図を操作すると、対象の騎体スペックがグラフ状になって表れた。アラヤたちもタブレット端末を覗き込む。そこには、速度、攻撃性能、反動慣性等の数値が跳びぬけて高かった。恐らく、先程戦ったシュトゥルムハーケンよりも高い。
アラヤ達はそれを見て愕然とする。
「おいおい、なんだこの数値は。こんなん、ミューランでも使いこなせないだろ」
「現状確認できているホプリテスの中で他を圧倒する程のスペックだね……。まさかさっきの新型以上の騎体があるなんて……」
「コイツを使いこなせる人間は帝国軍にもいなかったのが幸いだな。こんなのさっき出されたら、多分俺達はやられてたぞ」
「ハミールよぅ、コイツどうする?」
「とりあえず捨てる理由はないし貰っておこっか。使えるか分からないけど、戦力が増えることには問題ないしね」
「だな」
ハミールの意見に全員が賛同し一致し、その騎体はレジサイドに回収されることに決定した。
「――ハミール。サベリアスに着いたぞ」
操縦桿を握っていた男がそう言った。気付けは、収容艦はサベリアスの目と鼻の先にあった。
「よし。じゃあここで船を止めて。このまま乗り込むと熱源反応で見つかる可能性が高いから救命ボートを使って島に乗り込む。船は、オートにして島の裏側へと動かして待機ね。そこからは私がここから指示を出すから――」
誰もが表情を固く引き締める。
今回の作戦の本命。世界を揺るがす戦いが今から始まるのだ――。
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