3-5 決意の先にあるモノ
本部に辿り着くと、二百人入っても有り余るくらい大きいブリーフィングルームへとメンバー全員が集められた。そこは前方に檀がある。それを囲う様に半円状の座席が机と一体となり段差になって広がっている。
前方の方にはアラヤ達が座り、後ろの方には昨日所属することになった新人達が座っていた。他の席にもそれぞれメンバーが座っている。
全ての席が埋まった頃、ルーナとハミールが登壇した。
「全員集まっていますね。それでは、これより大規模作戦の会議を始めます。ハミール」
「りょーかいっ」
ルーナ達の言葉に、ブリーフィングルームの空気が冷たく引き締まった。ここから、かれらの実戦経験の豊富さが伺える。
照明が落ち、ルーナの後ろにホログラムが展開された。そこには、セミロングの金髪で翡翠色の眼をした男が映し出されていた。それについて、ルーナが説明を開始する。
「まず本作戦における第二目標はこの男の確保にあります。名前はシリウス・フラメル」
――なっ、と誰かが呟いた。ルーナの思いがけない言葉に場が騒然となる。アラヤもその中の一人だった。
しかし、アラヤが周りを見渡すとソラリス達は落ち着いていた。他の人達も落ち着いており、ざわついているのは新入りの者達だけだった。ここが、ルーナへの信頼の差だろうとアラヤは確信する。
「諸君らの想像通り、この男は貴族です。とは言っても純然たる帝国民ではありませんが。私達はこの男を仲間にしたいとかねてより考えていました」
「それほどの価値がこの男にあるのか?」
アラヤがルーナに尋ねる。
「はい。彼は自国『アステリア』が帝国に侵略された後、【
ルーナの言葉にどこか嬉しそうになる古参勢。【貴族】ということで難色は示したが、生粋の帝国民ではないことにそれは吹き飛んだ。そして帝国の敵となれば大歓迎。戦力が増えて困ることはない。
そんな先輩たちの雰囲気を直に感じて、新入り達も大人しくなる。
「この男には、仲間になった後、彼が持ち得る全ての技術を提供してもらいます。主には、ホプリテス部隊の配属となりますが開発部門にも手を伸ばして貰うつもりです」
「でもよルーナ、コイツがアタシ達の仲間になるっていう確証はあんのか? アタシたちにはメリットがあるけど、シリウス自身には何もないじゃん。いざ確保しても『仲間になりません』って言われたら意味ないぜ?」
「ソラリスの言葉は尤もです。――しかし、問題はありません。この人間の性格上必ず仲間になる。私達の想いを伝えれば、私達に付いて来るでしょう」
ならいいけどよ、とソラリスがそう言った。
確かに彼の持つ技術は頭一つ跳びぬけているモノがある。帝国軍のホプリテスエース級と言えば、一人で街を制圧出来るレベルなのだ。
レジサイドには、歩兵部隊相手なら圧倒出来る持ち主は多々いるが、ホプリテスのエース級と戦える人的兵力は、ホプリテス乗りのミューランと能力者であるアラヤとソラリスしかいなかった。
「シリウスは現在、トルル開拓部から離れた海に浮かぶ
ハミールがホログラムに上空からのサベリアスを映し出す。島というだけあって自然の木々で多く、全体は緑に覆われていた。
ただ、それを塗りつぶす巨大な白のその存在感。白の塊たる監獄施設は繭のような形をしたドーム型となっており、窓は一切ない。外界と完全に遮断しているようだ。
しかし繭の真ん中に繋ぎ目なくドンと突き刺さっている円柱型のその塔。これこそがサバリアスの全てを司る監視塔にして電波塔だった。
「サベリアスは、全長三.五キロメートルほどの大きさの小島です。上空から見ると木々が生い茂っている様に見えますが、実際には島の中をくり抜くようにしてまるごと監獄要塞と化しています」
ルーナがそう言うと、上空から映し出されていたモノが平面へと変わった。島の内部が映し出されると、そこは、五つの階層に分かれており、島丸ごと監獄となっている。
ハミールがコンソールを操作し、各階層の内状が全て映し出された。
各階層は監視塔を囲う様にぐるりと円形状で形成され一つ一つのフロアに割断した蜂の巣の様な部屋が無数に並んでいる。その真ん中にカメラが埋め込まれた監視塔が囚人達を全方向から見張っていた。
カメラの側には小型の銃器が備え付けられており、その地上も武装したスタンドアロン型が徘徊していた。
「この監獄には、全展望型監視システム《パノプティコン》が採用されています。真ん中にある監視塔から全てを監視できるという監視システムでスタンドアロン型の監視兵――オートマタが配備されています。不審な動きなどがあれば即射殺というプログラムが組み込まれており、本作戦ではこれを如何に迅速に排除出来るかが鍵となります」
ちょっと待って、とミューランが手を挙げて言った。
「なんだ?」
「サベリアスは孤島なのよね? 周りが海に囲まれている状態で見つからずに行くのは不可能よ」
ミューランの言う通りだった。サベリアスは、孤島が故に周りには海しか存在しない。隠れた場所もない開けた場所で、見つからずに行くことは不可能である。
「その心配はいりません。月に一度、サベリアスに護送される船がある。それが本日の午後十一時に、開拓部の第三沿岸部の港から出航される事が分かりました。そこを狙い護送船を奪取。サベリアスまで向かってもらいます。――当然、警備が厳しいことが予測されますが、その為に今回は二部隊に分けた作戦とします」
ホログラムが再び切り替わる。そこには、ホプリテス隊とサイオン歩兵部隊が書かれていた。アラヤとソラリスも歩兵部隊の方に配備されている。
「まず初めに、ホプリテス部隊が襲撃を実行。そうした場合当然、敵もホプリテスを出してくると予測できます。予測戦力はタイタン型が二騎の赤色部隊。――敵方ホプリテスが出てきたら、牽制を行いないつつ後退。港から引きずり出して欲しい」
「割としんどいこと言うわね……」
「ホプリテスを引きずり出した後、サイオン歩兵部隊が突入。船の奪取に当たって。アラヤとソラリスはその援護兼遊撃」
「りょーかい」
「了解」
「分かった」
三者三様に了承した。
三人ともミューラン達と同じように真剣な顔つきをしている。
「船を奪取したら、ホプリテス部隊は相手を中破以上損壊させた後に撤退行動に移って。その後は、バラバラに分かれて、各支部に行き本部へと帰還。回収には、新入りたちが行ってください。
歩兵部隊は、島に着いたらそこからまた二部隊に分けます。歩兵部隊が遊撃となり、警備網を乱しなさい。アラヤとソラリスはハミールの案内の下、管制室を掌握し仕掛けられていると思われる罠を解除。それが確認され次第、サイオン達は突入。アラヤはそのままシリウスの確保へと向かってください」
「了解」
力強く頷くアラヤにルーナも頷きで返し、全体を見渡した。
「ではシリウスについてはこの辺で。続けて第一目標の話へと移ります。これが成功するか失敗するかで今後の帝国への戦い方が大きく変わると思ってください」
シリウスの時とは違い、ルーナから死を予期させられるほどの重たい圧力が放たれる。それほど重要な任務。
覚悟を持って挑まなければ言葉通りの死が待っていると暗に告げていた。
ただ、今更それに怖気付くメンバー達ではない。
「よろしい。では第一目標を発表します」
誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。
「第一目標はヴィンザール帝国におけるネットワークの破壊および可能な限りのあらゆる研究データの破壊。実行はソラリスにお任せします」
ハミールが操作してその目標地点が現れる。サベリアスの全体像の中でひときわ聳え立っている巨大な電波塔だった。
「破壊の為に辿り着かないといけないのは、各階層をぶち抜いて聳え立ってる監視塔の下にあるコントロールルーム。これは帝国が支配している国と繋がる為のネットワークの基盤の一つでね、有事の際や人材管理を各国に共有するために使われているんだ。そしてそれは犯罪者の移送や管理でも同じ」
「ソラリスはここのコントロールルームに行き、このウイルスデータを差し込んでください。コンマ一秒で全侵略国のデータを破壊することが出来ます。――あくまで、オンラインに接続している機器に限りというところが少々歯がゆいですがね」
ウイルスデータが入ったストレージ端末を持ったルーナによる熱の籠った発言と皮肉気な笑み。
それを見て、シリウスの時以上のざわめきが会議室に広がった。今度は古参たちも新入りと同様に驚いている。
第一目標の舞台に新入りであるアラヤが加わっていることではない。データの破壊によるその影響力の大きさに驚いていた。
本国から各植民地に繋がっているネットワークが壊れたらヴィンザール帝国に待っているのは孤立。
データの破壊となれば今まで行ってきたホプリテスのデータや戦術・戦略理論、更にはあの【人類進化実験】の成果すらも消え失せる。
帝国のネットワークとデータの破壊。それは帝国の過去と未来を破壊することと同義だった。
たしかに成功と失敗で今後の在り方が大きく変わるだろう。
あまりの規模の大きさに誰もが身を震わせた。けれどそれは恐怖ではない。
歓喜からだった。
「一矢報いるどころか、ようやくアイツらにデカい一撃を喰らわせられるってことか……! 最高じゃねぇか!! アタシらをこんなにしたクソ科学者共をぶちのめしてやる!!」
「ああ! ついにおれ達が戦ってきた意味がやってきたんだ! やってやる、やってやるぞ……!! なぁ、ミューラン!」
「もちろんよ!! いつまでも玉座にふんぞり返ってる奴らをそこから引き摺り下ろしてやるわ!!」
大興奮の嵐。
そんな中、アラヤも胸の内に湧いた高揚に全身が熱くなっていた。
なにせデータの破壊となれば——。
「奴らが築き上げてきた全てのデータを破壊出来れば、これは実験で積み上げられてきた仲間たちの弔い合戦になります。ひいては、これ以上私たちと同じ犠牲者を生み出さない為にこれは成し遂げなければなりません!」
「キューラ……クォルル……!」
仲間の死を背負い前に進むと決めたアラヤ。レジサイドのメンバーたちもその想いは同じだ。
戦わなければいけない理由と戦いたい理由がここで完全に合致。士気はこれでもかと上がり、猛々しく燃え上がる想いは目に見えるかの様だった。
それをさらに燃え上がらせる為、銀色の脚で地を踏みしめて高々と宣言した。
力強く――まるでその身に誰かが乗り移っているかのように。
「今回の作戦はレジサイド結成以来の大規模作戦となる! 不安は確かにあるだろう! 恐怖も生まれる! ――だがしかし、私たちには戦争をなくすという強い意志がある! 意志を成し遂げるための仲間もいる! ここにいる皆が信頼を置ける同志だ! 今でも虐げられている【傷持ち】の為に、いずれ虐げられる人たちの為に、そして散った仲間の命と私たちの為に、レジサイドは必ず未来を掴み取る! 変えた先の未来をこの目で拝む為、戦い抜くのだ!!」
応っ!!!と、部屋中に皆の声が響き渡った。
ホログラムを全て消し、ルーナが最後に通達する。
「
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