3-4 信頼感の在り方
翌日、朝七時。
時間間隔が分からぬ部屋であっても、いつも通りの習慣でアラヤは目を覚ます。
疲労を感じさせる身体をゆっくりと起こし、ベッドから降りて体を大きく伸ばすとポキポキと小さな音が鳴った。と同時に、空の腹が盛大に鳴った。チョコレートパフェしか食べていなかった胃が食料を寄越せと訴える。
そんな腹に顔をしかめていると、自身から発せられる音をかき消す様に枕元に置いてある通信機が甲高い音を立てて鳴り響いた。ホログラムの画面には、『ソラリス』と出ている。
それを寝ぼけまなこで見つめると、軽くこすって通信を取った。
目の前にソラリスの勝ち気な表情が写る。シャワーを浴びた後なのか、黒い髪はしっとりと濡れていてガサツにタオルで拭いている。
『――お、起きてたか』
「どうした? なにか伝達事項でも?」
『いやいやそんな堅苦しいモンじゃねぇよ。ただ単に、朝食に誘おうと思ってな。もっと早く起こして一緒に訓練でもよかったんだが、昨日の今日だし止めといた』
「そいつはどうも。正直まだ、ちょっと身体が重い」
『だろうな』
重たそうに肩を回すアラヤにソラリスは笑う。
『ま、とりあえず朝飯食いに行こうぜ。腹は減ってんだろ?』
「減りまくりで死にそうだ。とにかく何かを詰め込みたい」
『そいつぁタイミングバッチし。じゃあ、先行ってるから後で来いよー』
そう言い残して、通信が切れる。
アラヤは通信機を左手に装着して、机にある上着を羽織った。そして、洗面台に向かい顔を洗う。
鏡を見ると、斑模様の髪に黒い瞳が映っていた。
目を閉じる。
それからゆっくりと目を開けると、黒色だった瞳は蒼色に輝いていた。
「……夢じゃなかったな」
瞳を戻して、ほっとしたような悲しいような感情でそう呟いた。ここに至るまで激動の時間を過ごしたとはいえ、自身の体感からは一日しか経っていない。これまで一緒に過ごしてきた仲間や人生との離別には簡単に慣れはしなかった。
そんな思いを振り払うかのように、アラヤはポタポタと顔を滴る水をタオルで拭いていつものように髪を結んでから部屋を後にした。
通信機で地図を展開しながら、リノリウムの味気ない廊下を歩いて行く。昨日と同じ廊下を見た時には、ホログラムを消して道のりを思い出しながら歩いて行った。
食堂に入ると、既にレジサイドのメンバーたちで賑わっておりカウンターで朝食を受け取っていた。
その列にアラヤも並ぶ。目線の先には忙しそうにしているおばちゃんがテキパキと列をさばいていた。
数分もしないうちに自分の番になる。前の人が受け取った軽く焦げて香ばしいパンの匂いやオムレツらしき卵の匂いが再びアラヤの腹を鳴らした。
「あら、凄く豪快なお腹ね。よっぽどお腹が減っているのね」
「あ、おばちゃん。おはようございます」
「おはよう、昨日の――えっとアラヤちゃんだったわね。ここのご飯はみんな新鮮だからきっとそのお腹も満足すると思うわよ」
「おおっ。チョコレートパフェがめちゃめちゃ美味しかったから楽しみにしてたんだ。お願いするよおばちゃん」
「はいよ。ちょっと待っててね」
そうしておばちゃんからパンと卵が主体の朝食を受け取る。トロトロで半熟のオムレツにはケチャップが掛けられていて、色合いからも食欲をそそった。その隣にはパリッと皮が張っているソーセージに瑞々しいサラダが添えられている。
合成食料ではない『本物の料理』。それを軍属時代ではなくレジスタンスになってから食べられるということに皮肉さを覚えつつも、それらは湧き出た唾液と共に飲み込んだ。
「はいこれ! ちょっとばかし多めにしといたからね!」
「いいのか? こんな新人に?」
「いいのいいの! これからアンタには頑張ってもらわないといけないんだからね! ほら、今日も一日頑張りな!」
そう言っておばちゃんは次の人を豪快にさばく。
明るく送り出されたアラヤはおばちゃんの言葉に心が沁みていくのを感じ、口の端を上げてソラリスの下へと歩き出した。
ソラリスを探していると、サイオンとミューランも一緒に朝食を取っているのが見えた。
「お、来たか」
「おはよう、アラヤ」
「……」
「おはようミューラン、サイオン。ソラリスはさっきぶり」
ソラリスとミューランが声をかけ、サイオンは会釈するだけだった。
昨日だけの関係だが、挨拶などのマナーはしっかりとしているサイオンらしからぬ姿にアラヤはテーブルに着きながら首を傾げた。
「サイオンはどうしたんだ?」
「あー昨日の訓練でね、負けた方が今日一日三回だけ命令権を持つっていう事にしたの。で、こいつが負けたから今は私の命令にしたがっているって訳。ちなみに、その命令は『食事中は絶対に音を立てて食べない』。ちょっとでも音を立てたら重い罰ゲームがあるけど」
「(なにやってるんだ、この人達……)」
「アホだろまじで」
呆れる二人を横目に、渦中のサイオンは黙々と食事をしている。それを見て、ミューランはにやけながら食事を取っていた。
アラヤも苦笑しながらオムレツを頬張り、その甘さとくちどけに思わず口角が上がった。目を見開きながらモツモツとかっこんでいくアラヤにソラリス達は思わず笑う。
と、そんなニヤニヤとした視線にアラヤは気付き、温まった頬を誤魔化し始める。
「と、ところで、今日の作戦会議ってどんなことなんだ?」
「くくっ……! 気にしないでやるよ。――んで、内容自体はアタシ達も詳しいことは分かっちゃいねぇよ。ハミールがここいりゃあ大体の事が分かるんだが今はルーナのんところに付きっ切りだろうよ」
「何でハミール?」
「自己紹介した時言ってたでしょ? オペレーター兼参謀補佐って。普段の行動からはあんまり分からないと思うけど」
「そういえば……」
ミューランのその言葉にアラヤは、ハミールの自己紹介を思い出した。二重人格の如き性格の変化に衝撃を受けて忘れていたが、確かに参謀補佐と言っていた。
あの小さく軽い感じの娘がこの場にいる誰よりも濃い人材だということに、呆れや驚嘆などよく分からない感情がアラヤに浮かび上がる。
「ほんと、人は見かけによらないな……」
「ハミールも、一応あの実験の被験者だからね。肉弾戦はからっきしだけど、代わりに余りあるほどの頭脳があるのよ」
「てことは、ルーナもやっぱ凄いのか?」
「そりゃそうだろ。アタシ達のリーダーだぞ。もし暗愚な奴だったら既にアタシ達は既におっ死んでるぜ」
「実際ほんとに凄いわよねー。カリスマ性は高いし、母性の塊で一緒に居たら落ち着くし。そして頭脳明晰だし。戦闘技術だって足が不自由じゃなかったら最前線を張れるレベルよ。彼女、もし私達が突破された時の最終防衛ラインにもなってるのよ」
「凄っ……!」
最終防衛ラインなんてよっぽどの戦闘能力と信頼性がないと任せられない。それをリーダー自ら、しかもあの身体だ。
一体どれほどの実力なのか、アラヤはルーナを少し畏れた。
「まあ、突破なんて絶対にさせねぇけどな」
「そりゃ当たり前のことよ。私達が突破されてルーナに何かあったらこの組織は崩壊するわ。だから、私たち前線部隊は責任重大なの。アラヤが入ってくれて大分助かってるけどね」
「俺?」
「そうよ。貴方が入ってくれたおかげで戦力に余裕が出来たの。今までソラリス一人の負担が結構あったから、即戦力の貴方はありがたいわ。強力な力も持っているし。だから、貴方には頼りにしているのよ」
責任を押し付ける訳じゃないけどね、とミューランはそう言って締めくくった。
他の二人も真剣な眼差しをアラヤに向けながらも穏やかな雰囲気を醸し出している。
そして、アラヤもそれに対して同じような雰囲気で力強く返事を返した。
「あぁ。任せろ」
それからいくばくか会話を交わしたところで朝食を食べ終わり、作戦会議の時間が近づいたことで四人は席を立った。
道案内として三人が前を進む。一番後ろから見えるその三人の背にアラヤは昨日とは違う暖かい信頼感を感じながら、本部への道のりへと足を進めるのだった。
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