3-3  背負ったモノの為

 戦闘を終えた後、二人はルーナとハミールがいるモニター室へと向かっていった。ソラリスは赤くなった鼻を手でさすりながら、恨みがましくアラヤをジトっと睨みつけている。


「――ったく。乙女の顔を地面に叩き付けるなんたぁ、やってくれるじゃねぇか」

「(乙女ねえ……。)」

「……んだよその顔は。何か言いたそうだなぁおい」


 アラヤの疑問を抱いているかのような顔に、ソラリスは指の骨を鳴らしながらそう言った。その様子にアラヤは口を引き攣らせた。


「べ、別に何も――。ていうか、お前だって騙し討ちして倒したんだからお相子だろ」

「はっ。あんなん引っかかる方が間抜けなんだよ。模擬戦終了の合図も鳴ってねぇのに不用意に近づいてんじゃねぇよ。実戦だったら即死んでるぜ」

「後頭部を蹴って、地面に叩きつけられて、ピクリとも動いてなかったんだから心配するだろ」

「まあ、実際に一秒くらいは意識飛んでたけどな。お前の焦りようが面白かったんで死んだふりしてたんだよ」

「お前に倒された時、殺気が強すぎて殺されるかと思ったけどな。超無表情だったし」

「ちょっとムカついてたからな。ちょっとキレたらいつもあんな風になんだよ」 


 おっかねぇ……、とアラヤは肩をすくめて小さく呟いた。

 そうして、軽く揉めつつも二人はモニター室の目の前に到着。中に入ると、いくつもあるモニターの前に座っていたハミールが立ち上がって、小走りで二人の方にやって来た。

 遅れてルーナも車椅子を動かして二人に視線を向ける。


「二人ともお疲れさまっ。いいデータが取れたよ! アラヤなんて、体の使い方あっとゆーまに適応してたしっ」

「後は、念動力の細かい使い方ね。これは訓練次第だから今は置いておくけど、すぐに細かい調節が出来るようにしとくように。アラヤ次第で作戦の成功率が変わってくるから」

「ああ。了解した。――ところで、肝心の俺の能力の詳細は解ったのか?」


 アラヤがそう言うと、ハミールが腕輪型の機械を操作し、アラヤとソラリスの目の前にそれぞれ二種類のホログラムを展開させた。

 そこにはそれぞれ波形が映し出されており、アラヤの波形は浮き沈みが激しく、ソラリスの波形は比較的平行になっており、所々跳ね上がっていた。


「アラヤが能力を全力で使って活動出来る限界は、使い続けて三十二分だね。ちなみに、ソラリスはちょっと伸びて一時間四分だね」

「おっ、前回より四分アップか。こりゃありがたい」

「一時間も満たないのか俺は……」


「あはは、まぁ使いたてだし仕方ないよねそこは。ちょっとこれ見てくれる?」


 同じ能力者でありながらハッキリとした差に肩を落としたアラヤに、はミールは笑いながら映る波形の説明を始める。


「これは君たちの脳波を測定したものでね、能力の出力値を表してる。アラヤの波形は浮き沈みが激しいよね?」

「ああ」

「これは、能力の使用を完全にオンとオフに切り替えて使っているからこうなっているんだ。言うなれば、スイッチだね」

「確かに能力を使うときはそんなイメージをしていたけど、それってまずいのか?」

「んー。普通の兵士達相手なら問題は無いんだけど、例えば、被験者とかホプリテスとかとの高速戦闘だとちょっとまずいかな。ほら、ソラリスのを見てみてよ」


 アラヤに向けていたホログラムを消して、ハミールはソラリスのホログラムを持ってくる。


「ソラリスは平行線状になっているよね? これは常にオンの状態をイメージしているからなんだけど、こうしておけば能力を使わない時でもすぐに出力を跳ね上げられるんだ。だから、不意打ちされたとしても能力で対処できるし脳内を使用状態で慣らしているから負担も軽くなって持続時間も伸びるってわけ」


 一石三鳥だね! と朗らかにハミールは言った。


「逆にアラヤの場合は動きが途絶えた瞬間、能力使用が0に近くなってる。そこからまた百に持っていってたら、その時間と出力は大きなロスになるんだよ」

「なるほどな……」


 つまり、アラヤの能力使用には無駄が多すぎるということ。駄々洩れになっている出力をコントロールしない限り使用時間が延びることはない。


「こればっかりは、経験の差だな。開闢の儀はあくまで自己暗示のきっかけ。そこからより没入出来るかどうかは経験になる。アタシだってここまでになるのに結構時間がかかったんだ。つい最近まで能力がなかった奴に負ける訳にはいかねえよ」

「――ただ、アラヤとソラリスで違うところは他にもあるんだ。跳ね上がっているのは能力を完全に使用した時って言ったよね。その時の力の上昇率はアラヤの方が上なんだ。つまり、ここぞって時に力を発揮できるのはアラヤってこと。突発型のアラヤと安定型のソラリスって感じかな」

「だけど、いつまでも突発型のままじゃダメだよな? 俺もソラリスみたいに安定させないと……」

「ま、その通りだね。常に全力だと限界も早いし。だから、現状安定しているソラリスの方が長く使えるんだ。――だけど、次の見てっ」


 ハミールが端末を操作すると、別のホログラムが展開された。

 そこに映し出されていたのは、ソラリスとよく似た波形のものだった。


「これは、アラヤが能力を初めて使った時に取れた映像を基に、軽くだけど取れたデータのものなんだ。見てわかるように、これはソラリスと同じように安定している。多分、『死』を強く感じた時に集中力が増して無意識に安定化しているんだと思う」

「てことでお前はこれからは常に、イメージトレーニングすること。イメージさえ根底に固まっていたら自然と出来る。後はまあ、ここにいる奴らと模擬戦でもして養うんだな」

「ただ、そうは言っても悠長な事は言ってられないわ。時間は無限にある訳じゃないし、これからの私たちの為にも早くモノに出来るようになって欲しいの」

「分かってる」


 ルーナ達の言葉に、強く頷いたアラヤ。今この瞬間にも、世界には被害者が生まれ続けている。それを食い止めるためにも、時間は早くて困ることはない。

 模擬戦の話は終了し、ハミールはホログラムを全て消した。そして沈黙が訪れると、アラヤは小さく疲れたように息を漏らす。


「アラヤ、お前はとりあえず今日はもう休め。色々詰め込まれたから疲れただろう」

「……ああ、そうさせてもらう。ぶっちゃけて言うと、かなり体が重い」

「ま、無理もねぇだろ。三日ぶりに起きたと思ったら、いきなりレジスタンスの仲間入り。そしたらすぐに帝国軍との交戦。そして、さっきの模擬戦。ぶっ倒れてもしょうがないくらいだ」


 改めて聞くととんでもない一日だ。アラヤの方も、一日の疲れが一気に出たのか少しふらついていた。

 それを見て、ルーナがアラヤに声をかける。


「明日は十二の刻に、本部の方で次に行う作戦会議を行うつもりだから遅れないようにね。部屋は本部にあなたの部屋を作っておいたけどどうする? 一応支部にも余っている部屋があるけど」

「悪いけど、今日は支部で寝かせてもらうわ。流石に疲れた……」

「あ、アタシもこっちで寝る。今から本部行くのめんどいし」

「分かった。――じゃあソラリス、アラヤの案内よろしく」

「あいあいさー」


 ハミールがルーナの車椅子を押してモニター室から出ていくと、アラヤ達も廊下へと出る。

 部屋までは、モニター室から昇降機で一つ下った廊下の先にあった。


「ここがその部屋だ。明日は遅れんなよ」

「分かってるさ」

「なら良し。――っとそうだ。アラヤには渡すものがあったんだった。ほら、これ」

  

 ソラリスが取り出した物は、手首に付ける金属製のバンドのようなものだった。よく見ると、ソラリスも手に付けていた。


「これは?」

「この支部に来るまでにアタシが使ってたレジサイド専用の端末機だ。通信も行えるし、基地の全体図とか入り口の在りかが分かるからそれ見てやって来いよ」


 それを最後に伝え、ソラリスは手を振りながら自分の部屋へと向かった。アラヤもその隣の部屋へと入る。

 部屋は簡素な作りで、ベッドと机と洗面台だけあった。奥には簡易的なシャワーがある。

 シャワーを浴び、インナー姿になったアラヤはベッドにドサッと倒れ込む。通信機を枕元に置いて就寝の準備だ。


「……疲れたな」


 仰向けになり、顔に腕を当ててそう呟く。一人になった時、思い出したかの様に体がドッと重くなった。

 身体的な疲労ということもある。けれど、アラヤがより感じているのは心の重み。大切な仲間を殺され、二度と同じ被害を生み出さないと改めて定めたその決意が心を重くさせていた。

 そうして宿った重圧と責任。ただ、それは悪いモノではない。

 その重みがあるおかげで、アラヤはこれから先も歩いていけるのだ。


「クォルル、キューラ……。見ていてくれ。俺は必ず――」


 そうして瞼の裏にクォルルとキューラの姿を浮かばせながら、アラヤはまどろみの中へと次第に落ちていった。

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