2-6 選択の未来

 ルーナがそう言い、アラヤ達はルーナの方に顔を向けた。


「今回、第四区域で出た死者は十四人。負傷者と避難者は二十四人。第四区域の一部のみの襲撃だったため、少なくはない数ではあるけど、赤色部隊と考えると少ない方ね。皆の尽力があってこその成果よ。後で他のメンバーにもう言うけど、ひとまずありがとう皆」


 穏やかな笑みを浮かべて感謝の意を届けるルーナ。それにメンバーは照れ臭そうに笑う。


「その二十四人をどうするか考えようぜ。何か案はあんのか、ルーナ」

「今いる二十四人には選択肢を与えるつもりだよ」

「選択肢?」


 ルーナの言葉にアラヤは疑問符を掲げる。


「そう。現在のレジサイドの総人数は百二四人。この国を壊すつもりなら、戦力は多くいて損はないからね。私達と同じ道を歩むか、そうでないかを選んでもらうつもりなの」

「選ばなかった人はどうするんだ?」

「選ばなかった人は、申し訳ないけど今回の事を忘れて元の生活に戻ってもらう。流石に何もしない人間に食糧などを与える続ける備蓄の余裕も私達にはないから」

「ま、働かざる者食うべからずってやつだな」


 ルーナの言葉に付け足すようにサイオンが言う。その言葉に、アラヤは納得した。


「では、これから収容した人達にその旨を伝えるからハミールは私と共に指令室に。サイオンとミューランは隊員を使って今回収容した人達を大広間に集めてちょうだい」

「了解」

「わかったわ」

「りょーかいっ」


 三人がそれぞれ了承の意を述べた。何も告げられていない二人は手持ち無沙汰のようにしている。


「俺達は何したらいいんだ?」

「アラヤとソラリス二人は休んでいて。能力の使用は脳への負担が大きいから、休めるときは休んでおいて欲しいの」

「あいよ。いつも通りだな」

「では、解散!」


 その場にいた六人はその声と共に作戦室を後にした。



「――俺達、本当に休んでていいのか?」


 他の四人と別れ、アラヤは共に歩いているソラリスに尋ねた。


「いいんだよ。ルーナも言ってただろ? 能力を使ったら脳の負担がでかいんだ。脳の未使用の部分を無理矢理開放しているからな」

「言われてみれば……、頭がかなり重いな……」


 頭に手を添えながら、今更ながら気怠さを実感する。

 戦闘を終えた後は興奮からか感じていなかったが、落ち着いた今頭は鉛を巻いているかのように重かった。


「ちなみに、能力使いすぎると脳がぶっ壊れるらしいから死にたくなきゃ気を付けろよ」

「……そんな危ないものなのかこれ」

「ま、過ぎたる力は身を滅ぼすのさ。仮に何の訓練もしていない人が能力を使ったとしたそのまま死んじまうレベルだぜ。――何かを得るなら何かを失うのは自然の摂理だろ?」


 強気な笑みを浮かべながら実感を込めてソラリスは言う。

 それを聞いてアラヤも納得した。アラヤも今、失ったからこそここにいるのだから。


「そういえばサイオン達は大丈夫なのか? アイツ等も能力は使えないとはいえ、体のリミッターは外れているんだろ?」

「アイツ等は大丈夫だよ。昨日今日いきなり人類を超えた力を得たアラヤとは違って、その力を使いこなす訓練を何年もやっているからな。それに、脳がぶっ壊れる可能性があるのはアタシ達みたいな能力を使える奴だけだ」

「なるほど」

「んじゃ、脳を回復させるっていう事で食堂に行こうぜ」

「食堂――? ああ、糖分を取るのか」

「そゆこと。一番脳を回復させるのに適してるからな。モニターもあるし、状況を見てようぜ」


 二人は食堂の方へと足を進めた。

 食堂に着くと、ソラリスは食堂のキッチンにいたふくよかな女性――通称『おばちゃん』に声をかけた。ソラリスの姿を見たおばちゃんは笑みを浮かべながらソラリスの後ろにいるアラヤを見る。


「いらっしゃいソラリスちゃん。後ろにいるのは彼氏さん?」

「バカなことを言うなよおばちゃん。こいつはさっきアタシ達の仲間になった奴さ。アタシと同じ力持ってるからここで糖分補給しようと思ってな」


 ソラリスは笑いながらそう返した。後ろにいたアラヤも笑みを浮かべておばちゃんに挨拶をする。


「どうも、アラヤです。これからよろしく頼む」

「よろしくね、アラヤちゃん。ソラリスちゃんの彼氏じゃないのは残念だけど、何でも頼んでちょうだい」

「それじゃ、アタシはチョコレートたっぷりのジャンボパフェをよろしく! アラヤは何にすんだ?」

「と言われてもな、よく分かんないぞ俺は」


 兵器として扱われていた十数年。まともな甘味をアラヤは取ったことがない。それに気付き、ソラリスは自分と同じモノをおばちゃんに要求した。


「分かったわ! ちょっと待っててね!」


 パタパタと、キッチンの奥に去っていくおばちゃん。それを二人は見届けた

 おばちゃんが去ってから少し経つと、トレーに乗せられた冷気漂う大きなグラスを持ってきた。冷気を漂わせるのは、捩じるように盛られた白い物体。そこに茶色いソースがふんだんにかけられている。

 その二つをそれぞれ受け取り、おばちゃんに感謝を述べて二人はテーブルへと向かった。


「これがチョコレートたっぷりジャンボパフェ?」

「そう! めちゃくちゃ甘いぞ! チョコレートってのがその茶色のソース。白いのがコールドクリームっていうミルクを使ったものらしい。アタシもよく分かってないけど、とにかく美味いから食べてみろ!」


 そうしてテーブルに着くと、アラヤは細長いスプーンを持ってクリームとチョコレートを掬い、口に運ぶ。その瞬間、アラヤの顔が驚きに満ちた。


「つめた! あま! ウマッ!」

「だろ!!」


 これまでの人生でアラヤがこんな美味しいモノを食べた記憶はない。そしてこれをキューラ達にも食べさせてやりたかったと思いつつ、口に運んでいく。

 一瞬でチョコレートジャンボパフェはアラヤの中で好物となった。


「そういや、あの人も【傷持ち】なんだよな?」

「そうだよ。ここにいる一人のメンバーの母親だ」

「そこなんだよ、ここに来て一番不思議に思ってることは」

「何がだ?」

「ここにいる人達は、元々ただ【傷持ち】だろ? なのに何でこんなに生活できるんだ?」

「まあ、そうだな」

「それにこの施設だってそうだ。俺の見込みでは帝国とクーデター派の戦力差はかけ離れていた。それが小規模ならレジサイドの部隊だけで最低青色部隊は圧倒が可能していた。ホプリテスの部隊まであるんだろう?こんな巨大な施設を含め、どんな組織がここまでの力を得た?」

「アラヤの疑問ももっともだな。勿論そこにはちゃんとした理由がある」

「理由?」

「ああ。アタシたちには、出資者がいるんだよ。まぁ会ったことはないし、色々と複雑な事情やらが絡み合って詳しく説明するのは時間がかかるから、時間がある時にルーナにでも聞いとけ」


 ソラリスがそう言い終わると、食堂に備え付けられたモニターにルーナの顔が映った。大広間では、大きなモニターにルーナが映り、その横にサイオン達の隊員が横一列で並んでいた。


『さて、今回集まってもらったのは他でもありません。貴方達のこれからについてです』

『――俺達?』


 集められたうちの一人がそう呟いた。


『はい。今回の一件で貴方達は居場所を失いました。現在、ここには負傷者を含めて二十四人の人がいます。貴方達にはこれから、私達レジサイドに所属するかここでの出来事を忘れて地上に戻ってもらうかの二択を選んでください』


 ルーナの言葉に、ざわつく救助者達。その声は段々と大きくなり、その中の一人が大きな声を上げてルーナに反論した。


『何が選んでもらうだ!! 今回こんなことが起きたのはいつもいつも、テロばっかやってるお前たちレジスタンスのせいだろうが!! 最後まで俺たちの面倒を見るってのが筋だろう!!』

『今回死んでいった者たちに関しては私達もひどく悲しみを抱いています。自らの行動を正当化するわけでもありません。しかしながら、私達はこの世に争いをなくす為に最後の戦争をしているつもりです。それに伴う行動について謝罪も後悔もするつもりはありません。

 そして私達レジサイドは二度とこんなことを起こさせない為、平和を取り戻す為どんな罵りも犠牲も乗り越えてこれからも進み続けます。今はちっぽけなテロ行為ばかりですが、今後は必ず私達が普通に生きていける世界へと変えるとここに誓いましょう! ――どうか私達と共に闘っていただけないでしょうか?』


 ルーナは義足の足で立ち上がり腰を折りながらその思いを告げた。前に並んでいる隊員たちも同様に腰を折る。

 真摯に向けられるルーナたちの強き意志。それは熱となって部屋を伝播していくのだった――。

 

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