2-4 希望の力

 二人の瞳が、紅と蒼に染まる。そしてより素早さを増した二人に気付いた兵士が照準を合わせて引き金を引く。


「――!」


 銃口からマズルフラッシュが見え、弾丸が二人に向かっていが、二人ともが着弾する前に大きく横に跳んだ。アラヤは、横にあった瓦礫に身を隠して弾丸をやり過ごす。対してソラリスは、そのまま横にある建物群の壁に足から三点着地し、その勢いのまま壁を思いっきり蹴って兵士の前へと躍り出た。


「――なっ!?」

「遅えよ!!」


 突然目の前に現れたソラリスに、兵士は銃口を急いで向けるも、それより早く、ソラリスが兵士の顔面を殴った。バイザーが砕ける程の衝撃で殴られた兵士は、顔面から血をまき散らしながら吹き飛んで壁に激しく激突し、そのまま動かなくなった。

 一瞬で仲間がやられた突然の光景に、兵士達は動けなくなる。

 そして、一拍間を置いて一人の兵士が動き出した。


「き、貴様!」


 だが、その兵士も横から飛んできた瓦礫によって吹き飛ばされた。

 残りの兵士達が飛んできた方向を見ると、そこには、兵士と同じ数の瓦礫を体の前に浮かせているアラヤの姿があった。


「やるじゃねぇの」

「何なんだお前らは!?」

「それはお前たちが一番よく知っているだろう? ——ちょっと特殊な人間で、この世界を憎んでいる存在さ!」


 その言葉とともに、ソラリスは力を使い掌に炎を生み出した。その炎を見た兵士は後ずさる。兵士が狼狽えた瞬間に、アラヤは腕を横に振って瓦礫を撃ちだした。

 瓦礫は、兵士の近くに着弾し、その衝撃で兵士達は体勢を崩す。その隙に、ソラリスは炎を兵士達に向かって放った。放たれた炎は兵士達を一瞬で燃やしていく。

 炎が消え、後に残ったのは黒い煤だけだった。

 そして敵が全ていなくなり、アラヤはソラリスに近づいていく。二人の眼は既に元の色に戻っていた。


「よう、お手柄だったじゃないか」

「この位余裕でやらないと最前線じゃ生きていけなかっただろ。それに今は力もあるしな」

「違いない。――ハミール! 他に敵はいないのか!」


 アラヤの言葉に笑いながらソラリスが返事をすると、すぐさま顔を引き締めて通信を開始する。その姿から目を離して、アラヤは辺りを見渡した。 

 すると、周りにある建物と地面が小さく震えている事に気が付いた。

 それと同時に、二人の耳に雫の声が届く。


『やべぇ!! ホプリテスが二騎そっちにいった! 騎体は第一世代タイタンと第二世代クリュサオル! クリュサオルの方はあの胸糞悪い司令官が乗ってるはずだ!』

「サイオン達は大丈夫なのか?」

『あっちにもタイタン一騎来たけど、ミューランが対応してる! だがそのせいで、そっちに援軍は出せない!』

「いいさ、こっちはこっちでやる。本気でやるぞ?」

『死ぬんじゃねぇぞ!』


 ソラリスは通信を切った。そして、アラヤに向き直って言う。


「お前も、さっきの聞いたな。この揺れ具合からして直ぐに来るぞ」

「ああ。むしろカリエルが来るなら俺の獲物だ」


 揺れが最大となりアラヤ達の脚に振動が伝わる。前を見据えるとそこの角から、司令官用の赤いクリュサオルと、クリュサオルをより大きく丸くし、ずんぐりとした四メートルほどの騎体、タイタンが現れた。

 クリュサオルはアラヤ達の目の前に止まり、オープンチャンネルを開く。


『貴様は――!!』

「これはどうも、カリエル様。こんなところで会うとは奇遇です。身体の調子はどうですか?」

『何故貴様がここにいる!』

「さて、何故でしょう?」


 言葉を濁すアラヤに対し、カリエルは苛立ちながら口調で返す。


『――まあいい……! 貴様がここにいるというからには、貴様も粛清対象だ! あの時の借りを返させてもらうぞ!』


 カリエルとその部下はそれぞれホプリテスを操縦し、動きの早いクリュサオルがぶ厚い大剣を抜いて前衛を、動きは鈍重ながらも火力があるタイタンが後衛を務め、タイタンの大きな銃器でアラヤ達を撃っていく。避けたその隙を狙い、クリュサオルが剣を薙ぐも、それを大きく跳んで躱して二人はホプリテスから距離を取った。


「おいおい、憎しみ具合が尋常じゃないぞ。お前、アイツに何したんだよ」

「ちょっとばかし腕を折って、惨めな思いさせたくらいだ、よっ!」


 弾丸を横っ飛びして二人は避ける。ホプリテス用である大口径の弾丸が地面を大きく穿った。

 クリュサオルが迫ってくるも、小さな瓦礫をアラヤが浮かして発射して牽制する。


「しょーもねぇ因縁だなおい」

「全くだ」


 軽口を叩きながらも、二人は身体能力を極限まで強化し二騎の猛攻を避けていく。しかし、お互いがカバーし合う連係攻撃は二人を休ませる事はない。


「チッ! 鬱陶しいなこりゃ。しゃあねぇ、別れて一人一騎担当だ。アタシが後ろにいるタイタンを受け持つからお前は因縁の相手をなんとかしろ」

「了解!」

「一気にカタをつける」


 アラヤとソラリスは地面が抉れるほどの力を脚に籠めて地面を蹴り、迫りくる弾丸を避けながらそれぞれ敵対する騎体へと向かう。その道中で、先行するソラリスの周りの空気は熱気で揺らいでいた。 

 顔の横を通る弾丸には目もくれず、アラヤはソラリスを見て自分の力のイメージを開始する。

 アラヤの脳裏に思い起こされるのはストルク支部で戦った自分の姿。あの時の自分は、青色部隊を完膚なきまでに破壊していた。

 その時の事をアラヤは、一瞬目を閉じて強くイメージする。

 アラヤよりも先にタイタンの下へと辿り着いたソラリスは、地面を砕きながらタイタンの胸の部分までジャンプし、手のひらを胸に付けた。


『このッ!』

「はっ、おっせぇんだよ。――食らえ」


 言葉とともに、タイタンに向かって巨大な炎が放射された。タイタンは、突如現れた巨大な炎をギリギリの所で躱す。しかし、これによって二騎の連携が完全に分断された。


『なんだアレはッ!?』


 能力の存在を知らないカリエル達は、ソラリスの放った炎に驚愕する。熱気のせいか、得体の知れないものを見たせいか、搭乗部にいる二人の顔に汗が流れた。

 そんな二人の胸裏に生まれた隙を、アラヤ達が突く。ソラリスは自分の周りに四つの炎弾を作り、動きの鈍ったタイタンへと断続的に撃ちだした。当然、頭も心も混乱している操縦士にそれを避けることは出来ない。炎弾が騎体にぶつかると、騎体は大きくたたらを踏んだ。

 アラヤはクリュサオルへと接近し、大きく飛び上ってその頭を踏みつける。


「貴族様、今度は気絶させられるだけじゃ済みませんよ」

『ふざけるな!』


 カリエルは騎体を大きく揺さぶってアラヤを振り落とそうとした。しかしそれよりも早く、アラヤは宙返りしながら飛び上り、鉤爪状にした右手を横に払う。

 すると、謎の力――アラヤの念動力――がクリュサオルを襲い、タイタンとぶつかった。


『ぐああああああ!』


 アラヤの力で揉みくちゃになってバランスを崩す二騎のホプリテスに、アラヤは両手を下に振り降ろして能力を放った。二騎のホプリテスは、地面が陥没するほど押し付けられ完全に動けなくなる。


「うおおおお――!」

『な、なんだこれは!?』


 自分の騎体が全く動かなくなった事で焦り出すカリエル達。それに構わず、アラヤは右手を下に、左手だけを横に振ると、タイタンの持っていた大型の銃が空中に浮かび上がって捻じ曲がり爆発した。


『――ッ!?』

「じゃあなッ!!


 仰向けとなったタイタンに飛び乗ったソラリスが凄惨な笑みを浮かべ、胸部に手を向けて炎を放つ。搭乗部から操縦士が最後に見た光景は、強烈なまでの赤色だった。そして、炎を放ったソラリスはアラヤがいるところに着地し、それと同時にタイタンは爆散した。

 残り一騎となったカリエルは、異常な力を放つアラヤ達を悪魔のようにも感じた。


『この劣等種風情がぁぁ!』


 その恐怖を打ち払うかの様に声を出すも、アラヤの力によって動くことは出来ない。そして止めを刺すべく、アラヤはクリュサオルの大剣の主導権を奪い、クリュサオルの真上に切っ先を向けた


『ひぃッ!』


 ようやく自分が死ぬと想像できたカリエルは恐怖する。戦意も傲然とした態度も、今となってはすべて消え、頭に残ったのは搭乗部から抜け出そうとすることだけだった。

 しかし、それをソラリスは許さない。劣等種風情と蔑まれたことが、ソラリスの感情を爆発させていたのだ。そして、炎を搭乗部に打ち出し、溶かしてカリエルを出られないようにする。


『――ぁ』

「くたばれ、圧制者!」


 カリエルが死を悟った瞬間、アラヤが右腕を振り下ろす。大剣は重力にも引かれて勢いよく射出され、クリュサオルを貫き地面に磔にした。

 そして火葬の如く、ソラリスがクリュサオルに向かって炎を放つ。やがて外殻がドロドロに溶けるとクリュサオルは爆発した。


「おっかない奴だな。女子とは思えねぇ」

「うるせぇこっちの機嫌を損ねさせたアイツが悪い」


 爆風を身に受けながら、ソラリスは通信回線を開く。


「ハミール、こっちはすべて倒した。そっちの状況はどうなっている?」

『――お疲れ。こっちも全て終わった。ミューランが頑張ってくれたおかげで目立った被害はねぇよ。そっちは?』

「そうか。こっちも被害はない。任務終了だ」

『了解。なら、一旦こっちで索敵するから、それが終わり次第、オマエ達も帰投しやがれ』

「分かった。待っているぞ」


 そこで通信は切れる。そして、ソラリスはアラヤに向かって口を開いた。


「お疲れ。初任務終了だ」

「ふぅ……。これで完全に終わったのか?」

「ああ、大した被害もなく終わった。お前のおかげでな」

「俺だけの力じゃないだろ。皆の力だ」

「――……だな」


 ソラリスが苦笑しながらそう答える。そして、ハミールからの通信が届いた。


『ソラリス、アラヤ。もう完全に敵はいねぇ。帰ってこい』

「分かった。今すぐ帰る。――よし、行くぞアラヤ」


 ソラリスが通信を切って歩き出し、その後ろをアラヤが歩いて行く。

 そして、少し歩くとおもむろにアラヤは後ろに振り返って立ち止まった。


「どうした?」

「……いや、何でもない」


 ボロボロになった戦闘跡。アラヤはそれに妙な寂寥感を感じるも、レジサイド基地に向かって歩き出した。

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