2-3 Hopeness
歓迎の声が響き渡る。
その瞬間、歓声に被さる様にけたたましいアラート音が地下全体に轟いた。
「——!?」
驚くレジサイドメンバー。
しかし刹那に、雰囲気を鋭いモノへと変えコンソールなどへとかじりつく。
物々しく殺気立つ現場。ルーナはアラヤから手を離し、語気を強めながら全体の指揮を執り始めた。
「――状況を説明! 何が起こっている!?」
「どうやら、帝国軍の一部隊が廃墟部スラム街を襲っているようです! 場所は、四区域! 部隊色は、――赤色部隊です!!」
「何!?」
ルーナが驚愕の声をあげた。
廃墟部に住む住人は基本的に軍属の【傷持ち】が第一~第二区域。第三区域以上はただの【傷持ち】か、パルチザンが多い。とりわけ第四区域はその日を生きるのに精一杯な無力な【傷持ち】が多い。
そんな場所に、二騎以上のホプリテスがいる赤色部隊がいる事はそこで暮らす者にとって何よりも絶望だった。
「――モニター出します!」
室内にいる一人がそう言い、指令室にある一番大きなモニターに第四区域の様子が映し出された。モニターには、言っていた通り帝国軍の兵士達が痩せこけた【傷持ち】達に向かって銃を乱射している。その後ろには、大剣を背に携えた赤いクリュサオルの横で指揮官らしき軍服を着た金髪の外国人貴族の男が両手を広げながら歩いている。
貴族の男は指示を出しながら何か言っているようだが、銃声が酷くて何を言っているかは分からない。
「……何を言っているかが気になる。――音を拾える!?」
「やってみます!」
ルーナからの指示で、モニターからの音が段々と鮮明となり銃声以外にも兵士達の声が聞こえるようになった。そんな中、一人の兵士がみすぼらしい男を取り押さえ、頭に銃を突き付けている。それを見ながら、貴族の男が取り押さえられている男に声をかける。
『――貴方、ストルク支部壊滅の首謀者を知っていますか?』
「――ッ!!?」
アラヤが驚きの声を上げる。スピーカーから聞こえてきた声は、アラヤが聞いたことのある声だった。
アラヤは、ルーナに駆け寄り声をかける。それに気付いたルーナが、鋭い眼光をアラヤに向けた。
「ルーナ! あの貴族に焦点を当ててくれ!」
「……何か知っているのね? モニター班、当ててくれ!」
「はい!」
貴族の顔がズームされる。
そこに映っていた金髪の男は、三日前にアラヤが模擬戦を行ったカリエル=クリスティナだった。
「やっぱりか……!」
「アラヤ、この貴族を知っているの?」
「ああ、学校でひと悶着あったんだ。名前は、カリエル=クリスティナ。爵位は男爵だ」
「何故そんな人物がここに来ているんだ? 軍学校とはいえ、学生だろうに」
そんなソラリスの疑問を解消したのはルーナだった。
「いや、あり得るわ。軍学校で優秀な者なら試験的に戦場に送られることになっているはず。今回は、カリエルとやらにとっての実戦演習なんでしょう」
「テロの首謀者を探すついでに将来の司令官としての経験を積ませている訳か。……ふざけた実習だな」
モニターの向こうにはニヤニヤと口を歪めながら男の周りに銃弾を放っているカリエルがいた。
『や、やめてくれっ――!!』
『おやおや、本当に知らないようですね。では仕方ありません。殺してください』
兵士に、指示して男を撃ち殺す。血しぶきが舞い、肉体は粉々に砕け散った。
理不尽な暴力に対してアラヤ達のいる部屋に沈黙が訪れた。部屋にいる全ての人間がより一層顔を引き締めている。すると、別のスピーカーから甲高く鋭い声が発せられた
『――おいルーナ、なに呆けて見てやがる!! 早く行かないとこのままじゃ皆殺しだろうが!』
「分かっている、ハミール! ――今から作戦を伝える! サイオンは、部隊を連れて逃げている【傷持ち】を逃して! ハミールは赤色部隊の動向と、接触ポイントまでの誘導、他にホプリテスがいないかの索敵をお願い! ホプリテスが動いたら相手はミューランが抑えて! ソラリスとアラヤは遊撃として襲っている帝国軍を殲滅! ――以上だ! ただちに動いて!」
「アラヤはどうする……? 入ったばかりだけど……」
「勿論行くさ。仲間になったこともそうだがこれは俺が引き起こしたことでもある。その尻拭いを誰かにやらせるわけにはいかない。そのせいで誰かの命を危険にさらすようなこともな」
そして、ルーナはアラヤに近づいて耳の装飾型の通信機を渡して告げる。
「これを付けたらハミールからの通信が届くわ」
アラヤが通信機を付けると、スピーカーから聞こえていた荒々しくもどこか幼さがあるハミールの声が耳朶を打つ。
『――おい新人、聞こえるか?』
「ああ、感度良好だよ」
『よし。これからは随時オレから連絡を入れる。聞き漏らすなよ』
「了解」
「お願いするわね。皆を助けて」
「任せろ。――次はもうしくじらない……!」
「アラヤ! 行くぞ!」
ソラリスがアラヤに声をかける。そして、二人も部屋から出て行った。
ルーナに選ばれたレジサイドのメンバーは昇降機を使って外に出て、帝国軍の背後を取るべく走りだす。
そんな中、部隊を率いるサイオンと呼ばれたざっくばらんな髪型をした男がアラヤに走りながら話しかけてきた。
「――お前さん、確かアラヤとか言ったな?」
「ああ、そうだが」
「お前さんは、おれ達の事をまだ知らないからな。いきなり信用しろとは言わない。だから、今はこれだけは覚えておけ。――おれ達は、同じ痛みを持っている『仲間』だということを」
「了解! 信頼してるよ」
サイオンの言葉にアラヤは目を見開き、一拍おいて顔を引き締めて返事を返した。
その瞬間、耳に付けていた通信機からハミールの声が聞こえてきた。
『あと五十メートルで逃げてくる【傷持ち】と接触する! サイオンの部隊は【傷持ち】の救出! アラヤとソラリスは、逃げ切れるまで歩兵部隊を抑えろ!』
そこで通信は切れた。前方から、数人の【傷持ち】が慌てて逃げてくる。そこから、サイオンの部隊足を止めて【傷持ち】達を誘導していった。
「こっちだ!」
サイオンの声に従い、かれらは逃げていく。
その後ろをサイオン達がついて行き、護衛としての任に着く。
「アタシ達も行くぞ!」
「了解!」
サイオン達とすれ違うようにソラリスは加速し、その後ろをアラヤがついていく。その速さは明らかに人間の限界を超えていた。
流れゆく崩壊していく建物の景色。走りながらアラヤはソラリスに言われていたことを思い出していた――。
☆
「なぁソラリス。お前も俺と同じ能力を持ってるんだよな?」
「ああ、そうだよ」
「それだと少し不思議な事があるんだよ」
「何がだ?」
「俺を開発した科学者は、俺の眼を見てひどく驚いていたんだ。まるで、初めて見たかの様にな。だが、この組織に実験の成功者が存在している時点でそれはおかしいだろ? それに、俺と同じ能力を持っている存在がいるなら、俺の眼が変わる事を知らない筈がない」
「ああ、その事か。それは簡単だ。普通の実験の生存者じゃあ、眼の色までは変わらないんだ。変わるのは能力を覚醒した者だけだ」
「そうなのか?」
「ああ。ちなみに、同じ能力を持っていると言ってもそれは『能力』を使えるという事だけが同じであって、中身は違うんだ」
「というと?」
「お前のは多分、物を動かすみてぇなもんだろ。瓦礫とか色々動かしていたしな。だけどアタシの場合は――」
――汝に常世の贐を【
そう言って、ソラリスは手のひらを上に向けた。次の瞬間、ソラリスの黒い瞳は紅く染まり、手のひらから炎が音を立てて現れる。
ゆらゆらと、手のひらの炎は揺れて焼けるような熱さを感じさせた。
「――!?」
「多分能力は一人一人違う。アタシの能力は炎を出すことだ。出力は相当なモンだから、巻き込まれたら火傷じゃすまないぜ」
「さっきの言葉は?」
「開闢の儀っつってな。まぁ簡単に言えば能力を使う時の口上というか自己暗示だよ。スイッチの切り替えみたいな感じだな。お前も覚えがあるだろ?」
そう言われ思い出すのは、真っ白な空間で光と会話していた時のこと。空間が砕けたその時、確かに言っていた。
「そういやそんな記憶が……」
「能力を使う時はすぐにその言葉を意識しろ。意識するのとしないとでは、出力にも差が出るからな。能力はイメージを強くすればするほど力を増すからな」
ソラリスの説明は続く。
「アタシ達は世界に対抗する組織と言っても今はまだたかがレジスタンスだ。兵器には限りがある。無駄は省く必要があるんだよ。アタシ達が着ているこの服は防弾性になっているからそう簡単には死なねぇし、銃なんか無くても能力やホープネスの身体能力があれば十分圧勝できるさ。実際、オマエだって装備もないままでほぼ一人で青色部隊を潰しただろ」
脳裏に思い出されるのは、生身で兵士とホプリテスを圧倒したあの時。
溢れんばかりの力が全身に漲り、全能感すら出ていた。
「意識した瞬間、アタシ達の身体能力は実験前と比べて三倍以上の身体能力を得ることになる。身体駆動の誤差には注意しとけ――」
☆
――脳内で再生された会話が終了し、認識を現実に戻す。
サイオン達と別れた二人は、前方にいるバイザーを付けた五人歩兵部隊に途轍もない速さで向かっていた。
間合いに入り、敵が驚きの挙動を取ると共に二人は念じる。
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