2-2 レジサイド
怒りと哀しみがない混ぜになって現れる激昂。アラヤは殺意も篭る形相でルーナを睨んだ。ルーナが車椅子に乗っていなければ、胸倉を掴んで無理やり立たせようとしただろう。
感情が昂り、黒眼が蒼色に染まろうとしている。
けれどルーナがどこか悔恨の表情を滲ませた時、ハッとした様にアラヤの怒りが霧散する。
これは責任の押し付けだ、と。悪いのは実験を施した奴らで、のこのこ付いていき無残に仲間を死なせた己。そこの事実にルーナたちが間に合わなかったことを関与させてはならない。
自分の力の無さと後悔を改めて自覚し、だらりと力が抜けた。
「……悪い。あんた達は何も悪くない。悪いのは、無力だった俺だ……」
胸を抉るように、自身の胸を握りしめるアラヤ。
そんなアラヤの様子を見て、ソファに座っていたソラリスが溜息を吐きながらルーナに声をかける。
「ルーナ、ちゃんと説明してやれ。じゃないと、納得しないぞこいつは」
「そうね。……ごめんなさい、アラヤ。あなたの仲間を助けてあげられなかった」
ルーナが悲しそうにアラヤに謝る。
それでもその瞳に力を入れ、リーダーらしく毅然と振る舞い始めた。
「確かに私達は実験が行われるという情報を掴んでいた。軍所属の【傷持ち】が学生になるという行為そのものが、帝国側の最後の慈悲だったからね。でもまさか初日に行われるとは思ってなかったの。よく考えたら、帝国が無駄なことをするわけないのにね」
「うそ、だろ……」
ルーナから齎された真実に言葉を失うアラヤ。最初から、アラヤたちが自らの手で居場所を掴むことは不可能だったのだ。そしてこの情報を裏付ける証拠をアラヤは知っている。
ストルク支部へと行くあの時、軍人が放った言葉。
――最後に良い夢が見れたな。
それはそういうことだったのだ。
ルーナは言葉を続ける。
「そしてそのことに気付いた私達は即座に行動を開始。青色部隊がいる事が発覚すると、最もそれに対抗出来るソラリスをいち早く向かわせたの。青色部隊に見つからない様に進み、支部に到着したソラリスは、あなたが青色部隊と戦っているのを目撃。その状況をソラリスから伝えられた時、全てが遅かったという事に私達は気づいたの」
「実験は終わった後みてぇだったから、まさか生き残りがいるとは思ってもみなかったけどな。ましてや、交戦しているなんてな」
「……」
アラヤは何も答えない。いや、答えられない。様々な感情がごちゃ混ぜになり、頭の中を巡っていた。
するとルーナがアラヤを抱きしめる。その温もりにアラヤの感情は溶けて消えていくようだった。
「――彼らを助けられなくて本当にごめんなさい」
「……いいさ。むしろお前たちは、俺たちを救おうとしてくれたんだろ……? だったら謝る必要はない」
「そう言ってくれると助かるわ」
緊張していた空気が四散し、穏やかな雰囲気に戻る。
それが分かると、アラヤはルーナから離れて尋ねた。
「……それで? 俺はこれからどうしたらいい? レジスタンスとしての仲間になればいいのか? 何やら管理システムも機能していないみたいだし」
「管理システムが機能していないのはあなたがあの実験で一度死んだからよ」
いたって何でもない風に告げられたその言葉。普通であれば頭が混乱するであろうが、アラヤはそれをすんなりと受け入れられていた。
認識する様に手のひらを見つめる。
「……やっぱり死んだのか俺は。それで何らかの力が働いて蘇った……」
「そう、そして私達はそうなったアラヤが欲し。私達にはアラヤの力が必要なの」
「俺の力?」
「ええ。より正確言えば、アラヤに宿った【能力】が必要と言うべきかな?」
「能力……?」
そこで、部屋にある大きなモニターに支部での映像が浮かび上がった。
アラヤが銃弾を止め、兵士を捻り殺し、ホプリテスを完膚なきまでに破壊した光景。それを見て、アラヤは口を開いた。
「そういえば何なんだ……? あれは……?」
「実験を行った科学者が言っていなかった? 人類の進化、と」
「ああ、言っていたな」
「人類が進化したかの様な、人智を超越した力。――私達は実験成功者を、【
「ホープネス……」
「――アストラダイトの高エネルギーによって脳の使われていない部分を覚醒させる。覚醒に耐えられない者は肉体と脳が完全に焼かれて死に至る。あなたも、その姿を見た筈よ」
「――ッ」
アラヤの脳裏に、キューラ達の力ない姿が映し出される。その時、胸中は虚しさで一杯だった。
「その実験の成功者が得られた能力は計り知れないの。超大幅な身体能力の向上に思考加速、空間認識・把握力など様々。――そして、極稀にアラヤの様な特殊な能力を持った者が生まれるの」
「その同じく極稀な存在ってのが、アタシだ」
アラヤがソラリスを見ると、彼女は座ってアラヤに片手をひらひらと振っていた。
アラヤは、身近に同じ境遇の者がいた事に驚く。
「お前も……? じゃあ、お前もあの実験を……?」
「ああ、そうさ。ていうか、この部屋にいる奴らはアタシ達の様な特殊能力は使えないものの、ここにいる全員、あの実験の被験者なんだよ。首元の管理刻印が変化しているのがその証拠だ」
「何!?」
アラヤが周りを見渡す。
ここの部屋にいる人の数は十五人程。その誰もが首元を隠そうとせず、そしてある筈の縦線がタトゥーの如き文様へと変わっている。アラヤとソラリスの首にある文様と既視感があることから、被験者という事は本当らしい。
あのおぞましい実験の生き残りがこんなにいた事にアラヤは驚いた。
「よくここにこんなにも集まったな……。あの実験の様子じゃ、生存者ならどっかで隔離されるだろうに……」
「アラヤが考えている通りよ。確かに、私を含めここにいる者達は最前線から様々な場所で隔離され、実験を受けていたの」
「なら何で――」
「――この組織の創設者が最初の被験者なの。彼――レイスは、特殊能力は持っていなかったものの、常人以上の思考力と身体能力で帝国軍を振り払って逃亡。その後、彼は似たような実験施設、隔離施設を襲撃して私達を強奪していったの。そうして、居場所を作る為にこの組織が確立された。ここにいる者は、彼に救われ、同じ痛みを背負っている者の集まりなのよ。――だからこそ、誰もが戦争のない世界を望んでいる」
争いのない世界。ルーナのその言葉は、ずっとアラヤが望んでやまないモノと同じだった。
「だけど、この世界から戦争をなくすには世界が滅びるか、ヴィンザール帝国が滅びるかのどちらかだけ。だったら私達はこの国を滅ぼして戦争のない世界を作る。その為に、あなたの力を貸して欲しい」
「……」
差し出されたその温かな手。ルーナを含め、この場にいる者全員がアラヤの動向を見守っていた。そこに示威はなく、あるのは未来を見るその志と仲間を想う気持ち。
仲間を無惨に死なせてしまったアラヤの中に残っているのは空虚さ。それだけなら未来を見る仲間の中に入ることは出来なかっただろう。願いはキューラ達の死とともに既に零れ落ちていた。
けれど差し出された意志あるその手を見て、そうではなかったことを思い出した。
――行ってこい!! 絶対に夢叶えろよ!
――私たちの分まで生きてね!
「(そうだ、そうだよな……)」
キューラ達と最期の別れを告げた時、アラヤは“先を”託されたではないか。
仲間が殺されて半ば失われたかと思っていたその願いは、まだ届くところにある。
——せめて二度と、同じ犠牲者を生み出したりはしない。これは俺の弔い合戦でもある。キューラ達との誓いのため、人の未来を掴むと改めてアイツらの命に誓おう。
無気力になっていた体全体に漲る様に力が行き渡り、絶望に染まっていた瞳に希望が宿る。
故に、小さくも大きく感じるルーナの手を力強く握るのだった。
それにルーナたちは優しく微笑んだ。
「ようこそ、レジサイドへ。そしてありがとう、一緒に戦ってくれて」
「こちらこそ。お前たちのおかげで、あいつ等との約束を忘れないでいられる。――これからよろしく頼む」
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