二章 【宿る希望はその手に】
2-1 責任の所在
「――……ここは」
アラヤの意識が浮上する。
その黒い双眸にまず入ったのは、蛍光灯のついた真っ白な天井だった。横に眼を向けてみれば心電図があり、腕には点滴の針が刺さっている。服を見れば白い病衣に変わっていた。どうやら、ここはどこかの医務室のようだった。
「……何があったんだ」
体を起こし白と黒が入り混ざった髪色の頭を押さえて、海馬の奥から記憶を思い出そうとする。すると、ベッドの横でアラヤを覗き込んでいる少女と目が合った。
歳はアラヤと変わらない位に見えるその少女は、所々に紅と白のラインの入った黒い服を着ており、癖のある真紅の髪が肩付近でうねっていた。鋭く黒い大きな瞳はじっとアラヤを見ていた。そして、しばらくするとその少女は目を離し、備え付けられていた通信機を手に取った。
後ろを向いた瞬間に、髪の奥から太陽をモチーフにしたような文様が見える。
「――おいルーナ、例のあいつが起きたぞ。何処にも異常は無さそうだ」
少女は男口調で通信機の相手と短い報告をし、じゃあすぐそっちに行く、という言葉を最後に通話を切った。
そして少女は、赤髪を靡かせてアラヤの方に振り返って口を開いた。
「とりあえず、服を着替えろ。いつまでもその格好は嫌だろ。そっちのロッカーに服が入ってるからそれ使え」
「あ、ああ。――っとと」
少女の言葉にアラヤは頷き、ベッドから降りると視界がくらりと歪んで倒れそうになった。
「おいおい、大丈夫か? まあ、無理もないか。お前、三日間ずっと眠り続けていたんだからな」
「三日!? そんなに眠ってたのか俺は……」
アラヤはふらつく体を押さえて、呆然と呟く。
「とりあえず簡単に教えてやるよ。ここは、廃墟部第一区域の地下だ。――お前に何が起きてたかは覚えているか?」
「ああ……、何となくは」
アラヤは斑模様の髪を触り、先程中断した記憶の再考を行う。すると、脳裏にストルク支部で起こったことが思い出され、ぐつぐつと煮えたぎる憎悪がアラヤの中に沸いてきた。
ぐしゃりと髪の毛を握り締め、瞳が自然と鋭くなる。
「そんなに殺気立つなって。――お前は、クリュサオルをぶっ壊した後、意識を失って地面に崩れ落ちたんだ。そこをアタシが回収したって訳」
「何で俺を……?」
「ほっておくには寝覚めが悪いってのもあるが、その辺の事はこれから行く所でじっくり説明してやるよ。いいから、お前はそれ脱いで着替えろ。アタシは外にいるから、着替え終わったら出て来い」
少女はそう言って、部屋から出て行った。アラヤはその姿を見て、力なく小さくため息を吐くとロッカーに近づき手を伸ばす。
ロッカーを開けると、中には少女が着ていたような色をした服が袋に入っていた。アラヤは袋を開け、服を取り出して袖を通すと、ベッドの側の机の上にあったゴムを取って髪を結んだ。
「……動きやすいなコレ」
無気力気味に一言そう呟き、部屋の外へと出て行く。外に出ると、正面に先程の少女が壁に凭れ掛かり目を瞑って腕を組んで立っていた。少女はアラヤに気づくと目を開け、体を壁から離した。
「よし、着替え終わったな。なかなか似合ってるじゃないか。じゃあ行くぞ、ついて来い」
薄暗く広めの廊下を少女は歩き出した。アラヤもそれに続いて歩いていく。所々に廊下にいる人達がアラヤを見ていた。しばらくそのまま特に会話もなく、枢アラヤが視線を感じつつ歩いていると突然少女が立ち止まってアラヤへと振り向いた。
「どうかしたか?」
「そういやアタシの名前を言ってなかったと思ってな。この際だ、教えといてやるよ。――アタシの名前はソラリスだ。よろしく」
「ソラリス、さん……」
「呼び捨てでいいさ。後、ここの奴らは基本タメ口で構わないぜ」
「……ああ、わかった」
「よし、じゃあ進むか。アラヤ」
そう言って、ソラリスは再び歩き出した。アラヤも歩き出すと、ある疑問が頭に浮かび上がった。
「なあ、何で俺の名前知ってるんだ?」
「ああ、その事か。んーまあ、アタシたち特有の情報網からだな」
「情報網……?」
「まあ、それもまとめてこれから行く所で全部説明するさ。質問とかはそこでしてくれ。――ほら、ここだ。着いたぞ」
そう言って、ソラリスは目の前にある大きな扉を指し示す。それは鋼鉄の自動扉で、かなり重厚にできていた。そして、近づくと扉は音を立てて開き、その中にソラリスは入っていく。枢もそれに続いた。二人が部屋に入ると、部屋にいた多くの人の視線がアラヤに突き刺さった。廊下にいた人もここにいる人も、二人と同じ服を着ている。
中はとても広くモニターが多く存在し、そこには地上の様子やレーダーなどが映っている。その前に十名程の人が座っていた。どうやら、この部屋は指令室の様だった。
そして、扉の横にある階段の上に一人の二十代くらいの女性が、車輪が二つ付いた椅子に座ってその様子を眺めている。ソラリスとアラヤは階段を昇り、ソラリスはその女性に声をかけた。
「おいルーナ、連れて来たぜ」
「ご苦労様、ソラリス。ありがとうね」
ルーナと呼ばれた女性は椅子ごと振り向いて穏やかな微笑みを浮かべてソラリスに返事を返す。
ルーナの髪は腰まで届く長さの茶色がかる髪。栗色の瞳の片方は眼帯で覆われ、そのほか傷は多いものの端整な顔立ちをしている。そして、スカートの下から覗くのは銀色を放つ両足の義足だった。
「……あんたがここの責任者?」
「ええ。私の名前はルーナ。一応、この組織のリーダーをしているわ」
見る限りこの場で誰よりも傷を負っているルーナ。それなのに誰よりも温かい笑顔を浮かべている。その笑みに、アラヤはささくれ立っていた心が解れていくのを感じた。
「組織ね……」
「どうやら、聞きたいことが幾つかあると思うんだけど、どうかしら? 何でも答えてあげるよ」
「じゃあまず一つ。ここは一体何だ?」
「そうね……。まだ仲間ではないアラヤには詳しくは言えない。ただ、簡単に言うとレジスタンスね。ここにいるほとんどが【傷持ち】やパルチザンで組織され、皆がこの国に対して反乱を起こそうとしているの」
アラヤが周りを見渡すと、首を隠すようにマフラーを巻いている者や髪で隠すようにしている人達がいた。顔に刻まれている男もいる。
それらを見て、アラヤはルーナに向き直った。
「では、もう一つ。俺を回収した理由は何だ? ソラリスが、寝覚めが悪いって言っていたけど、嘘だろ? じゃなきゃ都合よくあんな辺鄙な場所に来る筈がない」
「寝覚めが悪いというのは本当の事よ。アラヤを見つけたのは偶然だったからね。私達の目的は別にあったのよ」
「目的?」
「ええ。あなたがいたあのストルク支部を壊滅するという、ね」
「――ッ!」
先程の温かみのある笑み消し、一瞬で眦を鋭くさせるルーナ。それに緊張度が増したのをアラヤは感じた。
「あの日、私達は【人類の進化実験】が行われるのを知っていたのよ。それを止める為に、私達は動き、その任務遂行中にアラヤという存在を助けたの」
「な――!」
アラヤの顔が驚愕に染まる。そして、胸の中にいまだくすぶっていた火種が爆発してしまった。
「だったら! 何でもっと早く来なかった!! あんな場所で、何をするか分からなかった俺たちの下に唯一来れたレジスタンスなんだろ!? お前たちがもっと早く来ていたら助けられたかもしれないのに……!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます