1-7 覚醒

 血飛沫が舞い、阿鼻叫喚の嵐が響き渡る。

 部屋から出たアラヤは、研究所にいる全ての研究員と研究所お抱えの軍人達を跳ねあがった身体能力を使って素手で次々と殺していっていた。


「何なのだ貴様はぁ!!!」


 三人の兵士達が、アラヤに向かって夥しい量の弾丸を放つ。

 アラヤはそれを、上空に跳び上がる事で全て回避した。上空で身体を回転させ、軍人達の目の前に着地する。

 着地したと同時に、アラヤは指を揃えて手刀の形にする。すると、アラヤの手の周りに『謎の力』で固められた空気が纏わりついた。空気は手刀の形に適応し、本物の刃の様になった手刀は、目の前にいる軍人の胸を簡単に貫く。

 胴体から腕を抜き取ると、アラヤは、そのまま隣にいた軍人に飛びかかった。その勢いのまま、軍人の顔を掴んで壁に叩き付ける。 

 壁が陥没する程の威力で激突し、軍人の顔はぐしゃぐしゃに飛び散った。


「ひっ!!!!」


 残った軍人が銃を捨てて逃げる。

 その後ろをアラヤは見つめ、手のひらを軍人に向けた。


「――な、なにが……!」


 突如、軍人の体は停止する。自力で動く事の出来ない状況に、軍人の心は恐怖で満たされていた。

 恐怖も束の間。何かに引っ張られる様に真横に動き出し、勢いよく背骨から壁に激突する。

 横たわる軍人に追い打ちをかけるように、アラヤは手を動かす。それに合わせて、兵士の体も縦横無尽に壁に叩き付けられた。 

 軍人は最後に天井にぶつけられ、顔から地面に落下した。

 完全に動かなくなった軍人を見て、アラヤは足を進める。


「――――。――おう、えん。ねが――」


 骨という骨が折られ、顔も滅茶苦茶になった軍人が、なけなしの力を振り絞って通信を開く。最後まで言い終わらない内に、アラヤは力を使って瓦礫を浮かして無線機を取った軍人に撃ち出した。軍人の顔はそれによって弾け飛び、地面には顔の無い死体が力なく横たわる。

 アラヤはさらに廊下を進んでいく。

 実験所の外に出ると、三十メートル程離れた所に十数人の兵士達が枢に向けて銃口を向けていた。その後ろには、青く輝く勲章を胸に付けている貴族らしき男が立っている。

 その男の隣には、五メートル程のホプリテスが一騎聳え立っていた。

 第二世代ホプリテス――【クリュサオル】

 第一世代タイタンのずんぐりむっくりとした形とは違い、角ばったフォルムに分厚い装甲。胸に搭乗部があり、そこに入って操縦する。四肢は変わらず太いものの、腕の先には〝手〟があり、三連六十口径のライフルが装備されている。

 ここにいる騎体は、現在のヴィンザール帝国軍で最も量産されているホプリテスだった。第一世代と比べて人の感応を柔軟に受けやすく、人の動きを完全踏襲出来るようになっており駆けることも可能だった。

 オープンチャンネルで搭乗者の声が届く。


『さて、貴様が今回の不届き者ということか。実験が何かは知らぬが、このような男に我が国が誇る帝国軍がやられるとはな……。落ちたものだ。――だがしかし! この私、シュライン・ゲハートが来たからには貴様の命もここまでだ! 貴様如き、数々の敵を打ち崩してきた我が青色せいしょく部隊の錆びにすらならぬわ!』

「……」


 帝国軍は色で部隊が分けられている。

 ――歩兵と独立兵器――《オートマタ》で構成された部隊を、白色はくしょく部隊。

 ――歩兵と一騎のホプリテスのみで構成された部隊を、青色部隊。

 ――歩兵とオートマタ、一騎以上のホプリテスで構成された部隊を、赤色せきしょく部隊。

 ――ホプリテスのみで構成された帝国最強と呼び声高い部隊を、黒色こくしょく部隊。

 司令官は子爵以上の貴族が務め、それぞれ自分の部隊の色の勲章を身体のどこかに身につけている。また、司令官はどの隊でもホプリテスに騎乗している。


『大人しく投降するというのなら、楽に逝かせてやるがどうだ?』

「……」


 アラヤは何も答えず俯いたままだった。

 その姿を見たシュラインは周りにいる歩兵部隊を、枢を囲う様に動かす。半円状に配置されたことを確認し、シュラインは右腕を掲げた。


「では、そのまま死んでいただくとしよう。くだらん人生だったな、劣等種よ」


 撃て、とシュラインが言って腕を振り下ろす。アラヤを囲う様に配置された部隊は、アラヤに向けて一斉射撃を行う。

 最初の銃弾が地面に着弾し、押し固められた地面が爆ぜ、無数の銃弾がアラヤに向かって撃ち出された。

 十数秒間の一斉射撃が行われ、アラヤの姿は土煙で隠れる。


『――撃ち方止め!!』


 完全に見えなくなった頃にシュラインがそう言って一斉射撃を止める。

 そして、アラヤの死体を確認させる為に兵士の一人をアラヤの下へと向かわせた。兵士が五メートル付近まで近づいた時、土煙が一気に晴れた。


「――!!?」


 アラヤに近づいていた兵士が、何かに気付いて驚いた。その二十メートル後ろでも、軽いどよめきが起こっている。 


「……」


 アラヤは先程と変わらぬ姿で、そこから一歩も動いていなかった。

 その代わり、枢の周りだけが、数えきれない程の弾痕が刻まれ、抉れていた。


「――シュライン様!」


 近づいていた兵士が、シュラインに声をかける。


『下がれ!!』


 シュラインの声と同時に、アラヤが動き出した。


 兵士の右腕を左手で掴んで引き寄せ、右手で顔面を掴む。そのまま一瞬、右腕に力を入れると兵士の身体が布を絞るようにあらぬ方向に捻じ曲がった。

 身体中が捻じ曲げられた兵士を、アラヤは右腕を振り払って捨てる。兵士は、壊れた人形の様に地面に横たわった。

 その光景に、シュラインの兵達の恐怖が全体に伝播する。


『何だ貴様は……?』


 そう言ってシュラインは再び腕を上げ、部下に射撃体勢をとらせる。兵士達は、先程と同じ様にシュラインに向かって銃を構えた。

 シュラインが腕を振り下ろす。兵士達は、狙いをしっかりと定めてアラヤへと再び銃弾を放った。誰もが、アラヤの体を貫くと確信していた。

 しかし、確信していたその顔は驚愕に染まることとなった。


「な、何だあれはっ――!?」


 兵士の一人がそう言った。

 銃弾は、アラヤの目の前で全て止まっていた。そんな常識では考えられない光景に、シュライン達は動きを止める。

 ――反射フィールド? と誰かが呟くが、反射フィールドには運動エネルギーを止める力は備わっていない。埒外の力が働いていると、頭の奥で皆が本能的に思っていた。


「……『何』、か」


 アラヤが小さく呟く。

 兵士達は、アラヤの一挙一動に目を向けていた。


「――お前達を殺す者だよ」


 顔を上げ、蒼く輝く瞳をシュライン達に向ける。

 その異質な色と鋭い眼に、兵士達は一瞬たじろいだ。

 アラヤが右腕を体の前へと持ってくる。すると、目の前で止まっていた銃弾が反転し、弾頭が兵士達の方に向いた。そして枢が右腕を横に振ると、止まっていた銃弾は撃ち出され兵士達を貫いた。

 その攻撃により、ほとんどの兵士が血を吹き出して地面に崩れ落ちる。

 シュラインは、自分の部下が次々と崩れ落ちるのを目の当たりにした。


『き、貴様……!』


 シュラインの顔が怒りで染まる。

 それに構わず、アラヤは青く輝く眼で周りを見渡し地面に落ちている銃を目に収めると、右腕を空へと向けた。それに併せて、兵士達が持っていた銃が空へと舞う。


「な、なに……」


 シュラインと残った兵士達の目線が空へと向く。

 空に舞う複数の銃は、アラヤの目の前に浮かんで止まる。そしてアラヤが手首を捻り、開いている右手を閉じると、銃は全てグシャグシャに捻じ曲がった。

 誰もがその光景に眼を疑った。

 アラヤはそのまま腕を振り下ろすと、銃は勢いよく地面に叩きつけられた。地面が抉られ、それを見た兵士達は、化物を見るような眼でアラヤを見る。ここに来てようやく状況を理解できたのだ。

 ――自分達はあの男に凄惨に殺されるのだと


「ひっ――!」


 アラヤが右端にいた兵士に眼を向けると、兵士は仰け反って小さく悲鳴を漏らした。

 怖じ気づいた兵士の姿を見て、アラヤは腰を落とし勢いよく地面を蹴って踏み込むと、一瞬で目の前へと近づいた。


「なっ――!?」


 一瞬で接近された兵士は、目の前のアラヤに対して驚く事しか出来なかった。

 アラヤは、そんな兵士に向かって手を伸ばし、先程と同じ様に顔を掴む。アラヤが手に力を加えると、兵士の全身から鈍い音が連続で響き渡り、体中が捻じ曲がって血を噴出しながら息絶えた。

 ボロボロになった自分の仲間を見て、兵士達の心は恐怖で包まれていた。


「よくも、仲間を――!!」 


 アラヤが死体となった兵士の顔を離すと、残り二人の内の一人がアラヤの後ろからナイフを持って接近して来た。

 兵士はナイフを順手で持ち、振りかぶってアラヤを斬ろうとする。それに気づいたアラヤは、振り返って迫り来るナイフを持っている兵士の右腕を掴む。掴まれた兵士は、速く抜け出そうとするもアラヤが『力』を発動し、兵士を先程と同じ様に捻じ曲げた。


「“よくも仲間”を――は俺の台詞だよ」

「があああああぁぁぁぁ――」


 ドロドロとした憎悪の声が絶叫に隠れる。ずっと一緒にいたのだ。ずっと一緒に生きてきたのだ。これから先の未来を夢見て、それを叶えようとしてきたのだ。

 それももう叶わない。残ったのはアラヤただ一人だけ。

 せめてもの弔いとして、アラヤは兵士たちの命を死んだ【傷持ち】へ副葬品とする。

 次々と捻じ曲げられる兵士は痛みと苦しみをその身に刻まれながら絶命していく。

 アラヤは残りの兵士に蒼く輝く眼を向けると、兵士達は後ろを向いて逃げ出していた。その姿を見たアラヤは、腰を落として踏み込んで兵士に向かって跳び、そのままの勢いで回し蹴りをして兵士を吹き飛ばす。


「うがっ――!」

「逃げるなよ。俺たちは逃げられなかったんだから、少しでもそれを味わうべきじゃないのか?」


 吹き飛ばされた兵士は、慌てて倒れた体勢からアラヤを見る。アラヤは黙って兵士に向かっていた。アラヤは、右手をストルク支部に開いて向ける。するとストルク支部の壁に罅が入り、剥がれた人間の顔程の大きさをした瓦礫がいくつも浮かび上がった。


「や、止めろッ! く、来るなぁッ!」


 倒れた兵士はそのままの状態で後ずさる。それに構わず、アラヤは右腕を前に持っていくとそれに連れて瓦礫も腕の前へと来る。そして、アラヤは瓦礫を撃ちだした。


「――――!!」


 唸りを上げながら発射された瓦礫は兵士の顔面に直撃し、頭を吹き飛ばした。胴体だけとなった兵士はそのまま地面へと崩れ落ちる。それを最後に、アラヤが周りを見渡すと、ここでようやくシュラインが動き出した・


『――小僧。よくも私の部隊を滅茶苦茶にしてくれたな……!』


 オープンチャンネルでタイタンからシュラインの憤怒の声が聞こえてくる。

 クリュサオルを動かし、素早い動きでアラヤへと向かっていく。クリュサオルは銃を構えて撃とうとすると、アラヤは手をかざしてクリュサオルそのものの動きを止めた。

 クリュサオルは必死で動こうとし、その度にアラヤの顔は歪んで苦しそうになり、右腕を左手で支えている。


『ぅおおおおお!!』


 シュラインが声を上げて操縦桿を握りながらクリュサオルを駆動させると、アラヤの力による拘束が解かれた。その衝撃で、アラヤの右腕は上に弾かれ勢いよく後ろから転げていく。


「はあっ……、はあっ……」


 転げたアラヤはフラフラの状態で立ち上がり、肩で呼吸をしていた。明らかに体調に異常をきたしている。

 アラヤは、自分の身体がとても重く感じていた。


『そらそらッ! 先程までの涼しい顔はどうしたんだッ! 抗ってみろよゴミがッ――!』


 アラヤとは違って息を吹き返したクリュサオルが弾丸を吐き出す。アラヤが今までと同様その動きを止めようとするも、弾丸を止めることは出来ず、逸らすだけに終わった。

 しかし、それも完全ではなく幾つか身体に掠り、肉体が抉れていく。


「――――!」 


 弾丸の威力にふらつきそうになるも、必死に耐えて、重たい足を動かして移動する。その速度は明らかに遅かった。

 それでもクリュサオルはお構いなしにアラヤへとやって来る。


『手間をかけさせるゴミだな。銃では貴様を殺すことはどうやら難しいようだが、これは避けられるかな?』


 そう言って、クリュサオルは銃をアラヤの頭上に向け放った。弾丸は、ストルク支部に直撃し、完全に破壊。大きな瓦礫がアラヤの頭へと落ちていく。アラヤの今の緩慢な動きでは避けることは不可能だった。

 それでもアラヤは落ちてくる瓦礫を苦しい顔をしながら、なけなしの力を使って空中で停止させる。


『これで、――チェックメイトだ』


 アラヤが瓦礫を止めていると、クリュサオルは照準を合わせており、もう発射寸前だった。このままでは、アラヤには死ぬ運命しか待っていなかった。

 ――その時、その運命は捻じ曲げられた。

 発射されようとしたその瞬間、突如クリュサオルの銃が炎に包まれた。


『な、何――!?』


 急に燃え尽きた銃を見て、シュラインは驚きの声を上げる。その隙に、アラヤは最後の力を振り絞って右手を止めていた瓦礫に当て、これまで以上の速度を持たせて一気に放った。


『この、ゴミクズがぁぁ――!!』


 クリュサオルのモニターには迫りくる瓦礫が映っている。もう避けることは出来ないと悟ると、シュラインは叫んだが叫ぶ。その数瞬後に瓦礫がクリュサオルを押しつぶし、大きな音と衝撃を響かせて爆発した。

 周囲が爆発の炎に包まれ、崩壊したストルク支部の広場で一人立つアラヤ。


「……じゃあな」


 掠れるほどのその呟き。思わず溢れたそれは、仲間か敵かどちらに向けての言葉かも自分でよく分かってない。

 瞳を元の黒よりも黒く、そして昏く染めながら歩き出す。

 けれど、力は既に使い果たしていた。ふらふらと当てもなくその場から去ろうとしたところでアラヤは地面に倒れ、意識は闇へと包まれるのだった。

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