1-4 視線の変化

 数秒後、観客席や地面などが元の白い空間へと戻り装備も消えていった。

 それを見てアラヤは、一息ついた。カリエルは白目をむいて、ピクリとも動かない。そしてそのまま、カリエルを放置しながら、アラヤは仮想空間の部屋を出る。

 待機室に入ると、満面の笑みを浮かべたクォルルと呆れた顔をしながらもどこか嬉しそうにしているキューラがアラヤに駆け寄った。


「やったな! アラヤッ!」

「ああ」


 クォルルが右手を上げたので、アラヤも右手を上げハイタッチをする。

 乾いた音が静かな部屋に響き渡った。


「まったく……、勝てたから良かったけどさ。貴族のコネを作ろうって言ってたアラヤが真っ先にそれを潰すなんて……」

「まぁ思う所があったんだよ。それに、もしかしたらこれで【傷持ち】の評価が上がったかもしれないだろ? それで貴族側が好意的な様子を示したなら、この戦いは有益なモノになる。目的は変わりない」

「屁理屈っぽいね……。でも、お疲れ様」


 キューラが呆れた声を出しながらも、クォルルと同じ様に手を上げ、アラヤとハイタッチをする。再び乾いた音が鳴った。


「しっかしまあ、お前と立派になったもんで! 今度俺とも模擬戦しようぜ! 身体疼いてきちまったよ!」

「あ、それなら私も私も! しばらくやってないし!」

「別にいいけど、お前らちゃんと癖直してんだろうな? クォルルは調子になったらすぐに大振り、キューラはチャンスで一瞬様子を見ちゃうあれ。注視しなけりゃ分かんないことだけど、放置してたらいずれ危ない間に合うぞ」

「「う……!」」


 アラヤの苦言という名のアドバイスに心当たりがあるのか二人は揃って口をつぐむ。

 いつ死ぬか、何が起こって死ぬかが分からないのが戦場。小さなことだろうと弱点は無いに越したことはない。


「ま、まぁそれは絶対に直すとしてだな。今は置いておこうぜ」

「そ、そうよ。アラヤだって私たちの動きがいきなり変化したら困るでしょ? いずれ——って話ならそのパターンを連携に組み込んでる方が役に立つって」

「む。確かにそれも一理あるな……」


 二人の説得と確実性の高い話をされて納得するアラヤ。ただ、それは一瞬。

 そのことを飲み込んで、ため息を一つ吐き笑いながら告げた。


「ま、休戦中の今ならとやかく言わなくていいか。でも、直すには直せよ? その方が良いには決まってんだから」

「「はぁい……」


 癖の動きの修正ほど厄介なことはない。その面倒さに二人は項垂れ、その様子を見てアラヤは苦笑いだ。

 そうして三人が部屋を出ると、その前にいた生徒たちの向こうから慌しい足音が聞こえてきた。


「――早くッ! こちらです!」


 模擬戦の担当をしていた教師が声を上げ、医療担当者を連れてやって来た。その後ろからは、カリエルの取り巻きたちが担架を持ってやって来ていた。

 教師たちがアラヤ達を尻目に部屋へと入って行く。そのアラヤを見つめる目は、怒りに染まっていた。

 そして、カリエルを担架に乗せ部屋から出て行った。乗せられたカリエルは泡を吹きながら時々痙攣を起こしている。


「いい気味だ」


 出て行った教師達を見て、クォルルがニヤけながら言う。その言葉に対して、キューラは何も言わなかったがクォルルと似たようなことを思っていた。


「――あ、あの」


 突然、後ろから聞こえてきた高い声に、アラヤは後ろに振り返った。そこには、カリエルに襲われていた女子生徒がおり、マフラーで口元を押さえながらアラヤの制服の裾を掴んでいた。


「……ん? ああ、君か。大丈夫だったか?」

「は、はい。アラヤ、さんのお陰で助かりました」

「それなら良かった」


 アラヤが女子生徒に向かって微笑んだ。その笑みにつられ、女子生徒も小さく微笑む。しかし、すぐに下を向いてずっと疑問に思っていたことをアラヤに聞く。


「……あの、私なんかをどうして助けてくれたりしたんですか?」

「助けない方が良かったのか?」

「い、いえ! そうではないんですが……。普通、ああいう場合なら何もしない人の方が多いので……」

「……そういうことか。――そうだな……、自己満足かな」

「……自己満足?」


 アラヤのどこか悲しさを滲ませた言葉に、疑問符を浮かべる女子生徒。困惑した様子の女子生徒の頭に、手のひらを乗せてアラヤは言った。


「ま、気にしないでいいさ。これからは気を付けろよ」

「は、はい!! ありがとうございました!! 私、ハルカって言います! これからよろしくお願いします!」


 そう言って、女子生徒――ハルカは綺麗なお辞儀をして去って行った。ハルカの後ろ姿が見えなくなると、ニヤニヤとしたキューラがアラヤの横腹を突いてくる。


「よっこのモテ男! これから大変だよー」

「誰がモテ男だ。あれだけのことでモテたら、女ッ気ゼロのクォルルが可哀想だろ」

「おい! 斜め方向から俺を哀れんでんじゃねえよ!」

「てか、女ッ気ゼロってどう言うことよアラヤ! 私も女なんですけどー!」


 一度で二人を攻撃したアラヤに対して声を荒げるキューラとクォルル。憤慨する二人は、バシバシとアラヤを叩いていた。

 ひとしきり文句を言ったところで、気分を変えるかの様にクォルルが言う。


「なぁそんなことは置いといて、折角学校終わったんだからどっか行かねぇ!? 学生ってもんを堪能しようぜ!」

「え?」

「は?」


 二人揃って呆れた顔をクォルルに向ける。


「ど、どうしたそんな顔して」

「どうしたって……」

「クォルル、俺たちは学校終わりに任務が入ってるだろ。どこにも寄る時間なんてないぞ」

「あ……、そうだった……」


 クォルルが思いっきり肩を落とす。どうやら本当に忘れていた様だった。


「ま、任務からの帰りだったらいいんじゃないか? 何かしらの任務を貰ったとしても日を跨ぐほどじゃないだろ」

「そうだよな!! じゃあ、やっぱどっか遊びに行こうぜ!」

「そういう事なら、私も良いよ」

「決まりだぜ!」


 クォルルが楽しそうにテンションを上げる。スカッとすることはあったものの、全体を通してみたら初日は楽しめなかった学校生活。どうにかして楽しみを取り戻そうとしているのだ。

 そうして三人が話していると教室に辿り着いた。

 扉を開けて中に入ると、無人だった教室はクラスメイトが入り込み、生徒達の視線がアラヤに集中した。その視線には、好奇心と敵愾心と尊敬の様な物が含まれていた。


「大人気だなアラヤ」

「有名人は辛いよ」


 冗談を交わしながらアラヤ達はそれぞれの席に座る。

 やがて、教師がやって来て終了のホームルームを始めた。

 チラチラとアラヤの方を見ながら行われたホームルームは、どこか異質な雰囲気を醸し出しながら終了する。

 それと同時にクォルル達がアラヤの席にやって来た。


「アラヤ、行こ」

「ああ」

 アラヤが、横に掛けていた鞄を持って立ち上がる。

 教室を出て行くまで、アラヤへの視線は止まらなかった。

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