1-5 人類の進化実験計画

 学校から開拓部の支部までは電動自動車両モノレールで行かなければならない。そうして歓談を交えながら学校付近の駅まで歩いていると、不思議そうに顔をぽかんとさせているクォルルが二人に対して話しかけてきた。


「なあ、やけに多くないか……?」

「何がだ?」

「オレ達と同じような生徒だよ。何人も開拓部方面のモノレールに乗ってる」


 クォルルが指さした方をアラヤ達も見た。

 その方向にはアラヤ達と同じ制服に身を包んだ者が数十名はいる。その誰もが身体のどこかを隠すように何かしらのモノを巻いていた。

 つまるところ、【傷持ち】だけが同じ方向に向かっていた。


「確かに多いね……」

「全員、俺達と同じ指令を受けたのかもな」

「マジかよ。どんだけデカい規模の任務なんだよ……。使い捨てとかになんねぇよな……?」

「……どうだろうな」


 不安げになりながらアラヤ達はモノレールに乗る。

 車両が揺れ、外の景色が文明の発達した都市部から禿げた地が目立つ開拓部へと変わっていく。

 モノレールが到着し、ホームに降りると軍服を着た一人の男がアラヤ達を待ち構えていた。他の車両の出口の前にも、軍人達が立っている。


「――!」


 いきなり現れた存在にアラヤ達は一瞬驚くも、急いで敬礼をする。

 軍人の男は、何やら端末を持ち、アラヤ達の顔を見比べていた。


「【傷持ち】、コード・ナインスリー、ナインフォー、ナインファイブだな?」

「はっ!」

「よし、照合が取れた。私に付いて来い」


【傷持ち】としての名前で呼ばれ、勢いよく返事を返すアラヤ達。軍人の男が早々と歩き出すと、その後ろを、疑問符を浮かべながら慌てて付いていく。

 後ろに追いついた時、アラヤは男に尋ねた。


「……質問よろしいでしょうか?」

「許可する」

「はっ。失礼ながら、何故、私達の様な者に上官である貴方がここにいるのでしょうか……? 通常であれば、出迎えなどある筈がありません」

「それが私に科せられた命令だからだ」

「命令……?」

「詳しくは言えん。一つだけ言えるのは、――最後に良い夢が見れたということだけだな」

「夢……?」 

「ちょ、これ……!」


 アラヤが聞き返そうとすると、キューラの震えた声が辺りに響く。

 アラヤ達の目の前には、綺麗な黒い光沢を放つ大きな自動四輪車両があった。それは、軍人の中でも司令官以上の者しか乗ることは許されない。


「それに乗れ」


 命令が下り、三人は恐る恐る車の中へと入っていく。


「うっわ、すげえ……」

「ほんと……。ふっかふか……」

「……」


 キューラとクォルルが驚愕の声を上げる。アラヤも顔には出していないが、内心とても驚いていた。

 車両の中は、足を余裕で伸ばすことが出来る程広く、座る場所は軽く沈み込みそうになるも確かな反発を持っていたアラヤ達の身分では決して乗ることは出来ないその高級感に、キューラ達の心は喜びに満ちている。

 しかし、二人とは裏腹に、アラヤの頭の中は猜疑心で一杯だった。


「(いくら何でもこれはおかしいだろ……。こんな車、どんなに足掻いても俺達が乗れる様なものじゃない……。この先に何が待っている……?)」


 アラヤが外を見ようと窓を見るも、そこは暗闇しか映っておらず中からは外の様子は何も見ることが出来なかった。

 そしてしばらくすると、車が静かに停止し、男がアラヤ達の扉を開け外に出ろと促す。


「ここがストルク支部……?」


 クォルルがそう呟いた。

 アラヤ達の目の前には、窓も何もない四角い無機質で真っ白な建物がそびえ立っていた。

 アラヤが周りを見ると、先程モノレールで見かけた【傷持ち】達もストルク支部の異様さに惚けている。


「さあ、進め」


 男に促されながらアラヤ達は歩いて行く。

 中に入ると、壁に大きなモニターだけが一つ掛けられた、大広間の様な所に着いた。そこにはアラヤ達を合わせて四十名程がこの大広間に集められている。

 辺りを見渡していると、背後から少し前に聞いていたソプラノの声が聞こえてきた。


「アラヤさん!」


 女子生徒、ハルカがアラヤ達の傍にやって来る。

 不安気なハルカの表情。アラヤの裾を掴み、大きなその瞳を潤わせていた。


「アラヤさんもここに集められたんですね……」

「ああ、君もか」

「はい……。今から何が始まるんでしょう……」


 アラヤは何も答えない。否、答えられない。アラヤも、これから何が始まるのか見当もついていないのだ。

 少しして、モニターに光が灯る。


「――!!」


 その場にいた全員が跪く。少しでも機嫌を損ねれば、すぐさま首がはねられるかもしれないからだ。

 モニターには、貴族の中でも最高権力者である大貴族の男が壮大な椅子に腰掛け、アラヤ達を見ていた。

 壮年の大貴族は、ふくよかな腹を撫でながら傲岸不遜な態度で話し始める。 


「――そこな軍人よ、こ奴らがそうか?」

「はっ! ここにいる【傷持ち】は正規軍人にも劣らぬ力を持った者達であります」

「そうか。では、こやつらが今回の実験に適しているというのだな?」

「はっ!」


 実験!? とアラヤ達は内心驚く。

 周りにいる者も口には出してはいないが、誰しもが同じ疑問符を浮かべていた。


「では、早速行え。これは皇女殿下自らが出資しているのだ。良い報告を楽しみにしている」

「はっ!」


 モニターが切れる。大貴族がいなくなり、自由になった大広間では喧騒に包まれていた。そんな中、恐る恐るキューラがアラヤに声をかける。


「ねぇ、アラヤ……。一体何が起こってるの……?」

「分からない……。ただ、何らかの実験をさせられるみたいだな……」

「ひぅっ!」


 アラヤの言葉にハルカが小さく悲鳴を上げる。ハルカは、アラヤの服の裾を掴んで離さない。

 こういう時いつも空気を吹き飛ばすクォルルも、顔に冷や汗を浮かべていた。


「静まれ!!」


 軍人の男が一喝する。その声に、皆の体は一瞬震えて喧騒はなりを潜めた。


「これより、偉大なるヴェネディクト様による最重要実験を行う! 呼ばれた者は付いて来い!」

「じ、実験とは何ですか!?」

「成功したら教えよう。それまで精々生きる事を望んでおくんだな!」


 一人の生徒の疑問にも答えになっていない答えを返し、淡々と【傷持ち】のコードが呼ばれてく。その間、誰もが、頭の中に死を連想していた。


「――! ――ダブルフォー!」

「――ッ!」


 アラヤの裾を掴んでいたハルカの体が跳ね上がる。ダブルフォーというのが、ハルカのコードのようだった。


「アラヤ、さん……」

「……」


 ハルカが泣きそうな顔になりながらアラヤの顔を見る。それに対して、アラヤは何も言う事が出来なかった。

 やがて軍人の男がこちらにやって来て、ハルカを連れて行く。


「あっ……!」


 ハルカは必死にアラヤに手を伸ばすも、ハルカは軍人に押さえつけられながら扉の向こうへと連れていかれる事となった。

 やがて、大広間にいた生徒たちは既に殆ど連れていかれ、残っているのはアラヤ達三人だけだった。


「ナインスリー! ナインフォー! ナインファイブ! 来い!」

「アラヤ……」

「とりあえず行くぞ……。ここにいても何も始まらない」

「行ったら終わるかもしれないけどな……」


 クォルルが皮肉交じりに、口を歪めながらそう言った。

 三人は、駅と同じように軍人の後ろを付いていく。しかし、その面持ちは駅の時とは違って強い恐怖で溢れていた。 

 そして、金属製の大きな扉の前へと辿り着く。


「入れ」


 軍人が三人に促す。


「――っ!」


 中に入ると、辺りは白く綺麗ながらも、どこか鉄臭さが充満していた。それをアラヤ達は、嗅ぎなれた臭いからそれを血の匂いと断定する。

 中は広く、機械仕掛けの大きな椅子が三つ並んでいた。頭の部分に、金属製のヘルメットの様なモノが付けられており、無数に備え付けられた管は天井まで伸びていた。


「座れ」

「え……」

「早く座れ」

「分かりました……」


 男が銃を構えてアラヤ達を強制的に座らせる。左から、キューラ・アラヤ・クォルルの順番で座った。

 三人の不安感は深まっていくばかり。

 それを完全に無視する男は、深く腰をかけるのを見て頭にある装置をアラヤ達に被せていく。手と脚には、枷の様なモノが付けられ、身体は完全に固定された。

 恐怖心で心が逸る。

 三人が装置を頭に付けた事を確認すると、男が無線機を手に取った。

 無線機からは、老人の様なしゃがれた声が聞こえてくる。


「博士、準備が完了しました。この者達で最後です」

『――あい、分かった。こやつ等が、今回の【傷持ち】の中でも優秀なモノなのだな?』

「はい。この三人はかつて大国トルル浄化作戦にも参加。その際、ホプリテス一騎を破壊。その後、幾たびの戦場に駆り出されるも、今日まで生き延びております。これならば博士の悲願、ひいては大貴族アクィナス様の要望が達成されるものと思われます」

『そうかそうか! それは楽しみじゃ! 今回は期待しておったのに失敗ばかりで正直うんざりしていたからの! いい加減、他の者に気づかれないように集めるのもめんどうくさいわ! ここいらで実験は終了させたいのでな、諸君らの健闘を祈っておるぞ!』

「ま、まて! 失敗とは何だ!!」


 男達の不穏な会話を聞いアラヤは、大声を上げて尋ねる。

 クォルルも不安そうにしており、キューラにいたっては既に半泣き状態になっていた。


『うるさいのう。モノ風情に喋る権利なんぞないわい。早く始めるとしよう』

「はい。では、お願いします」


 その声と共に、頭に被せられた装置から甲高い耳障りな音が立て始める。そして、頭に何か針の様なモノが突き刺さり強力な刺激流が全身を貫いた。

 ――その瞬間。


「あああああああああああああああああ!!!!!!」


 三人ともが同じ絶叫を上げる。

 眼を見開き、頭を振り、手と脚でもがこうとするも、手枷と足枷により微動だにしない。


「あああああああああああああああああああ!!!!!」


 絶叫は、喉が潰れてもなお続く。

 両眼、鼻、耳からは血が濁流のように流れ出し、血管が切れると体のあちこちから噴き出す。流れ出た血は床へと溜まっていった。


『おお!! 凄いぞ!! まだ耐えておる!! これはイケるかもしれぬ!』


 楽しそうに博士が声を上げる。

 何が、だっ! とアラヤは絶叫の中かすかにそう思った。


『よし! 出力を上げるぞい! もしこれを乗り越えたならば成功じゃ!』

「――――――――!!!」

 電流が更に強くなる。

 キューラとクォルルは、既に声を上げていなかった。


「ああああああ! ――――!」


 ぶつん、と頭の中で何かが切れる音がし、頸動脈が切れ、血が勢いよく刻印のところから噴き出す。それと同時にアラヤは暗闇の中に沈んでいった。

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