1-3 下剋上
「――何やってるのアラヤ!」
模擬戦場の待機所。キューラの怒号が響き渡った。ここには準備を進めるアラヤと、怒っているキューラ、ニヤッと笑っているクォルルの姿があった。
「いいじゃねぇか、キューラ。お前もあの貴族にはムカついただろ。暗黙の了解で貴族には従う感じだが、規定では立場は同じ。アラヤが勝てば問題ねぇよ」
「そうだけど……」
「心配してくれてありがとうキューラ。でも大丈夫。相手は貴族とはいえ、戦場を知らないお坊ちゃんだ。しかも死なない模擬戦。死線の無い戦場なんて、ごっこ遊びでしかない」
そう言って、アラヤは待機所から模擬戦場へと入っていく。中には既に準備を終えたカリエルが優雅な面持ちで佇んでいた。
二人以外に其処には何も無く、白い空間が広がっている。縦横百メートル四方の模擬戦用の比較的広い空間になっていた。
二人が模擬戦の準備が整うまで待っていると、カリエルが突如アラヤに声をかける。
「――私の部下達が貴方のことを私に教えてきました」
「へえ……。そうかい」
「【傷持ち】というだけあって、実戦経験は中々豊富なようで。なるほど、実戦経験のない貴族に立ち向かう理由は分かります。帝国に勝利を齎したことへの敬意も払いましょう」
「そりゃどうも」
「しかしながら、それが貴族に楯突いていいという訳ではありません。ここで力関係をハッキリとさせましょう。ただ、もし貴方が今すぐ私の奴隷となるというのならこの場を取り止め、助けて差し上げてもよろしいですよ?」
カリエルは、先程と変わらずニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべてアラヤを見ている。それに対し、アラヤは獰猛な笑みを浮かべて返答した。
「はっ、冗談。そんな真似、誰がするか」
「そうですか……。――ならば、この場で私に無様に負けて絶望を味わいなさい!」
その言葉と同時に何も無かった空間に変化が訪れた。
地面から、いくつもの壁が映え草木や風が発生し二人の腰にも武器が装備された。
この部屋は仮想空間。周りの風景や使用される装備なども本物同然になっていた。感じる痛みは、現実と同じだが、絶対に死なない様になっている。
実戦同様の雰囲気でありながら、絶対に死なない実戦訓練という事で、軍では高い評価を得ていた。
そうして準備が完了した時、二人の装備を見て待機所のモニターを眺めていたキューラが声を荒げた。
「――なによあれ!?」
二人の装備は、明らかに違っていた。アラヤの装備は、腰に旧式の自動拳銃が一丁のみ。対してカリエルは、手に新型のシャープな作りをしたアサルトライフルを持ち、防弾チョッキを着ている。備え付けのポケットも膨らんでいることから、弾も十分にあるようだった。
「楽しんで見ている場合じゃねぇな。あれじゃあ、いくらアラヤでも……」
そんなキューラ達の心配をよそに戦闘開始の合図が部屋に鳴り響いた。
合図と同時に、アラヤは右手で腰から拳銃を抜いて、カリエルへと銃弾を放った。速射で放たれた必中コース。
しかし放たれた銃弾は、カリエルには当たらずまったく別の方向に行き壁に突き刺さった。
「なッ――!?」
アラヤは銃弾が外れるのを見て思わず驚きの声を上げた。旧式の拳銃で反動が強いとはいえ、かつては幾人もの屍を築いた自身の腕。それなのに外すとは思わなかったのだ。
「チッ――!」
「あらあら、どうしました? 普通この距離で外します? 狙うというならしっかり狙いなさいッ!」
カリエルが、笑いながらアサルトライフルをアラヤに向けた。向けられた銃身を見て、アラヤは飛び込むようにして近くの壁へ隠れる。その瞬間に連続した音を響かせ、銃弾が放たれた。銃弾は、アラヤのとは違ってアラヤがいた所へと突き刺さる。隠れるのが少しでも遅れていたら、銃弾の痛みがアラヤを襲っていただろう。
「そっちこそ、人の事言えるのか?」
アラヤは、馬鹿にしたような声とともに壁から出る。そして、走りながらカリエルに狙いを定め、二発連続で弾丸を放った。しかし、先程と同じ様に、二発の弾丸はカリエルとは全く別の方へと飛んで行った。
そして、カリエルは出てきたアラヤを狙う。アラヤは急いで壁へと飛び込むが、背中に銃弾が掠ってしまった。
「あぐッ――!」
熱く、電撃の様な痛みがアラヤを襲う。
「貴方とは違うのですよ。どうです? 銃弾の威力は。痛いでしょう? もっと味わわせてさし上げますよ!」
そう言って、カリエルはライフルを全自動にしながら、アラヤが隠れている壁を削っていく。アラヤは、痛みに耐えながらその攻撃が途絶えるのを待つ。ただ、弾薬が大量にあるカリエルの攻撃は、途絶えるのは時間がかかりそうだった。
分厚い大きな壁が、連射によって削られていく。数瞬の隙を狙ってアラヤも銃弾を放つも、ことごとく外れていった。
「――何やってんだ!? ちゃんと狙えよ!」
この状況に焦ったクォルルが外で叫ぶ。
「もしかして、拳銃を整備していない最低の状態に設定されているとか……? じゃなきゃ、アラヤがあんな風に外すなんて有り得ないよ……」
キューラが推測を立てる。その言葉には、幾らか驚きの色が含まれていた。装備などの設定が出来る事は知っていたが、まさか銃の質を下げる事ができるとは思っていなかったのだ。相手の装備の質を上げる事には訓練の意味があるが、下げる事に意味はないからだ。
――キューラの推察はアラヤも行っている。そしてキューラ以上の推察と確信を持っていた。
「(この銃の整備状態が悪いのは確かだ。――だが、いくら悪いといっても、全く別の方向に飛んでいくのは有り得ない。あれはどっちかっていうと、弾かれてるってのに近いか……)」
壁が削られていくのを背で感じながら、アラヤは考える。今まで、最前線で培ってきた経験をフルで活かそうとしていた。
そこで、アラヤの脳裏にある兵器が浮かび上がった。
「そらそらッ! どうしたんですか! 劣等種らしく、せこせこと足掻いてみましょうよ!」
カリエルは、弾が尽きるとすぐに弾倉を再装填してまた撃ち出し、壁を削っていく。そんな中、アラヤは浮かび上がった物を確信しつつ、ほとんど原形をとどめていない壁から声を発する。
「あんたの周りにあるそれ、【反射フィールド】だろ!? 二週間前に軍で開発されたっていう、防御に適した最新兵器。まさか、そんな物まであるとはな!」
「――ッ!」
その言葉を切欠に、銃声が鳴り止んだ。どうやら、アラヤの解答は正解だったようだ。
自分を中心とした半径三メートル以内にぶ厚い空気の層を貼り、あらゆる物質を弾く防御型兵器。それが、最近軍で開発された最新兵器である。最先端を学べる軍事学校だからこその新データだった。
「……よく気づきましたね。流石の実戦経験と褒めておきましょうか。――ですが、分かった所で貴方にはどうしようもないでしょう」
カリエルの言う通りだった。アラヤの銃は整備状態が悪い上に、撃っても反射フィールドで銃弾は弾かれる。最早、誰の目にもアラヤの負けが映っていた。
「(まあ、実際そうだろうな……。だが、まだやりようはある――!)」
そう考え、アラヤは壁から飛び出し、一発を残して連続で引き金を引く。結果は先程と変わらず、反射フィールドによって全て弾かれていた。更に、アラヤの拳銃から鈍い金属音が響き渡る。
「気でも狂いましたか……? 弾かれると解っていながら引き金を引くなど……。おまけに、薬莢が詰まったようですね」
カリエルはアラヤに侮蔑の目を向ける。確かに、弾丸を無意味に撃ち、薬莢を詰まらせるなどアラヤの行動は愚行そのものだった。
しかしそのような状態にもかかわらず、アラヤの眼は諦めていない。アラヤは、詰まらせた拳銃を持ってカリエルに向かって走っていく。
「先程の言葉は訂正します。愚かしい貴方は奴隷にも劣る存在のようだ。そんな人間、もはや私と同じの空気を吸うことさえおこがましい!」
「だったらさっさとここから出て行くんだな!!」
カリエルは、アサルトライフルを反動で腕がぶれない様に全自動から半自動に切り替え、走ってくるアラヤに向かって銃弾を断続的に放った。それをアラヤは、銃身を向けられると同時に横っ飛びをして躱し、持っていた拳銃をカリエルに向かって思いっきり投げつけた。
「こんなもの――ッ!?」
眼前に迫った拳銃を、カリエルは後ろに下がる事で簡単に躱した。
拳銃はカリエルの一歩手前で音を立てて落下し、詰まっていた弾の雷管に衝撃が伝わる。突如、爆発音を鳴り響かせて、拳銃は手榴弾の様に飛び散った。
目の前で起きた突然の爆発と弾け飛ぶ破片により、カリエルは体勢を崩す。そこに、走りこんでいたアラヤが右腕を振りかぶりながら、カリエルの左頬へと思いっ切り叩き込んだ。
「がッ――!」
殴られ、カリエルはたたらを踏む。追撃にアラヤは、右脚を軸に左脚で回し蹴りを放った。左脚は腹部に命中し、カリエルは腹を押さえる。さらに、腹部の痛みで顔が下がったカリエルの顎に右腕を叩き込もうとする。
「――調子に乗るなッ!!」
その言葉とともに、カリエルが反射フィールドを全開にし、アラヤを吹き飛ばした。吹き飛ばされたアラヤは仰向けに倒れ込んだ。
「ぐあっ――!」
アラヤは仰向けのままカリエルに顔を向けると、そこには憤怒の表情をしたカリエルの顔があった。
「よくも、よくも……! 劣等種如きが私の顔に傷を付けてくれたな! ――殺してやる」
カリエルが右手にアサルトライフルをぶら下げ、ふらふらとアラヤに近寄っていく。
「――逃げてアラヤッ!」
キューラがモニターの前で叫ぶ。急展開された反射フィールドの衝撃により、アラヤは碌に動けていない。かろうじて、仰向けからうつ伏せになれる位だった。そして、カリエルがアラヤの元へと到着し、うつ伏せになっているアラヤの腹を思いっきり蹴って、仰向けへと戻す。アラヤはその衝撃で咳き込み、うっすらと目を開けると、目の前に銃口があった。
「死ね」
仮想とはいえ本物の痛みが有るこの空間。この至近距離での顔面への衝撃なら、恐らく脳にダメージが行ってしまうだろう。
そのようなことはお構いなしに、カリエルは銃弾を放った。
――その直後カリエルの顔が驚愕に染まる。
「な、なんだと……」
アラヤは咄嗟に顔を横に向け、銃弾を避けていた。顔の横には穴が空いて、土煙が出ている。
そしてカリエルが硬直しているその隙に、アラヤは腕の力で体を跳ね上げ、銃を持っているカリエルの腕を両脚で十字のように交差して関節を極め、伸ばした左脚の踵で首を引っ掛け、体を思いっきり左に捻ってカリエルを地面に叩き落した。
「があああああああ!!」
関節を極めた状態で捻ったため、叩き落されたカリエルの右腕は内側に入るように折れていた。
カリエルは、腕を押さえ悶えている。
「……あんたが銃を単発状態にしてくれていたお陰で助かったよ。戦場でわざわざ人を苦しめようとするからそうなる」
アラヤが落ちていたアサルトライフルを拾いながらそう言い、カリエルに近づいて行く。既に、全自動に切り替えていた。後は、引き金を引くだけで、装填された銃弾が全て射出される。
「や、やめろ……! く、くるな……! ――うがッ!」
アラヤが右脚でカリエルの左肩を踏み抜き、体を押さえて、先程アラヤがやられた様に銃身を顔の前へと持っていく。
「これで、終わりだ」
「た、助け――ッ!」
最後まで聞く事無く、アラヤはそのまま引き金を引いた。
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