1-2 選民思想
小さな銃声が連続して部屋に響き、弾丸が人型のターゲットの急所を打ち抜いた。
弾丸を撃ちつくすとアラヤはすばやく弾倉を排出し、別の弾倉を再装填。すぐさまターゲットに向かって撃ち出した。弾丸は、強風や飛び交う障害物をものともせずに、30メートル先のターゲットを撃ち抜く。
アラヤは簡素な作りの自動拳銃をテーブルの端に置く。そして、テーブル上のタッチパネルを操作すると、目の前に着弾数を表す液晶ホログラムが映し出された。データを確認すると、弾丸は全て命中している。
アラヤ達が通うヴィンザール第一軍事学園は、午前中の四時間は一般教養、午後の四時間は軍事訓練となっている。
そして現在、始業式が終わって午後の授業となりアラヤ達は射撃訓練を行っていた。
射撃訓練は、地下で行われる。地下には幾つかの部屋があり、その一つにターゲットを打ち抜く訓練を行う部屋がある。部屋には二十ものターゲットレーンがあり、実戦を感じさせる様に、障害物や風などの条件が備わっている。風による弾道計算・連射による反動軽減・障害物を通す集中力など、全てが噛み合わなければ全弾命中は難しい。
そこの一つのレーンを使ってアラヤは絶え間なく弾丸を的へと当てていく。その全てが急所だった。
その度に感嘆の声を上げる【傷持ち】たち。ただし、エミグレや貴族たちはそうではない。最初は急所ばかりに当たる瞬間を見て目を見開くと、次いでアラヤに目を向けた時に嫌悪に眉を顰めて苛立たしげな視線へと変わる。露骨に態度に出す者もおり、隣で舌打ちを聞いた女の子の【傷持ち】は肩を跳ねさせて部屋の隅へと消えていった。
集中しているアラヤにはそんな声は聞こえてはいないが、それらかき消すかの様に二発の弾丸が一瞬で発射される。一発目は、邪魔をする障害物を押しのけ、その隙間を二発目の弾丸がターゲットに急所に命中した。
呻く様な声が吐き出された所で、授業の終了を告げるチャイムが鳴った。
銃を片付けたアラヤの下に集まるキューラとクォルルは、話しながら訓練室を出る。
彼らの声は、ひどく草臥れていた。
「アラヤ……、これはかなり厳しそうじゃないか……?」
「あぁ、そうだな……。見下した視線には慣れてるが、学生にここまで選民思想があるとは思ってもみなかった」
「大丈夫、だよね……?」
初の平穏。楽しみと恐怖が入り混じりながら過ごした学生生活初日は、しかしながら平穏とはかけ離れていた。
とてもじゃないが、朝に述べていたアラヤの計画は実行に移せそうになかった。
そして、当たり前の様に教室から出た時にもソレは行われていた。
「――いやっ! やめてください!」
「いいから、黙って私カリエル・クリスティナに従いなさい。貴方のような劣等種を、この私の女にしてやろうというのだ。光栄なことでしょう」
「男爵様の女になれるなんて羨ましいだろう!」
もめているのは貴族であろう人物と、首にマフラーを巻いて刻印を隠している【傷持ち】の少女だった。金髪の貴族――カリエルが無理やり少女の胸倉を掴み、少女がそれに抗っている。しかし傍の、取り巻きに二人の貴族が少女の後ろに回り込み腕を拘束していた。
相手は貴族。騒ぎを聞きつけて廊下にやってきた者たちは沢山いるが、誰もが止めようとしない。周りにいる貴族達は、その光景に嫌らしい笑みを浮かべ、エミグレは無関心。そして【傷持ち】の生徒は被害が向かないようにこの場から立ち去ろうとしている。
それは、アラヤ達も例外ではなかった。ここで騒ぎ立てれば計画が完全にパァになる。
「――ッ!」
そうしてこの場から立ち去ろうとしたアラヤ達だが、捕らえられている【傷持ち】少女の助けを求める視線が、アラヤに届いた。
それに少年兵器として戦っていた頃の、希望を抱く前の無しかない自分の目を想起させた。
だからだろうか。アラヤの体は自然と動いていた。
「言い出しっぺなのに悪いな二人とも」
「お、おいっ!?」
「アラヤ!?」
クォルルとキューラの引き止めるような声を背中に受けながらも、アラヤはもめている方へ向かっていく。
「この! いいから言うことを聞きなさい――!」
「――ッ!」
貴族である金髪の男性が少女に殴りかかろうとし、来るであろう痛みに堪えるため少女は目を固く閉じる。しかし、一向に痛みはやってこない。少女が薄っすらと目を開けると、そこには殴ろうとしていた右腕を掴んでいるアラヤの姿があった。
「その辺にしといたらどうですか? 貴族様。 エスコートするにしても些か強引すぎますよ。貴族様のご家庭ではそのような低俗なエスコートしか学べなかったのでしょうか?」
「なんだと貴様! 【傷持ち】の分際で、私の腕を掴むどころか我がクリスティナ家を侮辱するか!」
アラヤの皮肉に丁寧な言葉遣いを忘れて激高する貴族。貴族の意識を少女から自分へと移させる算段だった。そしてそれは見事成功した。
「ははっ」
「何がおかしい!」
急に笑い出したアラヤを、カリエルは訝しそうに見る。
「いえ、この学校じゃ身分は全て平行なものになっているのは貴族様もご存じの筈。なのにそれを知らないとは……。よほど無知なのだろうと思いましてね」
「……貴様ァァ!!」
今にも殺しかねない鋭い眼差しを向けるカリエル。取巻き達もアラヤを睨みつけ、周りの貴族たちは面白そうに様子を眺めている。
「――一体なんですかこの騒ぎは!」
アラヤ達が睨み合っていると、騒ぎを聞きつけた男性の教師がやって来た。やって来た教師は、揉めているアラヤ達に事情を聞き始める。
「丁度いい先生、これは――」
国から命じられた規定を教師は守る義務がある。だからこそ揉め事の仲裁としてアラヤはこの時を待っていた。
そして説明しようとした時、カリエルが憤懣を抑えてアラヤの言葉を遮った。
「――いやあ、先生。待っていました。実はですね、此方の【傷持ち】方が私達に因縁をつけてきましてね。困っていたところなんですよ」
カリエル達は教師に捲し立てるように言う。しかし状況的にはカリエル達が騒動を起こした事は明らか。それでも教師は、何も疑う様子も無くカリエル達の言葉を信じるかのように頷いていた。
「……そうかそうか。――それでそこのお前はどうするつもりだ? 【傷持ち】のお前が、貴族であるカリエルに口答えをしたんだ。それなりの処罰は覚悟しておけよ」
「なっ――! ちょっと待ってください。彼らの言葉を信じるんですか!?」
「信じるも何も、彼らの言っていることは事実だろう。周りを見てみろ」
教師にそう言われて、カリエルは周りを見る。廊下では多くの生徒が集まっているが、その中のほとんどがカリエル達の言葉に同意するように頷き、【傷持ち】達は目を合わせないようにしていた。
その光景を見て、アラヤは再び教師に顔を向けると、教師はカリエルをニヤニヤと笑みを浮かべながら見ていた。
そして、アラヤは悟った。
「(全てを決定づける権利を持っている教師。だからこそ、誰よりも貴族に従順というわけか……!)」
教師陣は大半がエミグレ以上で構成されている。貴族の益になるような事をすればその分だけ恩恵を受けられることから、全ての教師が貴族に味方しているのだ。
「まあまあ、先生。たかが、生徒の諍いに態々処罰する程でもありませんよ。ただ、このような因縁をこれからも付けられては、此方も困るのですよ。ですので、何の遺恨も残さない様に模擬戦を行いたいと思うのですが、よろしいですか?」
「構わないよ。思いっきりやるといい」
「ありがとうございます」
カリエル達は嘲りの視線をアラヤに向ける。おそらく、公衆の面前でアラヤを叩きのめし、【傷持ち】には立場を分からせるつもりだろう。
「……上等だよ」
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