一章 【絶望の果てに何を思うか】
1-1 初めての登校
アルファ暦二一一八年
「――懐かしい夢を見たな」
夢の終わりと、窓から差し込む陽光でアラヤが目を覚ます。寝起き特有の重い瞼を小さく開け、アラヤは目を擦りながら布団から出て天井に向かって体を伸ばした。小気味いい音が、部屋の中に響き渡る。
「んっ!」
小さく息を詰まらせ、息を吐きながらアラヤは腕を下ろした。首筋まである黒い髪が若干靡く。その際、首筋には黒い縦線模様が覗いていた。そして、ある程度覚めた目で布団の中から部屋を見渡した。
「いつもながら、相変わらずボロッボロだなここは……」
アラヤはため息とともにそう呟いた。
ここは廃墟同然の二階建てのプレハブ小屋。
外観は月日が経っているおかげで鉄がレンガの如く赤茶色に染まり、草木も伸び放題となっている。中も外観同様、錆びた鉄で茶色くなり、タイルの地面は所どころ剥げ、割れた窓ガラスが散らばっている。奥には、テーブルと椅子がありキッチンが申し訳程度ではあるが全て一式揃っている。その上には二階があり、アラヤはその二階にいる。二階には、三つのベッドと机、ドアが壊れて中が剥き出しになっているクローゼットだけがあった。加えて、その中には黒を基調とした制服がある。
アラヤは、そのクローゼットの中から制服を取り出しそれに着替え、時計代わりとなっている棒状の携帯端末と、机の上にあるカバンを持って下に降りていった。
下に降りると、寸胴型をした家事独立機構――ハウスキーパー――が小さくボロいキッチンにて金属製の腕を生やして朝食を作っていく。朝食は人工卵を使ったスクランブルエッグとカリカリの人工ベーコンと硬い黒パンだった。見栄えは良いが、質自体は良くはない食事。それでも、それが食べられるだけありがたいことをアラヤは知っていた。
そしてテーブルには、首にアラヤと同様の刻印が刻まれた金髪ロングヘアの少女――キューラと襟を刈り上げている少年が――クォルルが座ってアラヤを見ていた。
「遅いよーアラヤ。今日は記念すべき日なんだよ?」
「ごめんごめん。ちょっと懐かしい夢を見てな。中々覚めたくなかったんだよ」
「何見たんだ?」
クォルルが尋ねる。
「あの日のことだよ。俺たちが夢を掲げた、それこそ記念すべき日」
「あ……」
ノスタルジックな表情で言うアラヤに、キューラが小さく声を漏らす。夢を掲げて以降、彼らがあの日を忘れたことはなく、それを糧に今日まで生き抜いてきた。
そして今日が、夢の第一歩となる。
「今日から皆さん、初のガッコウですネ」
「そうだな、楽しみだよ」
「私たち、本当にここまで来たんだね」
「ああ……」
それぞれが、万感の想いを込めて呟く。
――アルファ歴二〇八〇年。世界は資源枯渇により各地で血みどろの戦争が繰り広げられていた。その十年後、突如として宙から半永久的エネルギーを擁した鉱石が降り注ぐ。後に【アストラダイト】と名付けられたそのエネルギー体は、枯渇しかけていた世界にとってはまさに天の恵み。みるみるうちに文明が潤い、戦争は終結した。
しかし、覇国・ヴィンザール帝国はアストラダイトを全て牛耳る為に世界に向けて侵略を開始。
皇帝ヴェネディクト・ヴァン・ヴィンザールは、いち早くアストラダイトを軍事転用させ、ホプリテスを開発すると災害の如き蹂躙を以て国々を墜としていった。一歩遅れて各国も対抗手段としてホプリテスを開発するも、帝国の騎体には叶わず侵略を許す結果に。
帝国は君主制実力主義と化し、かつての敵であっても【特別名誉帝国法】により金銭や武力、労働力、そして子供を提供することで【
そしてエミグレとなれなかった者や提供された子供達は兵器や奴隷として管理する為に首に刻印が刻まれる。それが【
これにより手持ち無沙汰になった大量の【傷持ち】を管理する為に彼らは各軍学校へと配属。命令とはいえ、アラヤ達にとってこれは初の戦いの無い居場所。ここから新たな人生を歩み始めるつもりだった。
「でもよ不安もあるんだよな」
「なに?」
「学校にいるのは大半が貴族だろ? 規定では『学生』としてエミグレ、貴族、【傷持ち】の立場は同格になっているらしいが、一体それがどこまで効果してるのか……」
「――ッ……」
クォルルの言葉で、笑みを一瞬で消したキューラ。この世界は下位の者が上位の者に楯突くことは許されていない。非道なことをさせられたら……と、キューラは考え怖くなったのだ。
「それでも、俺たちが学校に行けることは新たな道に必ず繋がるはずだ。ここで俺達の存在を明確に示せば、貴族とのコネを得られるかもしれないだろ? そうなったら、より生きやすくなる」
希望はあるだけ良い。そう言い放つアラヤに、キューラとクォルルも安心したように笑みを浮かべて朝食をとるペースが速くなった。
「まぁそれは置いといて、アイビス。学校以外の今日の俺たちの予定はどうなっている」
「ハイ。本日のアラヤ様たちのご予定ハ、学校で一日を過ごされた後、ストルク支部ニテ、軍曹からの任務を受け取ることなっていマス。先程そうメールが届いていまシタ」
「ストルク支部? あんな最先端の支部で俺みたいな【傷持ち】に任務があるのか?」
「ワタクシにはなにも分かりマセヌ」
ヴィンザール帝国の領土は世界中に広がり、それぞれが皇族によって分割統治されている。アラヤがいる場所は広大な土地と海・山が豊かなヴィンザール十八――トルル。冷徹皇女として名を馳せている第十八皇女ユリエール・ヴァン・ヴィンザールが治めている。
発展した文明都市部とかつての侵略で崩壊した廃墟部、開拓部の三つに分けられており、開拓部にはユリエール主導の下新たな軍需生産を研究する軍事支部がいくつも存在していたストルク支部もその一つだ。
そんな場所に【傷持ち】が赴く理由が何一つ思い浮かばない。なにせ最先端軍需設備なんてところに行くのはこの国の重役か貴族の中の貴族くらいだからだ。
何かしらの思惑を感じずに入られなかった。
「何かしらの実験に参加させられでもするのか?」
「それかまた国内でのクーデター派の制圧かもな。皇女様が軍需を増やすせいで横流しする奴も増えているし」
「休戦で落ち着くと思ったんだけどなー……。中々平和にならないね……」
「いっそのことオレたちもクーデター派に回るか? この国が無くなれば少なくとも平和には近づくだろ」
冗談交じりにクォルルが笑いながら言う。それに対して無理だと乾いた笑みを返すキューラだったが、アラヤだけは真剣な表情をしていた。
それに訝しがるクォルル。
「アラヤ……?」
「……それも一つの手ではあるな」
「うそっ! 本気で言ってる!?」
「まぁな。だけど、無理な点が大きく分けて二つある。――一つが戦力の彼我がありすぎること。横流しされているとはいえクーデター派の武力は微々たるモノでしかない。
そしてもう一つが、死ぬまで取れないこの首の管理システム。軍属の俺達に対して明確な停滞行動を取った瞬間に俺達の首を跳ね飛ばされる」
クーデター派は主にスラム街の者や、何とか管理から逃れた人達で構成されている。その時点でまともな武力を得られるわけもなく、戦力差は小さな虫が世界に対して反抗しようとする行為に近い。
そして軍属の者は、クーデター派に回らないようにする為、刻印に細工され敵対行動を取った瞬間に爆破するようになっている。
しかし、その対処法をアラヤは続けて言う。
「でも、誰もが戦争を望んでいる訳じゃないと俺は思っている。【傷持ち】は勿論のこと、戦争否定の貴族もいるかもしれない。そうした貴族とコネを作りクーデター派を作り上げたら分からないかもしれないな。もしかしたら、管理システムも解除できるかもしれない」
「おおう……、サラッと言っただけだったけど、思いの外ガチな回答だな」
「うん……、私も驚いた」
アラヤの計画に驚きを示す二人。
それに対して、アラヤは苦笑を浮かべて返事する。
「まぁその可能性は奇跡に等しいだろうな。俺たちがずっと生き延びていられるより低いだろう。でも、戦争のない俺達だけの居場所を作ることが目的なんだ。可能性があるのなら賭け続けるよ俺は」
「私、頑張って作るよコネ!」
ふんす、と沈んでいた表情を、決意を持った表情へと一変させたキューラ。ここに新たな目標が三人に刻まれたのだった
「オハナシはこの位にしましょう皆さま。時計を見てクダサイ。ソロソロ、お時間デスヨ」
時計の針は8の数字を指している。
始業の時間はあと一時間後。いよいよ登校の時間だ。
「っと、もうこんな時間か。じゃあ、後は頼んだぞ」
「かしこまりマシタ。コチラ、マフラーデス」
「ありがと」
アラヤが朝食を水で流し込んで席を立つと、キューラとクォルルも併せて立つ。そしてアイビスから差し出された黒い薄手のロングマフラーをそれぞれ首に巻き、鞄と銃を持って家を出るのだった。
目指すはまだ見ぬ新境地だ。
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