異世界の皆さま、ボナペティ!

心琅

本日のお品書き ミックスフライ定食

それは高層ビルの立ち並ぶ都会ではなく、田舎と称していいぐらい全く人気のない寂れた商店街の片隅にその洋食屋はあった。


「えーっと、香辛料の賞味期限良し、お肉の発注良し、調理器具の点検良し」

ゆかりちゃん、野菜此処に置いておくよ!」

「はい!ありがとうございます!」


人通りが全くない所為か、どの店も“閉店”“Clause”の看板を掲げている中で、野菜を積んだトラックが次々と新鮮な野菜を洋食屋の中へ置いていく。

ゆかり、と呼ばれた女性は黒のTシャツとコックズボンを身に纏った姿で入荷した野菜の数と発注数に間違いはないかを確認する。

商品の入荷数に間違いがなく代金を渡し世間話を少々零しつつも、業者に挨拶をし縁は店の出入り口を締めた。


「さてと・・・」


その店のオーナーである縁は長年の相棒でもあるコックコートを身に纏い、茶色のエプロンを腰に巻き肩まで掛かったセミロングの髪をお団子にしてくくりあげる。

野菜を指定の場所に片付け、テーブルを綺麗に吹き上げ最後に再び出入口へと立つ。


店の内側に掛かった“OPEN”のプレートを手にかけて、縁は深く深呼吸をした。


「JE TRACE MON PROPRE CHEMIN」


縁は聖職者のように両手を握り祈りの姿勢で小さく言葉を紡いだ。

すると入口が微かに光を放ちはじめたのを確認した縁は、そっと看板を“OPEN”へひっくり返した。

一際、淡い光が扉から放たれる。

淡い光なので目を閉じるほどではない。

暫く扉は光り続けていたが、光が止むと同時に縁はそっと扉を押し開けた。


慎重に扉をあければ、本来一番初めに見えるのは寂れたシャッターのはず。

だがその先に見えるのは古びた赤錆色のレンガ壁。

ゆっくりと顔を出せば、赤錆色のレンガが続く道の先には大通りなのか多くの人が行き来している。


その様子をみていた縁はホッと安堵の息を零し、空を見上げた。

そこには日本では決してあるはずのない二つの大きな月が晴天の空に浮かんでいる。


「よーし!今日もがんばるぞー!」



二つの月に向かって拳を突き上げた縁は、笑顔で店の中へ戻って行った。





此処はとある地方の国、オークウッド共和国。

数十年前に暴虐を敷いていた王族を反乱により崩壊させ、いまでは君主を置かない共和国となった。

いまでは貴族は見かけないが、冒険者や商人が多く滞在する賑やかな街である。


「あぁ~、腹減った」


大勢の冒険者たちが行きかう中、グゥゥと盛大な腹を鳴らしながら道を歩く男がいた。

彼は門兵のヘルガ。

腹が減っているのであれば食事をすればいいだけの話なのだが、彼には簡単に食事が出来ない事情があった。


「給料日まであと五日。手元には銀貨三枚と銅貨四枚・・・くぅ!!」


露店で売っている串焼きは一本で銅貨五枚はかかる、下手に食事処に入れば安くて銀貨一枚。

ここで店に入って所持金をなくしてしまうわけにはいかない。

給料日までに慎重に計画をたてなくては、いつしか道端の草を食べて給料日まで耐える屈辱を味わうことになる。


「どこか、どこかないのか?安くてボリュームのある店は」


空腹の所為なのか少しだけ目が血走った状態でヘルガは食事処を見渡していく。

だが、どの店も一食最低でも銀貨一枚の出費となってしまう。

気が付けばヘルガの足は大通りから外れた道に出てしまっていた。


「あ、くそ!急がないと休憩時間が終わっちまう!!」


だが、銀貨一枚はどうしても痛い出費だ。

串焼き一本では当然成人男性の腹には物足りない。どうしたものかと肩を落とすも。


「ん?」


不意に漂ってきた香りにヘルガの鼻は嗅ぐように鼻を啜った。

その香りは食事処が並ぶ大通りとは全く正反対の方向から漂ってきている。嗅いだことのない香ばしい匂いにヘルガの足は自然と引き寄せられていった。



「なんだ、ここ?」


ついた先は、表通りとは全く反対にある裏通り。

裏通りは主に住宅街となっているので店があるのは物珍しい方である。深い緑色の扉には“OPEN”と見たこともない言葉が綴られている。

だが、ヘルガを引き寄せた香ばしい香りはこの扉の先からしているのは確かだ。


「こんなところに店があったのか?」


中を覗こうと扉のガラス部分を除くが全く見えない。

窓もない所為で中の様子が伺えないのが怪しさを沸き立たせるのだが。


ぐぎゅうぅぅ、と激しい腹の音によりヘルガの警戒心は徐々に剝がれていく。

もし怪しい店であったなら直ぐに飛び出せばいい。

これでも門兵を十年は努めてきたのだ、そんじょそこらの野盗には負けはしないと己に言い聞かせながらヘルガは取っ手へと手を伸ばした。


カラン、と軽やかな鐘の音が来店を告げる。

裏通りにある謎の店に入ったヘルガは、大勢の客がいたことに驚きつつ店内を見渡した。

オークウッドにある食事処は、部屋全体に丸テーブルが複数設置され乱雑に置かれた丸椅子を手に好きな場所に座るようになっている。

だが、この店は四角いテーブルと椅子が部屋の端に数か所設置され、カウンターと思われる場所にも椅子が設置していた。

それは少しだけ型式で決められた貴族の食事処のようでヘルガは居心地の悪さを感じるが、賑わう店内によりそれは緩和される。


「いらっしゃいませ、おひとり様ですか?」

「え、あぁ・・・」


ひょっこりとカウンターから姿を見せたのは、この地方では珍しい黒髪の女性だった。

だがヘルガより二回りほど小さい姿で、見た目からしてまだ子供だと判断した。そしてこの店の看板娘なのだろうと納得する。

看板娘にしては衣装が白とブラウンのエプロン姿が地味だと思いつつも、看板娘、もとい縁に案内されるがままカウンターへと案内され着席する。


店内は窓もないから薄暗いかと思ったが隅々まで明かりが届いている。

あれは何か魔道具の一種なのだろうか。

こんなにも明るい店などベルガは知らない。


「お冷とおしぼりです」


カタリ、と水が入った木製のコップと真っ白な布巾が置かれる。

思わずベルガが「頼んでないぞ」と戸惑い気味に水を押し返すも、縁にとってこのやりとりは慣れているのか無料ですよと笑顔で答えた。


「おーい!こっちおかわり!」

「はい!ただいま!こちらメニューになります」


メニューを置いて、呼び出した客の方へかけていく姿を眺めつつ、ふと“おしぼり”という布巾が目に入る。

おしぼりとは一体なんだろうか。

ヘルガはそっとおしぼりを手にとれば、ひんやりと伝わる冷たさと柔らかな心地よさに思わず顔を覆った。


主に門兵は、日中門の外に立っている。

鎧なども着込んでいるので、熱が溜まりやすく常に火照っている者が多い。

寒い時期ではいいが、少しでも天気が良かったりすると体調を崩す者もいる。


このおしぼりはまさに砂漠の中で出会ったオアシスにようだ、とベルガは手や首に押しつけて熱を冷まさせる。

不意に近づいてくる足音に慌てておしぼりを戻すと先ほどそばを離れた縁がヘルガに「ご注文は?」と問いかけた。

注文、との言葉に空腹を思い出したのかヘルガの腹が鳴る。

恥ずかしさに頬が赤く歯を食いしばるも、縁は特に気にせず注文を待っているようだ。


「す、すまない。もう少しだけ考えてもいいだろうか?」

「はい!ではお決まりになりましたらお呼びください!」


嫌な顔をせず了承してくれる縁にヘルガは少しだけ安堵の息を零しつつ、今度こそメニューを開く。

開いたのだが。


「な、なんだ・・・これは」


まずメニューを開いて驚いたのは、料理の絵だ。

大抵料理屋のメニューなど名前だけしか書かれていない。どんな料理なのかは店員に聞くが大体は名前からして想像できる。

だがしかし、このメニューに載る料理名全てが未知なものばかり。

さらに絵、料理名のすぐ傍に書かれている絵はとても鮮明で素人ではなく画家が描いたように鮮やかに鮮明である。

見たこともない料理の絵に味が想像できず戸惑ってしまう。


グぅ、と空腹の限界を訴える腹にヘルガは焦る自身を落ち着かせる。

そして自身の所持金は銀貨三枚と銅貨四枚。

下手に散財をしては、後日自分が苦しむことになる。このメニューの中で一番安いものは、とヘルガは視線を走らせ二度目の衝撃を受けた。


「ひ、“ひがわりらんち”が銅貨五枚だ、と!?」


ありえない、銅貨五枚は串焼きが一本買える値段だ。

だが、この“日替わりランチ”にはパンとスープがついてくる、という。パンとスープだけでも銅貨八枚はかかるのに一体どんな料理なのか。


「す、すまない!注文を良いだろうか!?」

「はーい」

「このひがわりらんちを一つ」

「はい、日替わりランチですね。パンとライス選べますけどどちらになさいますか?」


ライス、とは聞いたこともない食材だ。新たなパンの一種なのだろうか。

だが下手に知らないモノより食べなれたパンの方が良いとヘルガはパンを即答する。縁は笑顔で注文を承り再び奥へ引っ込んでいった。


注文をしただけなのにひどく緊張してしまったのか、ヘルガの視界に水が入る。

そういえばこの水は無料だと言っていた。

本来、生水は臭いし温いので好きではないが、いまは喉を潤したいとヘルガはコップを手に取り口に含んだ。

が、その水の冷たさに驚くもカラカラになった喉を冷やした。生水独特の生臭さもない、するりと喉を通る柔らかさにゴク、ゴクと喉が鳴る。

軽く潤すはずだったのに気づけば水を飲み切ってしまった。


「う、美味い・・・なんだこれ、本当に水なのか?」


臭くもない温くもない、冷たいのど越しに驚く。

ふとカウンターのテーブル上には、大きな水差しが置いてある。そこには“ご自由にどうぞ”と書かれていた。

まさかあの水差しの水全てが無料なのか。

ヘルガは恐る恐る水差しを取り、コップに水をそそいでいく。周囲に視線をむけるが誰もヘルガを咎めようとしない。

つまり本当にこの水も無料なのだと気づき、もう一杯ヘルガは水を飲み込んだ。



「お待たせしました、本日の日替わりランチ“ミックスフライ定食”です!」

「!?」


突如響く縁の声に、水を吹き出しそうになるも慌てて飲みこむ。

若干咽てしまうも、なにやら香ばしい匂いが漂っていることに気付いた。

嗅いだこともない引き寄せられる素晴らしい香り。不意に縁は“本日のひがわりらんち”と言ってはいなかっただろうか。

スンスンと匂いを嗅ぎながらその方向へ顔をむけ、ヘルガは目を見開いた。


ヘルガと同じ“ひがわりらんち”を注文した客のテーブルにはキツネ色の衣に包まれた物を美味しそうに食べていた。

一口齧るたびにサクッサクッと爽快な音を立てて、中は真っ白な身がふんわりと姿を見せる。

たまらずゴクリと喉を鳴らした。


「あ、あれが“ひがわりらんち”なのか」

「そうだよ、しかも今日は“みっくすふらい定食の日”なのさ!」

「!!」


独り言で呟いたつもりが、返しがきたことに驚く。

慌てて横を振り向けば、ヘルガと同じカウンターに座る冒険者らしき男がいた。

いつの間に同じカウンターにいたのか、という驚きよりもヘルガは冒険者らしき男がいった“みっくすふらい定食の日”という言葉に心が惹かれていた。


「みっくすふらいていしょく?」

「あぁ、ひがわりランチの中で滅多にお目に掛かれない代物さ!アンタも運がいいな!!」


運がいい、と言われるほどそれは貴重な物なのか。

再びチラリとミックスフライ定食を食しているテーブルへ視線を向ければ、食す姿にゴクリと喉が鳴る。


見たこともない食べ物になぜ此処まで惹かれるのか。

早く、早く食べたいみっくすふらい定食。


「お待たせしました!本日の日替わりランチ“ミックスフライ定食”です!」

「!!」


ヘルガの背中に向かってかけられた声に、慌てて振り返れば縁が笑顔で立っていた。

そしてその手にはヘルガが待ち望んでいたミックスフライ定食がある。

近くでより分かる香ばしい香り。

一体どんな調理法をすれば、こんな素晴らしい色合いになるのか。添えられた細切りの野菜や綺麗にカットされたトトマが添えられている。

またパンも普段市場で買う黒パンではなく真っ白なパンであり、スープも微かな優しい香りが漂っていた。


ヘルガは慎重にトレーを受け取り、カウンターへ席に着いた。

フォークを手に取ろうとして、慌てて感謝の祈りを忘れていたことに気付く。だが、しかし祈りさえも惜しいくらい香ばしい香りがヘルガを刺激してくるのだ。

今日だけは、許してくれと胸の内に祈りに謝罪しつつ、ヘルガはザクリとヒシ形の衣、白身魚のフライに突き刺しかじりついた。


「!!」


口に含んだ瞬間、感じたのは熱と溢れる魚のふんわりとした淡白な旨味。

そして噛むとジワリと滲む衣の汁は、サラサラとしていながらも淡白な魚とあっていて、言葉にできない旨味を出している。

魚独特の生臭さもなく、微かな塩気がたまらない。


「う、美味い!」


思わず口に出してしまうほどの美味さだった。

さらに同じ衣を纏っているが、形の違うものがあと三つある。ヘルガは、今度は丸い揚げ物、メンチカツへ手を伸ばした。

先ほどのヒシ形の揚げ物に比べてズッシリと重たい。

恐る恐ると口に含んだ瞬間、溢れ出るのは大量の肉汁。噛めば噛むほど肉汁や細かな野菜の汁が合わさり、口の中で旨味が作られていく。

微かにだがピリリと舌を刺激する辛さに旨味が増していく。

さきほどのフライが淡白な味わいなら、こちらはガツンと重い味わいだ。

正直さきほどより此方の方が断然ヘルガの好みだ。


「こ、これも美味い!!」


次に目に映るのは細長い揚げ物と楕円形の揚げ物だ。

細長い方は先端に赤い尾が出ているが、これは魚なのだろうか。だが、ここまで細長い魚を見たことがないヘルガは不思議そうに細長い揚げ物を刺す。

不意に隣のカウンターの男にも同じ定食が届いたのか、彼はヘルガと同じ細長い揚げ物を真っ白でふわふわなソースに着けて食べていた。


「うーん!やっぱり“えびふらい”には“たるたるソース”だわ!」

「えびふらい、たるたる」


ふと自分のお盆にも小さな容器に黒い液体と真っ白でふわふわしたソースが添えられているのに気が付いた。

そして惹かれるがままにエビフライをタルタルソースをたっぷりと絡ませて口に含んだ。

サクリと爽快な音と共に口にあふれるのはプリプリと魚とも思えない触感。

だけど肉類とも違う。

プリプリと弾ける身に思わずにやけてしまう。身自体は魚と同じように淡白なのに酸味とまろやかなソースが合わさって美味さを向上させている。


「う、美味ぁぁあい」


ふと口や舌がねっとりしていることに気付き、水を飲むもなかなか取れない。

不意にヘルガは添えられた野菜が視界に入り、もしかしてと口に運べぶ。野菜のシャキシャキした歯ごたえと微かな甘みが口の中をリセットしてくれる。

添えられていた野菜にはこんな意味があったのか。

不意に何かに気付いたのか、ヘルガは目をカッと大きく開きタルタルソースへ視線を移した。


「そうだ、この濃厚なたるたるをコッチのフライにも」


そう呟きながらタルタルソースを白身魚のフライへ満遍なくかけていき、再びサクリと軽い音を立てて齧りついた。


「んんんん~!!」


やはり自身の勘は間違っていなかった。

淡白な白身魚のフライにタルタルソースをかけることで酸味と濃厚さが加わり、最初に食べた味以上へと変わっていく。

更にパンもふわふわと柔らかく微かな甘みがあって普段の固い黒パンとは全く違う。

スープも細かく刻まれた野菜や甘いシャキシャキとした黄色い粒のアクセントになって、ふんわりと優しく温かい味に包まれる。

正直、メインがこれだけ素晴らしいのならパンとスープがお粗末でも致し方ないと思っていた。

だがパンもスープもメインに劣らず極上でヘルガは既に昇天しかけていた。


そして残すは、最後の一つ。

楕円形の揚げ物、もといロースカツにヘルガは迷わずフォークを突き刺した。

だがあらかじめカットされていたのかカットされた一切れを食べようとするも、再び隣の客に視線が行ってしまう。

彼はそのまま食べずに黒い液体をかけさらには黄色い果実を絞っている。


思わず真似をしてヘルガも黒いソース、とんかつソースをまんべんなくかけ。

黄色い果実、もといレモンを軽く絞り、ようやく齧りついた。


「!!」


それは白身魚の淡白な味わいやメンチカツのガツンとした旨味やエビフライのぷりぷりとした味わいとも違う。

肉厚で噛めば噛むほど肉の旨味が溢れ出てくる。

まさにこれはミックスフライの中で王者たる存在。

そして濃厚なソースが甘味と複雑な味わいを、果実が酸味を加え、より一層肉の旨味を跳ね上げている。

飲み込むのが惜しいほど味わっていたい。いつまでも噛み続けていたい欲求に揺れつつもヘルガはゆっくりと飲み込んだ。


「は、ぁあああ」


光悦に満ちた顔でヘルガは息を吐き出す。

これがミックスフライ定食なのか。

これで銅貨五枚とか実はぼったくりで本来は金貨五枚はするのではないのだろうか。

そんな思考が頭の隅をよぎるが、美味い飯の前ではそんな心配など直ぐに消えてしまう。

いまはただ、本能のままにミックスフライ定食を味わうことだとヘルガは再びミックスフライ定食と向き合い最後の一口まで味わいながら完食したのだった。




「ありがとうございましたー!」


気が付けばヘルガは店の外に出ていた。

フラフラとおぼつかない足取りで、未だミックスフライ定食の余韻に浸かっている。あんなにも美味い飯が銅貨五枚で食べれるなんて、これはとても良い店に当たったものだ。


「明日もひがわりらんちを・・・」


ジュルリと口端からこぼれる涎を拭うも、ふとヘルガの脳裏にある会話がよぎった。


「みっくすふらいていしょく?」

「あぁ、ひがわりランチの中で滅多にお目に掛かれない代物さ!アンタも運がいいな!!」


そう、あれは隣の席に座っていた冒険者が言っていた言葉。

ミックスフライ定食は日替わりランチの中で滅多にお目に掛かれない代物、だと。


「!!!」


先ほどまで夢うつつだったヘルガの顔色がサァァ、と青褪める。

あの言葉が真実なら、明日の日替わりランチはミックスフライ定食ではないということだ。

慌てて店に引き返そうと身をひるがえした瞬間、何処からともなく伸びてきた腕がヘルガの首を絞めた。


「ぐ!?」

「おい!ヘルガ!!休憩時間が終わるのにどこ行こうってんだ!」

「は、放せ!俺には確かめなければいけないことがあるんだ!!」

「馬鹿やろ!そんなの仕事終わりに行けばいいだろ!ほら戻るぞ!」


逃がさないとばかりに同僚に引きずられながら、ヘルガはあの店があった方へ手を伸ばし悲痛な声をあげた。



「ま、待ってくれ!おれの、俺のみっくすふらい定食がぁあああ」








かつて、他国の貴族や王族、平民など数多くの舌を魅了させた一人の料理人がいた。

料理人が作り出した料理の数々は誰しもが思いつかない驚きと美味で溢れていて、まさに神の手と言わんばかりの実力を持っていた。


その素晴らしさに誰しもがわが物にしようと手を伸ばす輩は多く、戦争にまでなったそうだ。

人の醜さに嘆き悲しんだ神は、その料理人を世界から隠してしまった。


どんなに人々が償い許しを乞うても、その料理人が地上に舞い戻ることはなかった。


それから幾多の月日が流れ、とある国で長年空き家であった一つの店が“OPEN”の札へと入れ替えた。


「いらっしゃいませ!ようこそ、bon-appetit《ボナペティ》へ!!」


これはとある異なる世界の料理人が美味しい物を振舞う物語。





*本日のお品書き*

・ミックスフライ定食

様々な揚げ物がセットになった一品。

品数が多いことから日替わり定食で出る確率はとても低い。

当店では白身魚のフライ、メンチカツ、エビフライ、ロースカツを提供しており、野菜はキャベツの千切りとプチトマト(地球産)になります。

お好みでソースとレモンもどうぞ。



***

最後までお読みいただきありがとうございます。

数ある小説の中からこの小説をお読み頂き、とても嬉しいです。

此方が以前、書きたいと思っていた長編を短編にまとめてみました!少しでも本作品を面白い、続きを読んでみたいと思って頂ければ嬉しいです(*ノωノ)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界の皆さま、ボナペティ! 心琅 @koko_ron

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ