チートスキル

 目を覚ますと、そこは───『生と死のはざま』だった。

 美しい花畑に、エルクが愛し、愛してくれた女神が立っていた。


『ごめんね、エルク』

「ピピーナ……やっぱり、あいつはピピーナじゃなかった」

『うん』


 声が遠い。

 それに……エルクの身体が、ない。

 エルクは意識のまま、この世界に来た。

 ピピーナは、満足そうに笑う。


『驚いたよ。まさか、あたしが置いた四つの宝石の『縁』を増幅させて、あたしそのものを『祈り』によってあっちの世界に引っ張ろうとするなんて。力の一部をあっちの世界に持っていかれちゃった』

「それが、あのピピーナ?」

『うん。あ、あたしは問題ないよ? 一部っていっても、1パーセント以下だから』

「……でも、俺は負けた」

『ううん、勝てるよ。エルクは本気を出してないから』

「そりゃ、約束だからな」

「そうだね」


 と───ここで初めて、エルクの身体が現れた。


「……俺、死んだのか?」

「うん。死んじゃった」

「そっか……みんなは?」

「生きてるよ。エマちゃんも生きてる。お友達もみんな生きてる」

「…………」

「でも……偽のあたしが、それを許さない」

「…………」

「エルク、もうわかるね?」

「俺が、やるしかないのか」

「うん」


 ピピーナは、優しく微笑んで頷いた。

 いつもの勝気な笑みとは違う、どこか悲し気な笑み。


「あたし、人間のことを見くびってた。人間って、本当にすごい」

「ピピーナ?」

「今まで、生まれてくる人間に『スキル』を与えたり、死んだ人間に『チートスキル』を与えたりしたけど……もう、そんなのいらないのかもね」

「え……」

「あたし、自分で決めたルールを、いくつも破ってる。本当なら、エルクはこの世界に呼ばず、死んじゃったらまた別の人間として転生するはずだった。でも……あたしが、呼んだ」

「…………」

「死んでほしくなかったのかも。だから───あたしはもう、ヒトの世界に干渉するの、やめようと思う」

「えっ」

「神様として、やっちゃいけないことだったの。あたし、エルクのこと好き。大好きだから……こんな風に、甘やかしちゃう」

「ピピーナ、俺も」

「言わないで」


 ピピーナは、エルクの口をそっと塞いだ。


「これが、最後」

「……ピピーナ」

「最初で最後の『チートスキル』を、エルクにあげる」

「チート、スキル?」

「うん。エルクにあげるはずだったチートスキル。これで、偽のあたしを倒して」

「…………」

「お別れだね。エルク」

「ピピーナ……」


 ピピーナは、エルクの唇にそっと口づけをした。


「ヒトの生きる世界に、神様なんていらない。エルク、エルクの世界を守って───」

「ピピーナ!! 俺、俺……お前のこと好きだ!! ずっと好きだった!! 愛して───」


 エルクの言葉が届いたのか、届かなかったのか……ピピーナは、柔らかく微笑み、涙を浮かべていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 エルクに積み重なっていた瓦礫が、一気に吹き飛んだ。


「ん?」


 ピピーナは、上空から砕け散ったガラティーン王立学園を見ていた。

 そして、エルクがゆっくり立ち上がったのを確認する。

 エルクは、ボロボロの眼帯マスクを着け、フードを被り……静かに右手をピピーナへ向けた。


「あらら、まだやるの? ね、もう───」


 ビシリと、ピピーナの身体が硬直する。

 そして、異変に気付いた。


「……あ、れ? う、動け……!?」


 ピピーナの身体が、ピクリとも動かない。

 エルクはボソッと呟いた。


「全力だ」

「……え」

「ピピーナが許してくれた。ここからは……俺の、最大最強の念動力で、相手をする」

「……きゅ、九割じゃ、なかった、の?」

「違う。九割と全力じゃ雲泥の差だ。今の俺は、女神ピピーナに手傷を負わせることができる」


 かつて、一度だけピピーナに傷を付けたことがあった。

 1パーセント以下の力しかないピピーナの偽物に、負けるわけがない。

 エルクは静かに両手を広げた。


「さぁ……これで最後だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る