平和なる世界

 念動力。

 物を動かす力。その本質は『想いの力』である。

 物よ動け、そう念じるからこそ物は動く。念動力とはそのような力。だが……その『念』の、『想い』の力を極限まで増幅したら? 

 例えば、『世界よ平和になれ』と念じ、世界が平和になったら?

 それはもう、念動力ではない。神のごとき奇跡である。


「こ、のッ!!」


 偽のピピーナは、エルクの拘束を無理やり剥す。

 確かに力が上がっている。だが、外せないほどではない。

 ピピーナは五指を開き、エルクに向かって飛んで行く。


「───……無駄だ」

「!?」


 ピピーナの動きが止まった。空中で完全に停止する。

 だが、破る。再び接近するが、また止まる。

 エルクの念動力によって、止められる。


「なに、これ……!?」

「本気だ」

「え……」

「俺の本気。俺の念動力は、ピピーナをほんの少しだけ止めることができた」

「ほんの少しだけでしょ? だったら」

「本物のピピーナを、だ。偽物のお前が抗えるような力じゃ……ない!!」


 エルクは両手をグッと握る。すると偽ピピーナは完全に動けない。

 それだけじゃない。ピピーナが貼り付けられている空間が、ビシビシと歪む。あまりの拘束力に『世界』が、『常識』が壊れつつある。

 それは、『崩壊』への一歩。世界が滅びる一歩だった。


「く、ふふ……世界、壊れちゃう、よ?」

「壊れない。俺は、この世界を守る!!」


 すると───崩壊しかけた空間が、淡い光に包まれていく。

 

「ピピーナ様ぁ!!」

「エルクくん、やってくれるね……!!」

「許さない」

「試練の域を超えています!!」


 ピアソラ、ロロファルド、リリィ、ラピュセルがエルクを狙う。

 だが───エルクはそっと呟いた。


「お前たちのスキル───『消えろ』」

「「「「!?」」」」


 四人は、ガクンと膝をついて倒れてしまう。

 ロロファルドが、愕然としていた。


「な、なんで……ち、チートスキルが、消えた!?」

「うそ、うそ……魔法、使えない!?」

「……神が、見捨てた?」

「エルクくん……なに、したの?」


 真っ蒼になったピアソラが言う。

 エルクは、四人を見て笑みを浮かべながら言う。


「お前たちのチートスキルを消した。『俺が願うこと』、『俺の祈り』、『俺の想い』を現実にする、一度きりのチートスキル。『女神が愛する平和世界ピピーナ・フォルティシモ』の力だ!!」


 そして、エルクは偽のピピーナに向かって叫ぶ。


「人が生きる世界に、神様なんて必要ない!! 必要なのはほんの少しの信仰心と、願いを糧に未来へ進む一歩だ!! ピピーナ……お前は、この世界に必要ない!!」

「言うね、クソガキが……!!」

「!!」


 エルクの念動力が爆ぜ、ピピーナが自由になる。

 ピピーナの背から翼が生え、両手の爪が伸び、顔が歪み、頭からツノが生えた。

 エルクは願う……すると、眼帯マスク、ブレード、装備関係が全て修復される。

 マスクを付け直し、フードを被り、両手のブレードを展開して左目だけでピピーナを睨む。そして、静かに両手を広げる。

 漆黒のカラス、漆黒のカカシ。そのどちらにも見える、ガラティーン王立学園最強のアサシン、『死烏スケアクロウ』がそこにいた。


「俺は、お前に負けない」

「ほざけ!!」


 ピピーナが急接近。右手の爪を躱し、ピピーナの胸にブレードを突き刺す。だが傷はすぐにふさがった。

 そのまま廻し蹴りでピピーナの側頭部を蹴るが、ピピーナには効いていない。両手の爪でエルクを引き裂こうとするが、エルクはしゃがんで回避。同時に、銃に弾丸を込め、ピピーナの顎めがけて発射。弾丸が顎を貫通するが、すぐに修復される。

 エルクはそのままブレードで喉を切り裂き、トゥ・ブレードで脇腹を突き刺す。


「効かないねぇ!!」


 ピピーナは、全ての傷を瞬時に癒した。

 確かに、効いていない。

 だったら、祈ればいい。願えばいい。


「お前は、無敵じゃない。ピピーナ本人じゃない。あいつだったら……俺なんて、瞬殺してる」

「…………」

「お前は、この世界には必要ない!!」

「……ッ!!」


 ピピーナの身体がガクンと落ちた。

 エルクは一瞬でピピーナの懐に潜り込み、両手のブレードを心臓へ突き刺す。


「ガッ……」


 吐血。

 ダメージが、回復しない。

 エルクの祈りにより、ピピーナの再生が無効化された。

 心臓が破壊され、ピピーナの生命活動が徐々に低下していく。


「……負け、ちゃった?」

「ああ。俺の勝ちだ」

「……あーあ、せっかく、こっちの、世界に……来れた、のに」

「……お前は死なない。ピピーナの元へ、帰るんだ」

「……帰って、いいの?

「ああ。帰って、ゆっくりお休み」

「ん……おや、すみ」


 ピピーナの身体が光に包まれ、消滅した。

 エルクの願い通りなら、ピピーナの元へ帰っただろう。

 そして、一度きりのチートスキルが、徐々に消えて行くのがわかった。


「……これが最後だ」


 エルクは両手を広げ、静かに祈る。

 すると───砕けた校舎が光に包まれ、ピピーナによって壊滅した国、死んだ人々、全ての負傷が癒えていく。すべてが、なかったことになる。


「……あ、あれ」


 エマの傷も、完全に回復した。

 校舎の瓦礫に潰された生徒も、全てが元に戻る。

 何もかもが癒え───エルクのチートスキルが、消えた。


「ありがとな、ピピーナ」


 残ったのは、女神ピピーナがくれた愛。その唇にわずかに残る、甘い感触だけだった。

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