ピピーナ

 学園は、やや混乱していた。

 異形の襲撃により授業は取りやめ。全校生徒は寮に待機。

 待機から、すでに二十日以上経過していた。

 エルクは、寮の談話室で、寮生たちに詰め寄られていた。


「で、何であなたが宝玉?……を持ってたの?」

「……ポセイドン校長に頼まれて」


 ヤトの質問に正直に答えた。

 そして、ガンボとフィーネ。


「あのさ、エルク……学園所属のアサシン?ってなに?」

「……その、アドラツィオーネの襲撃を阻止するために、いろいろやってました」

「お前、マジで何なんだ? アドラツィオーネと繋がってんのか?」

「それはない。俺はあいつらの敵だ」

「じゃあ、答えてくれますか?」


 監督教師のソフィアだ。

 さらに、エルウッドとニッケスも頷く。


「エルク、きみは一体何者なんだ? どうしてアドラツィオーネはキミのことを知っている?」

「……悪いエルク。オレも気になってる」

「それは……」


 エルクは俯いてしまう。すると、ソアラがエルクの隣に座り、腕を取った。


「エルクはエルク。それじゃダメなの?」

『そうだよ!! エルクはエルクなの!!』


 シルフィディも、エルクの頭の上でバタバタ暴れた。

 そして───エマ。

 エマは、エルクに言う。


「エルクさん……わたしは、何があろうとエルクさんの味方です」

「エマ……」


 エルクは、全員を見た。

 全員が、エルクの言葉を待っている。

 そして……エルクは口を開いた。


「……みんな、聞いてくれ。俺は『女神を崇めし者たちアドラツィオーネ』の神官と同じ、女神ピピーナによって生き返った人間だ」

「「「「「「……え?」」」」」」

 

 エルクは、全てを話した。

 不遇の死を遂げた人間は、女神ピピーナによってチートスキルを与えられ生き返ること。エルクはチートスキルをもらわず、長い時間をかけて『念動力』を鍛えぬいたこと。エルクと同じ生き返った者が、女神ピピーナをこの世界に呼び寄せるために『女神聖教』を立ち上げたこと。エルクは、女神ピピーナから『女神聖教』を潰すように頼まれたこと……など。

 

「マジか……」

「悪いガンボ。信じられないかもしれないけど、本当だ」

「……信じるぜ」


 ガンボはまっすぐエルクを見た。


「お前が嘘つくような奴じゃないって知ってるからな。まぁ、驚いたけどよ」

「……私も信じるわ。ヤマト国でのあなたは、あのタケル相手に一歩も引かなかったし、タケルを子供扱いしてた。あの強さ、人間じゃないわ」

「人間じゃない、は酷いな……」


 エルクは苦笑した。

 エルウッドも、ソアラも、シルフィディも、ソフィアもメリーもニッケスも、全員が信じてくれた。

 それだけで、エルクは嬉しかった。

 すると、寮のドアがノックされた。


「エルクくんは、おるかね」

「こ、校長先生!? 今開けます!!」


 ソフィアが慌ててドアを開けると、校長のポセイドンが入ってきた。

 ポセイドンは、どこか重苦しい。しかも、たった一人でここまで来た。

 椅子を勧めると、エルクに言おうとして……全員を見た。


「……まぁ、いい。いつかは知ることになる」

「校長先生?」

「……ラスター王国、シル王国、マガロ帝国、ビネア公国が、女神ピピーナを名乗る少女の襲撃を受け、壊滅した」

「「「「「「「「!?」」」」」」」」


 全員が愕然とした。

 その中でも、エルクは。


「め、女神ピピーナ……う、噓ですよね?」

「……嘘ではない。地の宝玉が奪われて数日。たった数日で、四つの国が滅んだ。間違いなく、アドラツィオーネ……いや、女神ピピーナの仕業だ」

「嘘だ!! ピピーナが、そんなことするわけがない!!」

「嘘ではない……」


 ポセイドンは、テーブルに何かを投げた。

 それは、精巧な『絵』だった。 

 スキル『投射』により撮影された、『写真』というものだ。

 エルクが写真を手に取り───青ざめた。


「……ピピーナ」


 そこに写っていたのは、間違いなく……女神ピピーナだ。

 何年、何十年、何百年以上一緒にいたのだ。エルクが間違えるわけがない。

 

「……つい先日、アドラツィオーネの本部をスカーが発見した。確認してみると……信者数千人の死体があったそうだ。エルクくん、落ち着いて聞いてくれ……中には、きみの妹君もいたそうだ」

「───ッ!!」


 兄貴、サリッサを、頼む。


「……そう、ですか」


 ロシュオとの最後の約束は……守ることができなかった。

 胸の奥が熱くなり、何かが零れ落ちそうだった。


「現在、神官長ピアソラを名乗る女と、三人の神官……リリィ・メイザース、ロロファルド、ラピュセル・ドレッドノートの三名の計四人と、女神ピピーナが、各国を襲撃している。間違いなく、このガラティン王国にもやってくる」

「…………」

「エルクくん。女神ピピーナに対抗できるのは、きみしかおらん」

「……俺に、ピピーナと戦えって? 俺の恩人、俺の師、俺の、俺の……」


 ピピーナの笑顔が、エルクの脳内をよぎる。

 ピピーナは、エルクにとって大事な人だ。

 家族であり、恋人のような存在であり、姉であり、妹であり、母である……もう、言葉では表せないくらい、長い時を過ごした。

 ピピーナは神だ。きっと、エルクを鍛えたのは気まぐれにすぎないかもれない。それでも、エルクにとってピピーナは、大事な人だ。

 そんなピピーナと、戦え?


「…………」


 エルクは、どうすればいいのかわからない。

 すると、ポセイドンは首を振り……静かに立ち上がった。


「ソフィア。剣聖として王国のために戦え」

「……は、はい!!」

「ワシはかつての仲間を招集する。全生徒は学園の守護を、ガラティン王国中の傭兵、冒険者を招集させる。かつてない戦いになる……避難できる者、戦いを望まない者は避難をさせよう」


 そう言って、ポセイドンは寮を出て行こうとし……最後に、エルクに言った。


「すまんかったの、エルクくん」


 それだけ言い、振り返らずに出て行った。

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