エレナの最後

 ぐしゃりと、何かが潰れた。

 心臓だろうか? だが再生する。

 脳が潰れた。だが再生する。

 骨が折れた。だが再生する。

 異形と化したエレナは死なない。どんなにダメージを負っても再生する。

 エルクの念動力に対抗する唯一の方法は、耐えること……ではない。

 

『グ八、ハァ、ハぁ……』

「エレナ先輩。もう、終わらせますよ……さすがに、見てられない」


 エルクは静かに両手を合わせた。

 エルクなりの慈悲なのか───……最後は、苦しまないように終わらせるようだ。


『…………』


 それを、エレナはジッと見る。

 もう抵抗はない。いつの間にか、ヤトたちもエレナを見守るだけになっていた。

 エルクの前では、エレナは絶対に勝てない。

 さらに、学園で暴れつつある異形たちも、討伐されつつある。

 エレナのような再生能力を持たない粗悪品だ。ピアソラはきっと、時間稼ぎのためだけに異形化させただけで、死んでも構わないと思っているのだろう。

 エレナは、ここで死ぬ。

 だが……目的は、達成できた。

 すると、異形化したエレナの顔だけが、元に戻る。


「エルクくん」

「……エレナ先輩」

「私たちの勝ち。もう、何をしても意味はないよ」

「どういう、意味ですか」


 右手を向けたまま、エルクは質問する。

 念動力で拘束されたエレナはピクリとも動けないが、顔だけは動いた。

 

「アドラツィオーネが集めていた四つの宝玉は、女神ピピーナ様が自らこの世界に降り立ち、安置した秘宝。つまりね、宝玉には、ピピーナ様との『縁』が結ばれている」

「えにし……?」

「そう、縁。それは、とてもとても細い『縁』だけど……間違いなく、ピピーナ様と繋がっている。その『縁』を集め、人々の祈りを捧げ、女神ピピーナ様をこの世界に顕現させる。それが私たち『女神聖教』の目的」

「……そんなこと、できるわけ」

「できるよ。そのために準備してきた。女神ピピーナ様は、必ずこの世界に現れる」

「…………」

「エルクくん。気を付けてね? きっとピアソラは、自分とピピーナ様だけの世界を創る。私も、あなたも、この世界の全ての生命も……ピアソラにとって、邪魔者にすぎない」

「ピピーナが、世界を滅ぼす? そんなわけ」

「ある。私はずっと『聖女』として祈りを捧げてきたから、なんとなくわかる。きっと、ピピーナ様は現れる。でも……それはきっと、私たちの知るピピーナ様じゃない」


 エレナは笑った。

 どこかスッキリしたような、晴れ晴れとした笑みだ。


「さよなら、エルクくん。きみに近づいたのは任務だったけど……そんなに、悪い時間でもなかったかな」

「…………」


 エルクが手をギュッと握ると、エレナは『圧縮』され影も形も残らなかった。

 その後、全ての異形が討伐され、騒ぎはひと段落した。

 エルクの持つ宝玉は、ピアソラに奪われてしまった。

 そう……アドラツィオーネに、全ての宝玉が揃った。

 ピピーナを、この世に召喚するための道具が、全て。


 ◇◇◇◇◇◇


 ピアソラは、四つの宝玉を台座に安置し、静かに祈りを捧げていた。

 アドラツィオーネ本部の地下。上階では、全ての信者たちが祈りを捧げている。

 ピアソラは、一人だけで祈りを捧げていた。


「ピピーナ様……どうか、我々の声をお聞きください」


 宝珠が淡く発光する。

 信者たちの祈りが、『念』の力に宝玉が反応している。

 そして───その『念』を増幅すべく、ピアソラは自らに宿したスキル『増幅』のレベルマックスで、祈りを増幅して宝玉に向けて放った。

 祈りは届く、願いは叶う。

 そして───宝玉の全てに亀裂が入ると、眩い光を地下室が包み込む。


「あぁぁ───……」


 届いた。

 祈りは、届いたのだ。

 ピアソラは、両手を組んで頭を垂れる。

 光が収まり、現れたのは───……一人の、女神。


「ハァァ……」


 キラキラした少女だった。

 背中に翼が生え、頭には光る輪が浮かんでいる。

 少女は、ふわりと浮き上がる……そして、ピアソラの前で止まった。


「きみが、私を呼んだのかな?」

「は、はい!! ピピーナ様、私は」

「ピアソラちゃん、だよね」

「は、はいぃぃ」


 歓喜。

 名前を呼んでもらっただけで、ピアソラは震えあがった。

 腰が抜けてしまい、立てない。

 喜びで腰を抜かすなんて、初めての経験だった。


「くんくん、これが匂い。ペロッ……これが味覚。不思議な感じ」

「ぴ、ピピーナ様ぁ」

「ね、お腹減った。それと───……」


 ピピーナは、可愛らしく微笑んだ。


「ピアソラちゃん、きみは私に、何を願うのかな?」

「この世界の浄化を。わたしと、あなただけの世界を」

「いいよー? ふふ、わたし、神様だし……わたしを呼んだお礼に、叶えてあげる」


 こうして、女神ピピーナが現れた。

 生と死の世界の管理者。創造神。始まりにして終わり。

 チートスキルを授けし神が、動きだす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る