全員、守るだけ

 エルクが『地の宝玉』を投げる、数分前。

 商業科棟にあるエマ、ニッケスのクラスに、『女神を崇めし者たちアドラツィオーネ』の構成員と、幹部のヒナギク、アザゼルが現れた。

 いきなり、何の前触れもなく……《いきなり現れた》のである。

 さすがの教師たちも、学園内を護衛している騎士や傭兵たちも、何の前触れもない《出現》に対処できず、生徒はあっさり人質に取られた。

 商業科の教室内で身動きできず、ニッケスは歯を食いしばる。


「ちくしょう、マジでどうなってんだよ……」


 答えを返す者はいない。

 この商業科が乗っ取られたということは、スキル学科も同じだろう。

 ニッケスは、妹のメリーの無事を願う。

 すると、幹部のアザゼルがパンパンと手を叩いた。


「えー、人質の皆さんに言っておくよ。ぼくら、この学園にある『秘宝』を手に入れたら帰るからさ、変な真似しないで大人しくしててよ。ちゃ~んと帰れるからさ」

「「「「「…………」」」」」」

「あっはっは。怖いよねぇ。スキル学科の連中みたいに戦ったことのない、おぼっちゃんたちだし」


 アザゼルは馬鹿にしたように笑う。

 『役立たずスキル』だと、『使えない』と捨てられた子供たち……路地裏に捨てられ、生きることに精一杯だった子供たちを集め組織した『暴王アザゼル』のリーダー、アザゼルは、貴族を、裕福な子供を心の底で憎んでいた。

 

「戦うスキル、商いのスキル、守るスキルに癒すスキル。スキル、スキルスキル……この世は、スキルに支配されている」


 アザゼルは語る。

 生徒たちは、怯えつつも聞いていた。


「反吐が出る。スキルなんてなければいいのに……ねぇ?」

「ひっ」


 女生徒の一人を睨む。女生徒は恐怖でガタガタ震えだす……アザゼルの殺気が強くなり、指をコキコキ鳴らして近くにいた教師に向ける。


「『ここから、飛び降りろ』」

「『はい』……え!?」


 教師は窓までゆっくり歩き、窓を開けた。


「な、なんだ!? なんで、おい!?」

「バイバーイ」

「う、わぁぁぁぁぁぁ───……」


 教師は窓から落ち、地面に叩き付けられた。

 スキル『命令オーダー』のレベル50……自分よりスキルレベルの低い相手に命令することができる。どんな命令でも、アザゼルには逆らえない。

 アザゼルは、クスクス笑う。


「ああ、楽しくなってきた……」


 すると、教室のドアが開き……ヒナギクが入ってきた。


「遊びはそこまでにしとき」

「ああ、ヒナギクさん。悪い悪い」

「全く。殺すつもりがないなんて言っといて、残酷な坊やだこと」

「あはは。まぁいいじゃん……ん?」

「!」


 アザゼルの視線が、エマに向いた。

 興味深そうにエマに近づき、顔を寄せる。


「きみ、確か……『死烏スケアクロウ』の傍にいた子だね」

「……っ」

「ふぅん……『立て』」

「ひっ」

  

 エマは立ち上がった。

 アザゼルが、エマの顎をくいっと持ち上げる。


「きみを壊したら、『死烏』はどんな顔するかな?」

「やめなさい!! 神官たちも言ってたでしょう? 『死烏』には関わるなって。最優先は『地の宝玉』を手に入れることだって!!」

「だよね。でも……少しくらい、いいだろ?」


 アザゼルの手が、エマに伸びる。

 エマは目を閉じ、叫ぶように祈った。


 ───……エルクさん!!


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


「───……はい、そこで『念』を広げる!!」

「……広げる」

「はいダメー」

「うおぉぉあぁぁぁぁっ!?」


 地面が爆発し、エルクは吹き飛ばされた。

 ピピーナとの修行時代。『念動力』の使い方を学んでいた。

 ピピーナ曰く、『念動力』は『念』で『動かす』ことができる『力』である。つまり、『念』の時点で力は発生しているのだ。


「その『念』を波のように広げて、地形全体を把握するの。念に触れた物は、形がわかるでしょ? 人であったり、物であったり、魔獣であったり……その念を広げて周囲を把握する、これを覚えること」

「まじで? できる気しないんだけど」

「ま、すぐにはできないわよ。ざっと二百年くらい、他の修行と合わせてやるからね」

「えー……」

「合格ラインは、半径二十キロね」

「無理!!」


 結局、エルクが『範囲把握』を習得したのは、二百三十年後だった。


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


「ふふ、大人しく渡せば───……」


 エルクは『地の宝玉』を投げた瞬間、全力で『範囲把握』を使用。

 一気に広がるエルクの『念』は、約半秒で学園全体を覆う。エルクの脳内に学園内の地形が『波』の形で形成されていく。建物、ヒトの形が形成される。

 

「……っ」


 鼻血が出た。集中しすぎて血管が切れそうだ。

 エレナが手を伸ばし、地の宝玉をキャッチしようとする。


「───……ッ!! 見えた」


 そして───宝玉が空中でピタっと止まった。

 エルクが両手を合わせた瞬間、エレナの動きが止まる。

 エレナだけじゃない。学園内にいるアドラツィオーネの構成員も、また止まる。


「……ッ!?」

「はぁ、はぁ、はぁ……把握、完了。全員、拘束……っ」

「な、なんで……」

「へへ……『念』を広げて、どこに誰がいるか調べたんだ。商業科校舎にいるアドラツィオーネの連中は、全員『停止』させた。かなりしんどかったけどな!!」

「……!?」

「さて……エレナ先輩、覚悟はできてるよな?」


 エルクの右手にあるブレードが展開する。

 このまま、心臓を一突きすればそれで終わる───……。


「ほいっと」

「……え?」

「これが地の宝玉かぁ。綺麗だねぇ」


 現れたのは、女だった。

 綺麗な女だった。無邪気そうな、天真爛漫そうな、子供のような笑みを浮かべた女。

 女の名はピアソラ。女神聖教の神官長。

 ピアソラがいきなり現れ、エルクの手にあった『地の宝玉』を奪い取った。


「エレナ、あとはよろしくね」

「ぴ、ぴあそ、ラ……」

「強いチカラ、あげるね……えいっ」

「あ、ガガガ、がががががっ!!」


 ピアソラがエレナに触れた瞬間、エレナの身体に鱗が生え、翼が生え、牙が伸び、髪が全て抜け落ち、慎重が四メートルほどに伸びた。まるで、二足歩行のドラゴンだ。

 エレナだけじゃない。商業科の教室の壁が爆発し、同じようなドラゴンもどきが大量に現れた。


「これが手に入れば、もう私たちの役目はほぼ終わり。エルクくん、きみの役目も終わりだよ」

「お、お前……何をした!!」

「スキル『獣化』……知性のない獣にしただけ。ふふ、時間稼ぎかな? アザゼルもヒナギクももういらない。アザゼル……あの子、わたしを殺してアドラツィオーネのボスになろうって計画してたみたいだけど、そんなの無理なんだよねぇ」


 ドラゴンの一体が大暴れしながらピアソラの元へ。


『キサマァァァァァァァーーーーーーッ!!』

「アザゼルぅ……ばいばーいっ」


 ピアソラが指を鳴らすと、アザゼルだったドラゴンは爆散した。

 ピアソラは、地の宝玉を弄びながら笑う。


「エルクくん。次、会う時は……きみが死ぬとき、だよ?」

「お前っ!!」

「ばははーいっ」


 ピアソラがモヤに包まれた瞬間、すでにその場にはいなかった。


『ギャァァァァーッゥ!!』

「くっ……」


 学園内に、アドラツィオーネの構成員が変化したドラゴンもどきが、大量に現れた。

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