死烏

 ガラティーン王立学園に、十五人の侵入者がいた。

 アドラツィオーネの構成員。元は『プルミエール騎士団』に所属していた隠密部隊。

 女神ピピーナが安置したと言われる、『地の宝玉』がガラティーン王立学園に運ばれたとの情報を手に入れ、アドラツィオーネが隠密部隊を派遣したのである。

 アドラツィオーネ隠密部隊隊長、元アサシンの青年マドマは、隊員たちの頭に直接語り掛ける。


『宝玉の安置所へ向かう』


 宝玉の安置所は、『マッピング』スキルを持つ部下が、学園内の詳細な地図を作成し、事前に調べている。現在は24時間体制で監視をしている状態だが、隠密部隊には何の障害にもならない。なぜなら、隠密部隊は状況により、暗殺部隊にもなるからだ。邪魔する人間は、始末すればいい。

 マドマは、部下の一人にスキルを使うよう命じる。

 使うスキルは『消音』……音を消すスキル。

 部下がスキルを使うと、足音、呼吸、心音が消えた。

 十五人の位置は、『マッピング』のスキルを持つ部下が常に把握し、マドマに知らせている。

 マドマは、部下の一人に命じた。


『先行しろ』


 いつもは、最も隠密に長けた部下に先行させ様子を見ながら進む。

 現在時刻は深夜。学園内は警備の兵士だけで、学生たちは眠っている。

 部下に先行させ、様子を見つつ進めばいい。


『……どうした、先行「おい」


 マドマはギョッとして振り返った。

 そこにいたのは、漆黒のローブを着た少年。

 右手に隠しブレードが伸び、血に濡れている。

 少年の足元には、部下が十名以上転がっていた。

 全員、心臓を一突きされていた。


「な……」

「『女神を崇めし者たちアドラツィオーネ』の隠密部隊か」


 ギロリと、左目しか見えない顔が静かに伏せられる。

 マドマは即決した。

 間違いなく、目の前にいるのは『八人目』、『裏切りの神官』だ。

 『死烏スケアクロウ』エルクは、静かに両手を広げた。

 月を背に両手を広げ、月光が漆黒を際立たせる。まるで、月夜に羽ばたくカラス。黒いカカシだ。

 マドマは余計な会話を一切せず、腰からナイフを抜いてエルクに襲い掛かる。

 スキル『短剣技』───レベルは、45だ。間違いなく達人レベル。


「シャァッ!!───あ、っ!?」


 だが、ナイフがエルクの頸動脈を切り裂く前に、動きがピタッと止まる。

 エルクは右手の指をくいッと動かしただけ。それだけで、動けなくなった。

 スキル『念動力』───ロロファルドは『得体の知れないスキル』と言っていた。

 

「これで七回目の襲撃だ。アドラツィオーネ、よっぽどピピーナの宝玉が欲しいんだな」

「っ、っ……」


 マドマは動けない。

 エルクがマドマの顔をペシペシ叩く。


「最初は、二人残して始末した。次は一人、その次も一人……メッセンジャーとしてな。でも、来るのはお前たちみたいな雑魚だけ。なぁ、神官たちは何やってるんだ?」

「……っぷは、き、貴様」

「質問に答えろ。アドラツィオーネの本拠地は?」

「…………」

「……お前も駄目かぁ。はぁ~……どうしてこう、腰抜けなのかねぇ」

「腰抜け、だと」

「ああ。俺と戦えば死ぬってわかってるからだ。だから出てこれない。だからこうやって、お前みたいな連中を送り込むことしかできない」

「腰抜けではない!!」

「もういいよ」


 エルクは廻し蹴りで、マドマの喉を切り裂いた。

 爪先からトゥ・ブレードが飛び出していた。


「か、か……」

「悪いけど、俺はもう容赦しない。情けをかけて、大事なものに手を出されるくらいなら……俺はどこまでも非情なアサシンになるよ」


 マドマの意識が消えていく。

 最後に見たのは、漆黒のカラス───だった気がした。


 ◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇


 アドラツィオーネの本部会議室。

 ここに、五人の神官と一人の少年、一人の美女、一人の老人が集まっていた。

 五人は、元『女神聖教』の神官。


『永遠』のピアソラ。

『虚無』のロロファルド。

『聖典泰星』のリリィ・メイザース。

『聖女』のエレナ。

『愛教徒』のラピュセル・ドレッドノート。


 一人の少年は、元S級危険組織『暴王』のリーダー、アザゼル。

 一人の美女は、元S級危険組織『夜祭遊女』のヒナギク。

 一人の老人は、元S級危険組織『プルミエール騎士団』のバロッコ。

 

 ピアソラは、大きなため息を吐いて言った。


「え~……またしても、『地の宝玉』奪還に失敗しましたぁ。はぁ~あ……今回の部隊、かなり強化して送り込んだのに、ぜ~んぜんエルクに敵わなかったよぉ」

「あはははは」


 アザゼルが笑った。

 そもそも、雑魚をいくら鍛えたところで雑魚。奪還なんて不可能だとアザゼルは思っていた。

 アザゼルは、ピアソラに言う。


「で、次はどうするの? ぼくらの誰かがエルクを倒す?」

「……無理、でしょうね」


 ラピュセル・ドレッドノートが両手を組み、祈るように言う。


「あれはもう、バケモノです。まさか、タケルが敗北するなんて思いませんでした」

「だよねぇ……」


 ロロファルドも、ナイフをクルクル回しながらため息を吐いた。

 そして、鉄の義手をはめたエレナが言う。


「無理にエルクくんを倒す必要はないわ。『地の宝玉』さえ手に入れればいい」

「どうやって?」


 リリィ・メイザースが首を傾げると、エレナはニヤリと笑う。

 エルクに右手首を切断されて以来、エレナは激しくエルクを憎んでいた。


「大事なものを、奪えばいい……例えば───エルクくんのオトモダチ、とか」

「……あのさぁ、それでタケルがどうなったか知らないの?」


 ロロファルドがジト目で睨むが、エレナは首を振る。


「タケルは馬鹿だった。せっかく、エルクくんの弱点を教えてあげたのに、馬鹿みたいに真正面から戦って死んだ。私はそんな真似をしない。やるなら、絶対的な安全圏から」

「……失敗したら死ぬよ」

「死なないわ。ねぇピアソラ、私に任せてくれないかしら」

「ん、いいよ」

「ありがとう。リリィ、ラピュセル、それと……アザゼルとヒナギク。あなたたちにも手伝ってもらうわ」


 こうして、エレナの作戦が決まり───『地の宝玉』奪還作戦が開始された。

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