さよなら、カヤ

 城下町を出たエルクたちは、ヤトの案内で東に進んでいた。

 港から反対方向。到着したのは、今はもう誰もいない廃村だった。

 ヤトは、廃村の入口から寂れた村を眺めつつ言う。


「カヤの故郷よ。以前、聞いたことがあるの……」

「……ここが?」

「ええ。カヤの村は、追剥の村だった。粛清されて潰れたの……カヤは独学でアサシン養成所に入り、御庭番衆になったそうよ」

「そうなんですか……」


 風が吹き、エルク、ヤト、ソフィアの髪が揺れる。

 ソフィアは、ヤトに言った。


「カヤさんを、ここに埋葬するんですね」

「ええ。追剝の村だったけど、カヤはここで生まれた。故郷の土の下で、眠らせてあげましょう」

「そうだな……」


 村の外れに、墓地があった。

 雑草が伸び、荒れている。

 エルクは両手を地面に向け、指を細かく動かすと……雑草が抜け、宙に浮き、一か所に集まった。

 ついでに、ソフィアが周囲の木を伐採、加工。エルクが念動力で地面に突き刺し、周囲を覆う柵を作る。村外れに巨大な岩があったので、念動力で浮かべ運ぶ。

 ソフィアが一瞬で岩を切り、墓石にした。

 地面に深く穴を掘り、毛布に包んだカヤの遺体を埋める。

 そして、墓石を置き、花を添え、アイテムボックスに入れていた団子を添えた。


「…………」

「…………」

「…………私は、入口で待っています」


 ソフィアは、墓地から早々に立ち去った。

 涙を見せるつもりはないのだろう。ヤトとエルクは黙り込み、墓石を見つめていた。

 そして、エルクは言う。


「カヤ……ヤトは守ったぞ。クラスメイトの……同じ寮の……友達の、約束を守った」

「…………」

「短い間だったけど、お前に会えてよかった。ありがとう」


 エルクは胸に手を当て、黙祷した。

 しばらく黙っていると、ヤトが言う。


「カヤ、あなたに会えてよかった」

「…………」

「あなたは私の従者になりたい、なんて言ったけど……私は、そうは思わなかった。私はね、ヤマト人の友達ができて、嬉しかったのよ……」

「…………」

「ありがとう、カヤ。どうか……安らかに」


 エルクがヤトを見ると……ヤトは、静かに涙を流していた。

 ヤトはエルクを見てそっと涙を拭う。だが、エルクはヤトをそっと肩に抱いた。

 

「……う、っ」

「…………」


 ヤトはエルクの肩に顔を埋め、肩を震わせた。

 そして、エルクは───右手を近くの藪へ向け、開いた手をグッと握る。


「はぅっ!?」


 グシャッ!! と、心臓が握り潰される音が響く。

 『砕けた心ブレイクハート』による内臓破壊で藪から転がったのは、アサシン衣装を着た男。

 エルクは、泣くヤトの耳を念動力で優しく塞ぐ。

 同時に、藪から十人以上の武士、アサシンが出て来た。


「悪いが、死んでもらうぜ……このまま国を出ていかれちゃ、武士の名が廃る」

「……」


 ヤマト国、最強の武士。最強のアサシン。

 《七刀》と《七忍》……恐らく、ビャクヤの命令を受けて来たのだろう。

 エルクは、一言だけ呟いた。


「───『ジエンド』」


 エルクを中心に放射状に《念》が広がった。

 《念》に触れた生物に、エルクの念動力が作用する。肉体を《念》が砕き、ねじる。バキバキベキベキと骨が砕け、肉が潰れ、血が噴き出す。人間だけではない。鳥、小動物、虫などの生物も同様だった。

 エルクを中心に放たれる問答無用の死。

 ピピーナが命名した技の一つ。防御不能、無差別の攻撃。

 その名も、『ジエンド』 


「今は……静かにしてくれ」


 エルクはそう呟き、名乗ることも、能力を使うこともできなかったヤマト国最強の武士、アサシンたちの死体を念動力で浮かべ、一か所に集め適当な山奥へ飛ばした。

 そして、泣き止んだヤトが顔を上げる……塞いだ耳は、もう聞こえていた。


「……ごめん。肩、ありがとう」

「ああ」

「うん。もう大丈夫……行きましょう」

「ああ」


 ヤトが歩きだし、墓地を出た。

 エルクも歩きだし……墓地の前で立ち止まり、振り返る。

 カヤの墓に向かって、小さく呟いた。


「また来る。お前の好きだった、団子を持ってな……またな」


 軽く手を振り、エルクは墓地をあとにした。


 ◇◇◇◇◇


 港まで戻り、宿屋へ入った。

 出航は明日。明日……ガラティン王国へ向かって帰る。

 行きは四人だったが、帰りは三人。船長のエイヴォルはエルクたち三人を見て、カヤの姿がないことを聞こうとしたが……エルクたちの表情を確認し、何かを察したのか何も言わなかった。

 宿屋で、カヤは言う。


「カヤの死は、みんなに黙ってて欲しいの」

「……ヤトさん」

「ソフィア先生、これを」

「これは……」


 ヤトは、ソフィアに一通の書状を渡す。

 それを確認したソフィアは驚いた。


「……退学届、ですか」

「はい。ヤマト国に向かうと決めた時から、カヤは覚悟をしていました。自分が死んだら退学届を出して欲しいと。理由は、家業を継ぐために辞めたということにしてくれ、と……」

「……」


 退学理由の欄に、「家業を継ぐため」と書かれていた。

 ソフィアはそっと目元をぬぐう。


「きっと、学園の友達に心配をかけたくなかったんでしょうね」

「カヤは元々、アサシンになるため修行をしていました。でも……裏稼業では非情になりきれず、アサシンではなく御庭番衆の道を辿ったようです」

「カヤらしいな」

「それと……エルク、これはあなたに」

「……え」


 ヤトが渡したのは、小さな箱だった。

 箱を開けると、一通の手紙と二本のブレードが入っていた。


「餞別だそうよ。あなたに渡そうとしていたみたい」

「…………」


 手紙を開き、読んでみた。


「……『トゥ・ブレード。足技を使うあなたにピッタリ。私は使わないから、あなたにあげる。それと……アサシンなら、あまり目立たないようにしなさいね。お節介なクラスメイトより』」


 トゥ・ブレード。

 ブーツに仕込むアサシン専用のブレードだ。爪先から刃が飛びだす暗器の一つ。

 カヤからの、最後のプレゼントだった。

 エルクは顔を押さえ、静かに涙を流す。

 ここでようやく理解が追いついた……もう、カヤはいない。

 カヤは、死んだのだ。


「……だから、俺はアサシンじゃ……ないっての」

「「…………」」


 ヤトも涙を流し、ソフィアも口元を押さえた。

 こうして、ヤマト国での戦いは終わった。

 『火の宝玉』はすでにアドラツィオーネの手に渡った。

 エルクは弟のロシュオと決着をつけ、仲間のカヤを失った。

 

 それでも、『女神を崇めし者たちアドラツィオーネ』との闘いは、終わらない。

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