女神聖教七天使徒『飛天皇武』タケル・クサナギ③/慢心
櫛灘家より以前、ヤマト国を統治していたのは草薙家だった。
一家一国。一つの家が、国を支配する。
その体制に疑問を持ったヤマト国の武家たちは立ち上がり、草薙家を討伐……一家一国の統治は崩れた。
そして、新たな体制となったのが『七武一国』で、ヤマト国で最も力のある七つの武家が『ヤマト国政府』を設立。国を運営するというものである。
その七武家で最も力を持つのが、櫛灘家。
櫛灘家がヤマト国政府を掌握し、再び一家一国の体制となるのに時間はいらなかった。
そして、七武家の誰もが気付かない。
櫛灘家は、草薙家の忠臣であるということを。
草薙家最後の当主、草薙タケル。
ヤマト国の武家たちに追われ、隠里で細々と生活していた生き残りの子供。
櫛灘家が見つけ、時が来るまで力を蓄えていた存在。
だが……タケルは、秘密理に草薙家を調査していた政府のアサシンに殺された。
そして、生き返った。
無念を胸に彷徨う魂が、女神ピピーナに救われたのである。
タケルはピピーナから『チートスキル』を与えられた。
元々持っていたのが『剣技』と『見切り』のスキル。
剣技は鍛えぬけばいい。見切りも鍛え抜けばいい。
だが、身体はそうはいかない。だからこそ、『絶対無敵』のチートスキルをもらった。
どんな『攻撃』も、タケルは無効化する。
タケルとて人間、避けられない攻撃もあるかもしれない。だったら、無敵の身体があればいい。単純明快だが、強かった。
スキルのレベルは、女神聖教の神官長ピアソラが上げてくれた。
タケルと同じ、女神ピピーナに救われた七人の使徒。
タケルは、神官『飛天皇武』タケルとして、女神聖教として戦った。
そして、出会った。
裏切り者。『八人目』の神官、『
強者。そして、暗殺者。
タケルは意識をしていないが、無意識のうちに自分を殺した
ヤマト国のアサシン制度を撤廃する。そこまで考えていた。
ヤマト国に戻り、タケルは国主となった。
櫛灘家が手をまわしたおかげで、タケルが、草薙家が国主となることに意を唱える者はいない……いや、多少はいたが、刀で細切れにしたら黙り込んだ。
国を手に入れ、力を手に入れた。
あとは、タケルが強者となり、女神聖教と共に世界を支配する。
最高の目的、最高の人生だ。
タケルの目の前には、漆黒のロングコートに黒い眼帯マスクを被る『死烏』がいる。
態勢を引くし、今まさに襲い掛かろうとしている。
タケルは叫んだ。
「来い、エルク!! 我が剣の錆にしてくれよう!!」
人生最高の戦い───タケルは、喜びに笑みが止まらなかった。
◇◇◇◇◇◇
エルクは態勢を低くして走り出し、両手をタケルへ向けた。
「は、念動力か!! 心臓を破壊するか? 内臓を潰すか? 血流を逆流させるか? やってみろ、オレの『絶対無敵』は、あらゆる攻撃を無効化する!!」
「ああ、知ってる」
エルクが念動力を発動させると、タケルの身体が浮き上がった。
ふわりと、優しく、割れ物を扱うような……慈愛に満ちた念動力だ。
「……?」
「お前の『絶対無敵』は、『攻撃を無効化』するんだよな」
「…………」
「逆に言えば、攻撃以外は無効化できない。念動力で持ち上げたり、移動させたりするのはできる。だったら……これはどうだ?」
「なっ……」
くるくる、くるくる……と、タケルの身体が縦回転を始めた。
くるくる、くるくる……ゆっくり回転し始めたが、やがて速度が増し、風を切る音が豪快になり、ギュィィィィィィィン!! と、触れたらミンチになりそうな勢いで回転を始めた。
「───、───、───!!」
何かを言っているようだが聞こえない。
エルクは五分ほどタケルを回転させ、急激に回転をビタッと止めた。
「うぼぉろぉぉぉぇぇぇぇぇ……」
タケルは、盛大に嘔吐した。
目が真っ赤に染まり、顔色は真っ青。急激に停止したことで血管が切れたのか、鼻血がボタボタと畳の上を汚す。
「攻撃じゃない。ただ『回転させた』だけ。わかるか? お前を倒す方法なんて、心臓を破壊するとか、内臓を握り潰す以外でもできるんだよ」
「ぅあ……き、ぎざ、ま」
「慢心したな。それと、お前の敗因はもう一つ」
エルクは両手をパシンと合わせ、右腕を全力で頭上に掲げた。
「ぬ、ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ───ッ!?」
タケルは天井を突き破り、音速を超えた勢いで上空へ飛んでいく。
急激な気温の変化が『攻撃』と判断された。音速を超えた勢いが『攻撃』と判断された。宇宙空間に出たことで呼吸ができず『攻撃』と判断された。太陽の熱が『攻撃』と判断された。
タケルは宇宙空間、そして太陽に激突して止まった。
「アァァァァァッ、ァァァァァァ───ッ!!」
声が出ない。
『絶対無敵』でダメージはない。だが宇宙空間から戻る手段がない。
『絶対無敵』はオートで発動する。解除ができない。
食事を取ることができないことが『攻撃』と判断された。睡眠できない環境に晒されたことが『攻撃』と判断された。この状況全てが『攻撃』と判断された。
タケルは、寿命を迎えるまで太陽の中で過ごすことを余儀なくされた。
地上にいるエルクは、太陽を見上げて呟いた。
「死ぬまでそこにいるんだな。自分を無敵と勘違いした、憐れな剣士」
◇◇◇◇◇◇
戦いが終わった。
櫛灘家のビャクヤ、ユウヒ、ヒノワを拘束し、ヤトは刀の切っ先をビャクヤへ向ける。
「アドラツィオーネからの脱退を。どうせ『火の宝玉』は戻ってこないし、それくらいはやりなさい。それと……報復に来たら、どうなるかわかるわよね?」
「……従うよ。敗者であるボクたちに選択肢はない」
「先生、それでいいですか?」
「はい。今回の件は全てガラティン王国と周辺国に伝えます。ヤマト国への渡航禁止と、全ての取引の中止はあるでしょう。しばらく、ヤマト国は大変なことになるでしょうね」
「混乱を収めなさい。それが櫛灘家がやる最優先事項……もし、アドラツィオーネと再び繋がるようなことがあれば」
ヤトがエルクを見る。
エルクは念動力でタケルが持っていた刀を粉々に砕く。
ビャクヤは、飄々としていた。
「サクヤ、ボクらが憎くないのかい? 式場家の人間を皆殺しにし、火の宝玉をアドラツィオーネに渡し、きみの従者を殺したボクらを殺したくならないのかい?」
「やめておきなさい。それ以上言うと、あたしじゃなくてエルクが我慢できない」
エルクはビャクヤを睨んでいた。
ソフィアも、止めるつもりはなさそうだった。
ヤトは続ける。
「それと、あたしはサクヤじゃない。式場家のヤトよ。あんたらを殺さないのは、最後の情け」
「お、お姉ちゃん」
「黙りなさい───殺したいのを押さえるのも、かなり苦労するのよ」
「ひっ」
ヤトは、妹のヒノワに殺気を浴びせた。
エルクもソフィアも気付いた。ヤトは、この城に入る前と今で、かなり強くなっている。
四肢を失った櫛灘家は、刀士としては終わりだろう。武士にとって最大級の罰ともいえる。
ヤトは刀を納め、振り返った。
「エルク、先生……帰りましょう。もう、ここに用はありません」
「……はい。ヤマト国の皆さん、くれぐれも約束は忘れぬよう」
ヤト、ソフィアが天守閣から出て行った。
エルクは、櫛灘家の三人を見て言う。
「何度でも言う。もし、またアドラツィオーネに与したら……『
「……アドラツィオーネ。いや、女神聖教は女神ピピーナを信奉する団体だろう。きみは女神ピピーナの力で蘇ったはず。どうして、女神聖教に属しない?」
ビャクヤは、精一杯の勇気を振り絞って質問した。
エルクは答えた。
「ピピーナは、俺に『自由に生きろ』って言った。女神聖教がやってることをピピーナは望んでいない。だからぶっ壊す。それだけだ」
そう言って、エルクは踵を返した。
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