ヤマト国へ到着

「よ、ほ、はいよっと」


 エルクは、甲板の手すりに腰かけ、海に向かって両手を向けて腕を動かしていた。

 エルクが腕を振ると、海中から魚が飛び出し甲板の水槽へ飛び込んでいく。

 右手、左手と交互に動かすだけで、魚が海から飛び出していく……もちろん、念動力によるものだ。魚釣りならぬ念動力釣り。

 視認した魚を念動力で捕らえるだけの、簡単な作業。

 だが……海の男たちからすれば、エルクの魚獲りは大したものだった。


「「「「「おぉぉ~!!」」」」」

「こんな感じでいいですか? 足りないならまだいけますけど」

「いやいや十分!! っはは、驚いた。スキル『フィッシャーマン』で魚を釣る連中は多くいるけど、まさか念動力で持ち上げるとは」


 エイヴォルは感心していた。

 水槽には、大小さまざまな魚が二十以上いる。当然だが、魚は船員の食事になる。

 エイヴォルは、懐から紙幣を取り出しエルクへ。


「さ、この金で魚を買い取ろう。ヤマト国での小遣いにするといい」

「え!? いやいや、いらないですよ」

「駄目だ」


 エイヴォルは、真剣に、真っすぐな眼でエルクを見た。

 

「海の男は施しを嫌う。それに、これはきみが働いたことによる正当な報酬だ。受け取れないのなら、我々もこの魚を受け取ることはしない」

「で、でも……俺、釣りをしている船員さんのを見て、勝手にやっただけで」


 エルクは、船員が釣りをしているのを見て、念動力なら簡単に獲れると思いやっただけだ。いつのまにか周りに人だかりができて、大きな水槽まで用意されたので悪乗りしただけ。

 エイヴォルは、エルクの肩をポンと叩く。


「もらってくれ。それに、報酬をもらうことを全員が望んでいる」

「…………」


 船員たちがエルクを見てウンウン頷いている。

 エルクは折れ、エイヴォルの報酬をもらいアイテムボックスの財布に入れた。


「よし!! 野郎ども、この魚を厨房へ運べ!!」

「「「「「オイッス!!」」」」」


 屈強な男たちが、水槽を担いで船内へ。

 エイヴォルもニカッと笑い、後に続いた。

 すると、ソフィア、ヤト、カヤの三人が来た。どうやら遠くから見ていたらしい。


「あの、ソフィア先生……これ」

「もらっておきなさい。さっきも言いましたけど、それはエルクくんが働いて得た、正当な報酬です」

「働いたというか、遊んだというか……ね」


 ヤトがクスっと笑っていたので、エルクは無言の抗議をする。

 ソフィアは、海を眺めつつ言った。


「それにしても……運がいいですね。モンスターベルトに入ったはずなのに、海獣が現れません」

「ああ、それならたぶん大丈夫です」

「え?」

「俺の念動力でフィールドを張りました。この船を中心に、半径100メートルくらいは大きな魔獣は近づけないと思います。網状にして張ったんで、小さい魚とかなら通れると思いますけど」

「…………そ、そうですか」


 ピピーナが命名した念動力の技。

 『念』による力で事象を拒絶する壁を張る『絶対拒絶障壁アイギス・パラスアテナ』だ。この守りを破ったのは、現在のところピピーナだけ。

 ソフィアは、改めて思う。


「先生、ヤマト国でお土産買えますかね?」


 エルク。

 あまりにも、底が知れない。

 スキルは『念動力』だと言うが、それはまずありえない。そもそも、念動力にフィールドを張るような効果はない。だがエルクは張っている。『スキルは念動力です』なんて、子供ですら信じない噓だが、本人は嘘をついている様子はない。

 意味不明な生徒だが、悪人ではない。


「アイテムボックスに空きがあるなら、港で少し買い物しましょうか。ヤマト国首都の『クシナダ』で、仕事が終わったら少しゆっくりもできますよ」

「やった! な、カヤ、いい店あるか?」

「ええ。特産品や美味しいお茶屋さんなら知ってるわ」

「ん~楽しみになってきた。な、ヤト」

「あなた、やっぱり子供ね」

「う、うるさいな。別にいいだろ」


 エルクの言う通り……船は魔獣に遭遇することなく、ヤマト国港へ到着した。


 ◇◇◇◇◇


 船は、無事にヤマト国の港へ到着した。

 船員は積み荷を降ろしたり、船の整備や点検、新たに荷を積む作業を始める。何人かはエルクたちに「頑張れよ」と激励をしてくれた。

 エイヴォルは、ソフィアに言う。


「最長で二週間滞在する。それまでに戻ってくるように頼むぜ?」

「ええ。不測の事態が起きない限り、一週間以内には戻ってこれるわ」

「ああ、それじゃあ気を付けて───……気付いていると思うが、油断するな」

「ええ」


 最後の一言だけ、聞こえないくらいの声量だった。

 エルクは首を傾げたが、ヤトとカヤはすでに気付いている。

 当然、ソフィアも。

 エイヴォルはエルクを見て、にっこり笑う。


「頑張れよ、エルクくん。決して油断しないように」

「はい、ありがとうございます……」


 と、エルクも気付いた。

 エイヴォルは軽く手を振って船へ戻る。ソフィアは、エルクたちに言った。


「まず、お昼を食べましょうか。その後、ヤマト国首都『クシナダ』へ向かいます」

「「はい」」

「あのー……」

「カヤさん、この港で食事ができる場所はありますか?」

「はい。漁師食堂があります。この時間帯でしたら、ほとんど誰もいないでしょう……案内します」


 カヤが先頭で歩きだす。

 ヤトが続き、ソフィアはエルクの肩をポンと叩いた。


「話は後で」

「……わかりました」


 向かったのは、港から少し離れた宿場。この辺りには飲食店が多い。

 エルクは、建物がガラティン王国とは違うことに気付いた。


「木造が多いな。それに、住人たちの着てる服も、独特だ……」

「ヤマト国の衣装、着物よ」

「きもの……なんか、歩きにくそうだな。ズボン履かないのか?」

「あれは袴。海を超えた島国だもの、文化が違うのは当たり前……いちいち聞かないで、順応なさい」

「はいはーい」


 ヤトは適当に言う。

 カヤは、一軒の食堂を確認し、ドアを開けた。

 

「四人で」

「いらっしゃい。空いてるお席へどうぞ」


 四人掛けの簡素なテーブル席へ座る。

 最初に熱いお茶が出きたことに、エルクは驚いていた。


「お、お茶……? なんか緑色だな」

「緑茶。水が飲みたいならあっちのボトルに入ってる。その前に注文よ」

「えっと……メニューは?」

「これ。ヤマト語読める?」

「……」

「はぁ……じゃあ、海鮮丼でいいわね?」

「お、おう……ありがとう、ヤト」


 海鮮丼を四つ注文。

 出てきたのは、様々な魚の切り身が乗った丼飯だった。

 ヤトとカヤは黒い液体ををかけ、さっそく食べ始める。


「な、なんだこの黒いの……?」

「醤油。もう説明が面倒だから、気になったことは全部覚えておいて、あっちに帰ったら図書館で調べなさい」

「えー……ああもう、気にしないことにするか」

「ふふ、オショウユ……これ、美味しいんですよね。ガラティン王国では扱っている店がほとんどないんですよねぇ」


 ソフィアも知っているようだ。

 カヤ、ヤトは満足そうにしている。エルクも海鮮丼を食べてみる。


「う、美味い……生の魚ってこんなに旨いのか!!」

「刺身はヤマト国の文化だからね。てっきり嫌かと思った」

「いや、美味いぞ」


 エルクは腹も減っていたので、海鮮丼をあっさり完食。

 驚いたことに、緑茶は食後に飲むと、とんでもなく美味く感じた。

 しばし、お茶を堪能し……エルクはソフィアに聞いた。


「あの、ソフィア先生……ここに来てから早速、怪しい気配を感じるんですけど」

「気にしなくていいと思います。恐らく、ヤマト国政府所属のアサシンでしょう」

「え」

「たぶん、私たちのことはすでに政府に伝わっているでしょうね」


 ソフィアは緑茶を啜り、満足そうに息を吐いた。


「さ、ヤマト国首都『クシナダ』へ出発しましょうか」

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