船上の戦い
海を眺めていたエルクは、ソフィアに肩を叩かれ我に返る。
「ふふ。海なら船の上でゆっくり眺められますよ」
「す、すみません……いやぁ、すごいですね、マジで」
「子供じゃあるまいし」
「う、うるさいな」
ヤトが小馬鹿にするように笑い、カヤも笑った。
港には、船がたくさん並んでいる。漁師も大勢いて、魚や貝の入った箱を運んでいた。
なんとなく眺めていると、ヤトが言う。
「朝の漁から戻ったのね」
「漁師……すごい、かっこいいな」
「はい兄ちゃんゴメンよ!!」
「す、すみません!!」
エルクの後ろから、屈強な漁師が何人も、大きな箱を抱えて通っていく。
箱から覗くのは、エビや魚、カニや貝。どれも大きく、食べ応えがありそうだ。
すると、ソフィアが苦笑していた。
「エルクくん。気持ちはわかりますが……」
「あ、す、すみません!!」
珍しく、つい魅入ってしまったエルク。
ソフィアの後に付いて行くと、ガラティーン王立学園の学章が描かれた旗を掲げる船があった。
数百人は乗れそうな巨大な船だ。船と港を繋ぐ橋の前に、髭の生えた若い男がいた。
「エイヴォル。久しぶりですね」
「ソフィア!! ははっ、何年ぶりだ? 三年ぶりくらいか?」
「二年ぶりですよ。ふふ、あなたはすっかり海の男ですね」
「まぁな。陸より海にいる時間のが長い……さ、積もる話は後だ。まず、そちらの少年少女を紹介してくれないか?」
「ええ。こちらはガラティーン王立学園一年、エルクくん、ヤトさん、カヤさんです。皆さん、こちらはエイヴォル。この船の船長で、私の同級生でもあります」
「よろしくな、若き冒険者たち!」
エイヴォルは、エルクたちとしっかり握手。
さっそく船に乗ると、甲板で立ち止まる。
「ヤマト国までは約四日かかる。その間、船内で自由に過ごしてくれ。海の魔獣が出るかもしれんが、まぁ護衛の冒険者が同乗しているから心配ない」
「ありがとう、エイヴォル」
「ははは! 仕事だから気にするな。それよりソフィア、後で食事でもどうだ? いいワインがあるんだ」
「もう! 生徒の前で何を言ってるのかしら!」
「ははは! さぁ、部屋に案内しよう」
エイヴォルは陽気な男だった。
なんとなく、一緒に食事をしたら楽しそう。エルクはそんな風に思った。
ソフィアの顔が少し赤いのが気になったが、エルクは質問する。
「あの、ソフィア先生。海の魔獣って?」
「こほん……そのままの意味です。ヤマト国に通じる海域には、モンスターベルトと呼ばれる、魔獣が生息している海域を抜けなければなりません。この船には水上戦を生業としている冒険者が同乗するので、心配いりませんよ。それに……もしもの場合は、私も出ますので」
ソフィアは笑顔だった。不思議と、ソフィアが出れば問題ない。そんな笑みだった。
エイヴォルに案内され船内へ。エルク、ソフィア、ヤトとカヤに分かれて船室へ。
エルクは、船室を眺める。
「けっこう狭いな……」
ベッド、小さなテーブルと椅子、シャワールームとトイレだけの船室だ。トイレとシャワールームが個室に完備されているだけでもすごいことなのだが、船の知識がないエルクにはわからない。
窓も、小さな丸窓が一つあるだけ。しかも開かない。
自由にしていいと言うが、特にやることはない。
「ふぁ……あ、弁当食うか」
マーマの作った朝食をアイテムボックスから取り出した。
中身はサンドイッチ、唐揚げ、サラダ。水筒にはスープが入っている。
腹が減っていたので、エルクはさっそく食べる。そして、ものの五分で食べてしまった。
そのままベッドに倒れ込み、大きな欠伸をする。
「……朝、早かったしなぁ。エマたち、今頃朝飯かな……ふぁぁ」
どうにも眠く、エルクは静かに目を閉じ……そのまま、意識を手放した。
◇◇◇◇◇◇
起きると、すでに船は走り出していた。
エルクは背伸びをしてベッドから起き上がり、首をコキコキ鳴らして船室の外へ。
せっかくなので、海を眺めようと甲板へ上がってみた。
「うおぉぉ……海、すごい」
『ニャーニャー、ニャーニャー』
「なんだ? 猫……? いや、鳥か?」
『にゃぁ』
「いや猫もいる……ん? どっちだ?」
鳥が猫のように鳴き、白い猫がエルクの足下へすり寄って来た。
エルクは、アイテムボックスからクッキーを出し、砕いて猫へ差し出す。猫は美味しそうにペロペロ舐め、「もっとよこせ」と言わんばかりにエルクから離れようとしない。
「ってか、なんで猫?」
「ははは。それはね、ネズミ退治をしてもらうためさ」
「あ」
船長のエイヴォルだった。
エイヴォルは、白猫をひょいっと持ち上げ抱っこする。
「いくら注意しても、船の積み荷にネズミが紛れ込む。だから、船にネコを連れて、ネズミを退治してもらうのさ。それに、長い海上生活だとストレスも溜まるし、猫に癒してもらうこともできる」
「へぇ~」
「積み荷に紛れ込んだネズミ十匹が、食料を食い荒らして船員が餓死したなんて話もある。ネズミのフンで病気になる場合もあるし、寝ている間に耳を齧られたなんてこともある……猫は、船にとって大事な仲間であり、護衛でもあるんだ」
『にゃああ』
「そっか。お前、すごいんだなぁ」
「ちなみに、うちの船には猫が二匹いる。白猫のシロ、黒猫のクロだ。分かりやすいだろう?」
クロはここにいない。ネズミでも探しているのだろうか。
シロと一緒に海を眺めていると、エイヴォルが言う。
「ヤマト国に書状を届けるんだったね」
「はい」
「気を付けろよ。武士はもちろん、アサシンにも」
「アサシン?」
「ああ。ヤマト国の武士は、戦争を恐れない。ガラティン王国の使者だろうと、無礼と感じたなら迷わず刀を抜く……そして、影に潜むアサシン。『気が付けば死んでいた』といわれるほど鮮やかな殺しをする暗殺者たちにも気を付けろ」
「は、はい」
「ふふ、まぁ……ソフィアがいれば大丈夫だろう。彼女はああ見えて、ボクの世代最強の剣士だからね」
エイヴォルは誇らしげだ。
すると───エイヴォルが抱いていたシロが、暴れ出した。
『ふぅぅぅ!! シャァァァァッ!!』
「おお? シロ、どうし───……ん!?」
「ど、どうしたんです?」
「……何か、来る」
「えっ」
エイヴォルが何かを察知した。
走り出し、船の船首へ向かう。エルクもエイヴォルの後を追った。
船首から先の海面を見ると───白い泡が立っていた。
「な、ば、馬鹿な!? まだモンスターベルトに入っていないぞ!? ええい、緊急事態!! 総員、持ち場に付け!!」
「あ、あの……何が?」
「あの泡だ!! あれは、魔獣が潜んでいる目印のようなものだ!! きみは船室に戻るんだ!! 冒険者を呼べ!! すぐに戦闘準備───「あそこですね?」……え?」
エルクは、右手を泡に向かって突き付ける。
「とりあえず……あそこ全体を掬ってみるか」
念動力発動───……泡の周囲の海水が、まるでスプーンで掬うように持ち上げられた。
宙に浮かぶ、球体の海水。その中に、巨大なサメの魔獣が暴れ狂っていた。
「あれが魔獣か……悪いけど、この船の邪魔するなら消えてもらう」
エルクがギュッと手を握ると、海水が一気に縮小し、中で暴れていたサメもグシャっと潰れた。
サメだった球状の肉塊が海に落ち、海のサカナたちが群がり出す。
「よし、こんなもん……あの、余計なことしちゃいましたか?」
「い、いや……あ、ありがとう、エルクくん」
「いえいえ」
エルクは、足下にすり寄ってきたシロを抱っこし、再び海を眺めはじめた。
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