ヤマト国へ出発

 買い物を終え、エルクは荷物を部屋に並べていた。

 アイテムボックスの拡張は一日どころか、数時間で終わった。ニッケスが実家の商会へ送ったら、数時間で寮に届いたのである。これにはエルクも驚いた。

 なので、出発前夜、こうして荷物を確認する余裕もある。


「着替え、装備、弾薬、おやつ……書状はダミーが俺、ソフィアが本物だっけ」


 書状は、いくつかダミーを用意している。

 途中、襲撃される可能性を考慮してのことだ。火の宝玉に関する大事なことが書かれているとソフィアは言っていたが、ただの運搬役であるエルクに内容はわからない。火の宝珠に関する書状ということだけでも、教えてもらえるだけありがたい。

 準備物を全てアイテムボックスに入れ、チェーンを通しておく。

 ウェポンボックスは予備の弾丸とナイフ、短弓の矢しか入っていないのであまり重要ではない。だが、アイテムボックスだけはなくさないようにしようとエルクは思った。

 全ての準備を終え、エルクはベッドに倒れ込む。


「…………また、女神聖教……じゃなくて、アドラツィオーネが来るのかなぁ……ふぁぁ」


 残る神官は六人。まだ、誰も倒せていない。

 ピピーナをこの世界に呼び寄せるのは無理だとピピーナ本人が言っていた。だが……リリィは何かを言おうとしていた。エルクに知られたらまずい何かを。

 きっと、その情報がアドラツィオーネを叩く材料になる。


「……やってやる」


 エルクはそう決意し、静かに拳を握り……眠りに落ちた。


 ◇◇◇◇◇◇


 早朝。

 まだ、寮生の誰も起きていない時間に、エルク、ソフィア、ヤト、カヤの四人は寮前に集まった。

 ソフィアは学園の紋章が刻まれたローブを身につけ、エルクたちは制服だ。

 すると、見送りのマーマが全員分の弁当を差し出した。


「しっかりやってきな」

「はい、ありがとうございます……へへ、マーマさんの弁当、あると思ってたんだよね」

「はっはっは。当然さね。ほら、お前たちも」

「「ありがとうございます」」

「ソフィア、気を付けなよ」

「ええ、ありがとうございます」


 四人は弁当を受け取り、アイテムボックスの中へ。

 

「では、校長室へ向かいます。そこで書状を受け取り、ヤマト国へ向かう船まで送ってもらいます」

「送ってもらう?」

「ええ。行けばわかりますよ」

「?」


 エルクが首を傾げる。

 ソフィアはクスっと笑い歩き出し、三人は後へ続く。

 ヤト、カヤは無言。エルクは何か言おうとしたが、二人の空気が妙に重いので何も言えない。

 ジョギングしている生徒数名とすれ違ったが、学園は静かだった。

 中央広場にも、ほとんど人がいない。


「静かだな……でも、こういう雰囲気もいいな」

「あなた、意外ね。朝は弱いのかと思ったわ」

「朝は鍛錬の時間だからな」

「あら奇遇ね。私もよ」


 ヤトは微笑んだ。少しだけ堅苦しい空気が柔らかくなった。

 カヤを見ると、カヤだけは緊張している。

 校舎内に入り、校長室へ。ソフィアがノックすると、中から「入れ」と声が聞こえた。

 ソフィアがドアを開け一礼……エルクたちも後に続く。


「朝早くからすまんの。さっさと済ませるぞい」

「ポセイドン……二度寝したいからって、適当に始めないでください」


 教頭のエルシが頭を押さえ、ポセイドンと同年代の男性も「かっかっか」と笑った。

 誰だろう? と、エルクが疑問に思うと、エルシが言う。


「こちらは、運輸ギルドのギルド長、ペリカン様だ。彼のスキルでヤマト国行きの船が出る港まで送る」

「よろしくな、ボウズにお嬢ちゃん。ワシのスキル『宅急便』なら、港までちょちょいのチョイじゃ!!」

「港まで、ですか?」


 思わずエルクが言うと、ペリカンは頷いた。


「ああ。ヤマト国との条約でな、運搬物資は全て、港までしか運べん。そこからヤマト国の役人が検品して、船に乗せて運ばれる……ってわけだ」

「じゃあ、俺たちって……書状と荷物みたいなもんか」

「そういうこった」


 エルシは、ソフィアに数通の書状を渡す。

 ダミーと本物の書状だ。ソフィアは本物をアイテムボックスに入れ、偽物をエルクへ渡す。


「エルクくん、もし敵に書状を渡すように言われて、やむを得ない場合はこちらを渡してください」

「わかりました」

「本物は私が持ちます」


 ソフィアは、アイテムボックスに書状を入れる。

 エルシは、こほんと咳ばらいをした。


「では、依頼を説明する。ヤマト国政府代表、櫛灘家当主ビャクヤ殿に書状を届けること。道中、アドラツィオーネの妨害などの可能性もある。その場合、反撃を許可する」

「「「了解しました」」」

「あ、はい。了解しました」


 ソフィア、カヤ、ヤトの声が揃ったので、エルクも慌てて返事をする。

 

「アドラツィオーネの狙いは宝玉だ。もしヤマト国内でアドラツィオーネの七天使徒と遭遇した場合、ヤマト国の武士と協力し、速やかに排除すること」

「「「「了解しました」」」」

「では、道中の無事を祈る。ペリカン」

「あいよ。スキル発動───『宅急便』」

「えっ」


 すると、エルクたち四人を巨大な『箱』が包み込んだ。

 いきなりのことに仰天するエルク。ソフィアだけが落ち着いていた。


「行先は、ヤマト国行きの船が出る『コウガネ港』だ。じゃあ、行ってこい!!」

「うおっ!?」


 突如、箱が揺れた。

 不思議な浮遊感に身体が包み込まれ、すぐに落ち着いた。

 わけがわからず首を振ると、ソフィアが言う。


「到着です。さ、船に乗りますよ」

「え」


 箱が消えると、そこは……『海』だった。

 青い海、ニャーニャー鳴くウミネコ、潮風、大小さまざまな船、屈強な船乗りたち。

 あまりにも多くの情報で、エルクは言葉が出ない。


「ここは、運輸ギルドの敷地内です。『宅急便』スキルで運ばれた物が現れる場所ですよ」

「驚いたわ……ここ、コウガネ港よね」

「ここからガラティン王国まで、馬車で半月はかかります。それを一瞬で……」

「宅急便は、ペリカン様が指定した場所へ一瞬で荷物を送るマスタースキル。このスキルで、ペリカン様は運輸ギルドを作り上げたのですよ……さ、船に行きましょうか。エルクくん」

「え……あ、はい」

「どうしたの? 調子が悪いのかしら?」


 カヤが言うが、違った。

 エルクは、広大な海に圧倒されていた。


「いや、俺……海、初めて見た」


 エルクは、しばし呆然と海を眺めていた。

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