ヤマト国への準備

 ソフィアから伝えられた依頼は、ヤマト国に書状を届けるというもの。

 エルクは、首を傾げた。


「どんな手紙なんですか?」

「それは秘密……と言いたいですが、このタイミングで送る書状と言ったら一つしかないですね」

「あ」


 つまり、『女神を崇めし者たちアドラツィオーネ』に関する書状。

 すると、カヤが小さく呟いた。


「まさか、『火の宝玉』……」

「え?」

「……いえ」


 火の宝玉。

 ガラティーン王立学園から奪われたのは、水の宝玉。

 他にも存在するとポセイドンは言っていた。

 つまり、火の宝玉に関することだ。

 ソフィアはにっこり笑う。


「書状の内容は気にしなくて構いません。ヤマト国政府代表、櫛灘家の当主ビャクヤ様にお届けするだけですので」

「……危険は?」

「当然、あります。『女神を崇めし者たちアドラツィオーネ』はもちろん」

「ヤマト国の『武士』ね」


 ヤトが口を挟んだ。

 全員がヤトに注目し、カヤが補足する。


「ヤマト国では『武士』と呼ばれる……冒険者のような人たちがいます。彼らはスキル使用・・・・・を許可された・・・・・・者たちで、『処罰』を与えることのできる特別な者たちです」

「ちょっと待った。カヤ、スキル使用を許可された、ってのは?」

「……ああ、そういえばここでは違いましたね。ヤマト国の住人は、生まれると同時にスキルを封印されます。スキル使用が許可されるのは、政府に仕える役人と武士のみ。厳しい試験をクリアした者だけがスキルの封印を解除されるのです」

「……マジ?」


 これにはエルクも驚いた。

 すると、ニッケスが挙手。


「え、じゃあヤトちゃんとカヤちゃんは?」

「言ったでしょう? 『厳しい試験をクリアした者』と。留学しているヤマト国の人間は全員、厳しい試験をクリアしてスキル封印を解除されています」

「おおー……」

「まぁ……中には違法に解除する者もいますが、問答無用で処刑されますね」

「こわっ」


 すると、エマがエルクを見て言う。


「あの……エルクさんは、ヤマト国に行くんですよね? スキルの封印とかされちゃうんでしょうか?」

「いえ、その心配はありません。『女神を崇めし者たちアドラツィオーネ』はすでにヤマト国に入国している可能性がある以上、スキルの封印などしたらすぐにやられちゃいますからね」


 ソフィアがエマを安心させるように言う。

 そしてメリーが言う。


「ですが、エルクさんお一人ではさすがに危険なのでは?」

「もちろん、一人ではありません。私も同行します。それと……エルクくん、あと二人だけ連れて行けますよ」

「え、俺が決めていいんですか?」

「んー……」


 と、エルクは全員を見渡す。

 ヤト、カヤ、ガンボ、メリー、ニッケス。静かだと思ったら机に突っ伏して寝ているフィーネ、ソアラ、シルフィディ。そしてエマ。

 すると、カヤが挙手した。


「エルク。私に同行させて下さい。ヤマト国内なら案内できます」

「ちょっと、カヤ」

「ヤト様。しばしお傍を離れます……申し訳ございません」

「……エルク、私も同行するわ。ヤマト国の人間がいた方がいいでしょ」

「ヤト様!?」

「いいでしょ?」

「……わかった。お前たちがいいなら」

「では、決まりですね。出発は二日後です。アイテムボックスに必要なものを入れておくこと。拡張が必要なら、ショッピングモールに専門店がいくつかありますので。それと武器のお手入れもしておくこと」

「わかりました。じゃあヤト、カヤ、よろしくな」


 こうして、エルクはカヤとヤトを連れてヤマト国へ行くことになった。

 ちなみに……起きたフィーネとソアラが「自分も行きたい」と言って少しだけ揉めた。


 ◇◇◇◇◇


 その日の夜。

 カヤは、ヤトの部屋にいた。


「どういうつもり?」

「……申し訳ございません」

「謝罪じゃない。なぜ、あなたが同行を申し出たかを聴いてるの」

「…………」


 カヤは押し黙り、懐から一通の手紙を取り出し、ヤトへ。

 ヤトは手紙を受取り、無言で開いて読み……顔色を変えた。


「まさか……」

「櫛灘家からの指示です。一時帰国せよと……私は、御庭番衆として新たな任務を言い渡されました」

「……私、ね?」

「……ッ」


 カヤは歯を食いしばり、小さく頷いた。

 手紙には、しっかり書かれていた。


「『櫛灘咲夜を連れ帰国せよ』……私の素性がバレたようね」

「恐らく、先日の襲撃でしょう。ヤト様の素性を知る、ヤマト国の人間がいたのかもしれません。夜祭遊女の構成員は全て、ヤマト国の人間ですから……」

「ふーん……まぁ、狙いは私じゃない。これね」


 ヤトは、ウェポンリングから六本の刀を出す。

 柄、鍔、鞘の拵えが全て違う六本の刀。櫛灘家の宝刀である。

 ヤトは少しだけ考え……ウェポンリングから『最後の一本』を取り出した。


「こ、これは……!?」

「七本目。使うつもりはなかったけど……私の存在が知られている以上、狙いは間違いなくこれ。ヤマト国のダンジョン、『天岩戸アマノイワト』の秘宝である刀」

「ま、まさか……や、ヤト様がお持ちだったのですか!?」

「ええ。本当に、本当に偶然なの。ヤマト国を出る際に、拾ったのよ」

「ば、馬鹿な……これは」


 それは、白銀の鞘、柄、鍔の刀。

 触れるのすら躊躇われる、神器に相応しい刀だった。


「『七星神覇しちせいしんは』……これに比べたら、私が持つ六本は棒きれみたいな物ね」

「……っ」


 カヤがゴクリと喉を鳴らす。

 ヤマト国の至宝の一つ。火の宝玉と同レベルの秘宝。

 行方不明になり、今でも御庭番衆が捜索している神器の一つだ。ある日、突然消え失せたと報告があったが、まさかヤトが持っているとはカヤも考えてなかった。


「カヤ、あなただから見せた。いい? 絶対に私が持っていることを言わないで。もし見つかれば、私が櫛灘家の三女であろうと、問答無用で打ち首だから」

「は、はい……」


 カヤの声が、震えていた。

 そして、思いついたように叫ぶ。


「だ、だったら!! ヤマト国に行くなど危険です!! やはり、私だけで」

「却下。というかあなた……私を連れて行かず、一人で行く気だったの?」

「は、はい……使者という名目なら、罰を受けたとしても軽くて済むかと」

「罰……?」

「……ヤト様のことを、説得しようかと。ヤト様はもう、櫛灘家とは関係ないと、ビャクヤ様に懇願しようかと」

「馬鹿? 兄様が、そんな話聞くわけないでしょ。嬲り殺されて、別な人間が送られるだけ」

「……」

「それに、ユウヒ姉様もいる……ヒノワも」

「ヤト様……」

「いい機会だわ。正直なところ、櫛灘家との繋がりを、いつかは完全に絶たないと思っていたところ。それに……エルクもいる」

「え?」

「ビャクヤ兄様、ユウヒ姉様、ヒノワ……全員、バケモノだけど、エルクがいるなら最悪の場合でも太刀打ちできる」

「ま、まさか……彼を巻き込むおつもりで?」

「……さぁね」


 ヤトは、どこか悲し気に微笑んだ。


 ◇◇◇◇◇


 エルクは、談話室でエマとニッケス、メリーとソアラと一緒にいた。

 エマの手にはエルクの戦闘服が、ニッケスの手にはエルクの籠手がある。二人は、エルクの装備の最終点検をしていた。

 まず、ニッケス。


「うし、終わり。ブレード、単弓、銃の手入れ完了。追加の矢と銃弾はウェポンリングとポーチに入れておけ」

「ああ、サンキュ」

「兄さん、本当に器用ですね……」

「ま、エルクの装備はウチの商会で面倒を見ろってオヤジが言うからな」

「いいなー……わたし、エルクと一緒に行きたかった」

「悪いなソアラ、今度機会があれば」

「ん」

「……できました! エルクさんの戦闘服、調整完了です!」

 

 エマは、ロングコートと眼帯マスクをエルクへ。

 ほつれを直し、ニッケスから渡された新素材のプレートを急所に縫い込んだ。このプレートは最新の素材で、厚さ2ミリ程度だが斬撃や刺突、銃弾による衝撃を吸収する。

 ズボンやロングブーツにも縫い込んであり、防御力が上がっていた。


「ありがとな、エマ」

「いえ。エルクさん、怪我には気を付けてくださいね」

「ああ。へへへ、中間試験免除のために頑張るぜ!」

「もう……ふふっ」


 ニッケス、メリーも呆れていた。

 すると、ソアラが言う。


「エルク、お土産おねがいね」

「ああ。ヤマト国のお菓子いっぱい買ってくるよ。ソアラも、シルフィディのこと頼むぞ」

「ん、まかせて」


 ソアラは胸をポンと叩く。以外に大きな胸が揺れた。

 エルクは、アイテムボックスの指輪を眺めた。


「な、ニッケス。指輪の拡張だけど……」

「親父が格安でやるってよ。わりーな、商売人である以上、どんな客でもタダでは受けないんだ。商売人のプライドであり、誇りでもある」

「当然だろ。というか、出発まで時間ないけどできるのか?」

「ああ。ガラティン王国の本店にいる拡張師なら、明日にでも仕上がる」

「じゃあ頼む」


 エルクは、ウェポンリングとアイテムボックスをニッケスへ。

 そして、ソアラとエマに言う。


「明日、旅の支度で買い物行くんだけど、放課後付き合ってくれないか?」

「ん、いく」

「はい! わかりました」

「おうおう、いいねぇ両手に花かよ」

「お前も来いよ。もちろんメリーも」

「テメェ、メリーに手を出したら殺すからな!?」

「どういう解釈してんだよ……」

「エルクさん、兄さんの戯言は聞き流してくださいな」


 この日、エルクたちは他愛ない話で盛り上がった。

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