戻ってきた日常……からの

 S級危険組織連合軍『女神を崇めし者たちアドラツィオーネ』の襲撃から一か月が経過した。

 学園は、すっかりいつもの日常を取り戻していた。

 エルクたちも、学園に通い日常を満喫している。

 エルクは放課後、ガンボと一緒にショッピングモールで買い物をしていた。


「ガンボ、何買うんだ?」

「靴下と鎧下だ。訓練で破けちまったんだよ」

「鎧下って、お前の戦闘服って鎧だったっけ?」

「改造したんだよ。オレのスキルは『鋼鉄付与』だからな。装備品も硬化できるようになったし、鎧を硬化させてさらに鉄壁の防御にしてる」

「へぇ……」

「戦闘スタイルもだいぶ固まってきたしな」

 

 学園に入学して数か月。訓練、授業、実戦を得て、戦闘スタイルが変化する者も多かった。

 ガンボは、全身を硬化させた徒手空拳で戦うスタイルだったが、現在は鎧を纏い両手に盾を装備する『盾戦士ガードナー』となっていた。戦うより守るスタイルである。

 

「お前は?」

「俺は変わらずだ」

「ああ、暗殺者アサシンだよな」

「……俺、アサシンなんて言ったことないんだけどなぁ」


 エルクは、一年生最強のアサシンと呼ばれていた。

 弁解しても評判は覆らないのでもう諦めている。

 買い物を終え、二人は店を出た。


「な、買い食いしようぜ」

「おう。肉がいい」


 エルクとガンボは、買い食いしながら寮へ向かった。


 ◇◇◇◇◇


 寮に戻ると、ソアラとシルフィディがリビングでクッキーを食べていた。


「ん、おかえりー」

「おかえり、エルク! あと硬いヒト!」

「ただいまー」

「おい、いい加減に『硬いヒト』ってやめろ」


 ガンボは「ったく」と言いながら自室へ。

 エルクも自室で着替え、リビングへ。

 すると、ソアラが手紙をエルクへ差し出した。


「……これは?」

「エルク宛て。寮のポストに入ってたよ」

「またか……」


 手紙には、キネーシス公爵家の印が押してあった。

 エルクはめんどくさそうに封を開け、一応内容を確認……すぐに放り投げた。

 放り投げた手紙を、シルフィディがキャッチする。


「手紙、いいの?」

「ああ。まーた『戻って来い』の手紙だ。ったく……この一か月、二日に一通は届いてやがる」

「ね、ね、折り紙していい?」

「いいぞー」

「やったぁ! ソアラ。折り紙やろっ!」


 ソアラとシルフィディが、手紙で折り紙を始める。

 それを眺めつつ、エルクは大きく背伸びをして欠伸した。


「一か月……はぁ、平和だなぁ。『女神を崇めし者たちアドラツィオーネ』は何をしてんのかねぇ。それと……ロシュオ、サリッサも」


 エルクは、シルフィディがびりびりに破いている手紙を横目で見た。


 ◇◇◇◇◇


 一か月前……。


「久しぶりだな、エルク」

「…………」


 エルクの父、キネーシス公爵ことワルド。

 何故か、満面の笑みでエルクに会いに来た。というか、エルクが呼びだされた。

 場所は、学園の来賓室。一応、他国の貴族なので扱いが違う。

 エルクは、念動力で両腕をへし折ってやろうかと思ったが堪えた。


「何か用ですか」


 エルクは驚いた。ここまで冷え切った声が出るとは思わなかった。

 だが、ワルドはエルクの態度を無視して言う。


「喜べ。お前を公爵家に戻してやる」

「……は?」

「手続きはこちらでやっておく。エルク、これよりお前はキネーシス性を名乗ることを許す」

「…………」

「ロシュオとサリッサは残念だが、公爵家から除名するしかあるまい。テロに加担するとは……全く、実に愚かだ」

「…………」

「エルク、これからもよろしく頼むぞ」

「いや、馬鹿かあんた?」


 あ。とエルクは口を押さえそうになった。

 つい本音が出てしまった。すると、ワルドの目がピクリと動く。

 もういいか───……と、エルクはため息を吐き、ワルドを睨む。


「ロシュオの代わりですか。やれやれ、あのですね……俺とロシュオの決闘で、剣に細工をしたことについて、何か説明はありますか?」

「……何のことだ?」

「それと、俺は公爵家に戻るつもりなんて欠片もない。まぁ……言っちゃうか。俺を後継者にしてもいいですよ。ただし、公爵位を受け継いだ瞬間、ドブに捨ててやりますけどね」

「何ぃ……?」


 ワルドの目は、もう笑っていない。

 エルクも、目の前にいる男に不快感しかない。


「終わってんだよ。あんたと俺はもう他人だ」

「貴様……それが父に対する」

「父親じゃない。俺を殺そうとしたくせに……気付かないのか? 俺、かなり我慢してる」


 エルクは、右手を来賓室に飾られている花瓶へ向ける。すると花瓶がエルクの手元に引っ張られ、空中で静止……バキバキと砕け、圧縮されていく。

 それを見て、ワルドがギョッとする。


「あんたを握りつぶしたい。そうだな……例えば、『玉』を一個、握り潰してやろうか? それくらいなら死にはしないだろ……まぁ、地獄の苦しみだろうけどな」

「!?」


 ワルドの身体が硬直し、ゆっくりと前のめりになる。

 エルクはワルドに顔を近づけ、静かに言った。


「今は見逃してやる。だけど、覚悟しておけよ……キネーシス公爵家は、俺が潰す。まずは『女神を崇めし者たちアドラツィオーネ』を潰して、その後にキネーシス公爵家だ」

「っっっ!!」


 ワルドは、声が出せなかった。

 エルクの目は、本気だった。


「じゃ、そういうことで」


 エルクは退室し、学園を出て寮に向かう途中で念動力を解除した。

 寮に帰る道中、エルクはポツリと呟いた。


「ロシュオ、サリッサも、あいつからすればただの道具だったか。憐れだな……」


 エルクは、ほんの少しだけ二人に同情した。


 ◇◇◇◇◇


 夜になり、寮の夕食時間となった。

 基本的に、食事は全員で取る。今日は大きなオークステーキだった。

 食事を終え、コーヒータイムとなり……ソフィアが立ち上がった。


「では、諸連絡があります」


 学園からのお知らせは、ソフィアを通じて話される。

 

「『女神を崇めし者たちアドラツィオーネ』の襲撃から一か月。ガラティン王国周辺では、『女神を崇めし者たちアドラツィオーネ』による騒動は何も起きていません。脅威は去ったと判断しました」

「おお、そりゃよかったぜ。な、メリー」

「兄さん、ソフィア先生の話を遮らないように」

「へいへい」


 メリーに怒られたニッケス。ソフィアはくすっと笑う。


「もうすぐ中間試験があります。各自、しっかり勉強をするように。それと、エルクくん」

「……こういう時に名指しで呼ばれると、嫌な予感しかしないんですけど」

「ふふ、そうですか?」

「……で、なんです?」

「はい。学園側からエルクくんに、特別依頼が入りました」

「……特別、依頼?」


 特別依頼。

 依頼は、冒険者にするのが一般的だ。

 魔獣討伐、希少な素材の入手、護衛などが殆どだ。特別依頼というのは、貴族や国家が高位冒険者を名指しで指名する依頼のことだ。

 当然、エルクは疑問に思う。


「あの、俺……F級なんですけど。特別依頼って、BとかA級の冒険者が選ばれるんじゃ」

「普通はそうですね。でも、学園からの依頼ですから」

「は、はぁ……」

「当然、報酬も出ます。報酬はなんと、『中間試験の免除』です!!」

「え、マジで!? やります!!」

「あ、ずっけぇぞ!!」

「テメー、ふざけんな!!」


 ニッケスとガンボがブーイング。だがエルクは聞いていない。

 ソフィアは指を口に当て「シーっ」とすると、二人は黙る。

 そして、続けた。


「学園側の依頼は、手紙の運搬です」

「手紙? 運ぶんですか?」

「ええ」

「でも、手紙とかは運輸ギルドが運ぶんじゃ……えっと、ペリカンだっけ」

「あら、ギルド長をご存じでしたか」

「いや、名前だけですけど」

「ちょっと危ない手紙なので……それと、相手方が『手紙を送るなら使者に送らせろ』と言って来たのよ」

「えー……なんだそれ」

「というわけで、エルクくん」


 ソフィアは咳払いし、真面目な顔で言う。


「ガラティーン王立学園からの特別依頼です。エルクくん、機密書類をヤマト国政府代表櫛灘家当主、ビャクヤ・クシナダ様に届けなさい」

「「!!」」

「や、ヤマト国!? え、遠くないですか!?」

「大丈夫。一瞬で行けるから」

「……いやな予感」


 カヤとヤトが息を吞んだ気配を感じたが、エルクは触れなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る