アサシン

 アサシン。

 暗殺者という意味もあるが、それだけではない。

 暗殺は、あくまで仕事の一つ。情報収集をしたり、囚われの人質を解放するために砦へ侵入したり、機密情報を手に入れるために敵地へ潜入したりと、その仕事は様々だ。

 ヤマト国が発祥といわれており、ヤマト国にはアサシン養成所もあるという。もちろん、表沙汰にはなっていない、隠れた場所に存在するらしい。

 ヤマト国政府直属のアサシンたちは、冒険者の等級で表すなら全員がA級以上だ。


「という存在ですね。あなた、アサシンならこれくらい知っていなさい」

「だから俺はアサシンじゃないっての」


 エルクは、ヤマト国首都クシナダへ向かう途中の馬車で、カヤから話を聞いていた。 

 少し離れた場所にいくつか気配を感じる。恐らく、アサシンが付いてきてるのだろう。

 御者を務めるソフィアが三人に言う。


「もうすぐ、村に到着します。今日はそこで休みましょう」


 クシナダまで、村を二つ経由して進む。

 ヤトは、小さくため息を吐いた。


「……あそこの村か」

「知ってんのか?」

「ええ。昔、傭兵として働いてた時にちょっとね……金銭で揉めたのよ」

「そうなのか?」

「ええ。ヤマト国の人間はがめついからね、あなたもお小遣いなくさないよう、気を付けなさい」

「お、おお……な、カヤ、マジなのか?」

「……一部の人間はそうですね。裕福じゃない農村などに多く見られます。特に、旅人などはボられることが多いそうですよ」

「ボられる……」


 なんとなく、エルクはアイテムボックスの財布を確認した。


 ◇◇◇◇◇◇


 村に到着すると、ジロジロと遠目で眺められた。

 

「農村かぁ」


 鍬を担いだ男性、笊に豆のような物を入れて持ち歩く女性、子供たちは集まって遊び、ヒソヒソと馬車を見てニヤニヤしている。舐め回すような、値踏みするような視線にエルクは胸やけしそうだ。


「……あのさ、俺ここ長居したくないんだけど」

「同感。相変わらずね……ヤマト国の人間。値踏みするような、舐め回すような、自分にとって利益があるかないかを確認するような。大人も子供もみんな同じ」

「お、おいヤト?」


 ヤトは、機嫌が悪かった。

 カヤは何も言わず、周囲を警戒している。


「私がこの国を嫌いな理由は、この卑屈な、腐ったような眼をする住人が大嫌いだからよ」

「……そ、そうか」


 コメントしづらく、エルクはそれしか返事が出来なかった。

 すると、馬車が止まる。

 ソフィアが馬車から降り、一軒の家のドアをノックする。

 出てきたのは、初老の男性……この村の村長だ。

 村長は、ソフィアをジロジロ見ながらニヤニヤする。


「旅のお方ですかな? こんな何もない村に、どのようなご用件で?」

「ガラティン王国から使者として参りました。この村で一泊したいので、宿を提供してもらえないでしょうか」


 ソフィアは、ガラティン王国の紋章が入ったペンダント、ヤマト国政府が発行した『印籠』と呼ばれる小さな箱を村長へ見せた。村長の目の色が変わり「へへぇ~っ」と頭を下げた。


「も、申し訳ございません。村に宿はなくて、空き家でよければ……」

「構いません。それと、代金は支払いますので、食事をお願いします」


 と、ヤトが「あ、馬鹿……」と呟いた。

 村長の目の色が変わり、ニヤニヤと揉み手を始めたのだ。


「かしこまりました! あのぉ……うちの村はご覧の通り、貧乏な農村でして。よろしければ少しばかり寄付をお願いしたいのですが……」

「…………」

「食事は、鶏を三羽ほど絞めさせていただきます。どうか、どうかお慈悲を」

「……わかりました」


 ソフィアは金貨袋を取り出し、村長へ。

 村長は頭を何度も下げ、家の使用人に空き家へ案内させた。

 空き家に到着し、馬を馬車から外し休ませる。空き家は綺麗にされており、布団や水瓶もあった。

 空き家に入るなり、ヤトはため息を吐く。


「全く……先生、あなた、いいカモでしたね」

「え……?」

「見て下さい。この空き家……埃の一つもないし、布団もちゃんと準備されている。村に宿がないのはわざとですよ?」

「ど、どういうことでしょうか?」

「ここは、この村人の『狩場』の可能性が高いです。食事の提供をお願いした時に村長は探ったんですよ。ソフィア先生が『お人よし』か『そうでない』かを。鶏を三匹……確かに、この村では貴重でしょうね。それを提供するということは、この村では最大限のもてなしでしょう。そして寄付、先生が寄付をした瞬間、目の色が変わりましたよ? ああ、こいつは持っている……ってね」

「…………」


 ソフィアは、「やっちゃった……」と言わんばかりの表情になった。

 カヤも頷く。


「私も同感です。旅の者を受け入れ、全てを奪い山へ埋める……このような農村では当たり前に行いますよ」

「ま、待てよ。俺たちはガラティン王国の使者だろ? そんなことしたら」

「ヤマト国政府は『こちらに来ていないぞ』と返答すればいいし、死体を山へ埋めて痕跡を消せば、私たちは初めから存在しないことになる」

「で、でも……あ、じゃあさ、俺たちの後ろにいるアサシンは?」

「別に、私たちの味方というわけじゃない。私たちが死ねば、ヤマト国政府に『村人に埋められました』と報告するだけ」

「マジかよ……え、じゃあ」

「もう逃げられないわね。ほら、見て」


 ヤトが外を見ると、馬が熟睡していた。

 馬の近くには、食べかけのニンジンが転がっている。


「眠らされたみたい。殺さないのは、馬も重要な資源だから」

「マジか……」

「唯一の救いは、村人たちは全員、スキルが封じられているってことね。ヤマト国では、生まれてすぐにスキルを封印されるから」

「そういえば、そんなこと言ってたな───」


 と、ここでドアがノックされた。

 ソフィアは、エルクたちを囲炉裏の周りに座らせる。今さらだが、エルクは囲炉裏が気になっていた。

 ドアを開けると、若い女性数名が食事の箱膳を持って現れた。


「お食事です。ふふ、イキのいい鶏でした」

「そうですか。ありがとうございます」


 鶏の丸焼き、サラダ、スープ、米。いい香りがエルクの鼻孔をくすぐる。

 女性たちが出て行き、エルクはさっそく手を伸ばそうとするが。


「馬鹿。今の話忘れたの? 食べたら朝までおねんねか、そのまま永眠よ」

「え、でも……すごいいい匂いだぞ。毒とか」

「教えといてあげる。ヤマト国の製薬技術はガラティン王国を凌ぐわよ。こんなさびれた農民でさえ、山に入れば超一流の猛毒を作れるからね」

「……やめておきます」


 すると、カヤがネズミを捕まえた。

 鶏の丸焼きから肉の切れ端を箸で摑み、ネズミに食べさせる。


『ジュッ……くぅ』

「どうやら、睡眠薬が盛られていますね」

「おいおいおい……なんて村だよ」

「わかった? これがヤマト国、腐った国よ」

 

 ヤトは、ウェポンボックスから『六天魔王』を取り出す。

 カヤも薙刀を取り出す。

 エルクは、アイテムボックスからロングコート、ブーツを取り出し装備。ウェポンボックスから籠手、眼帯マスクを取り出した。

 

「お待ちください」


 だが、ソフィアが三人を止める。

 

「ここは私の失態……それに、生徒を守るのは教師の務めです。さ、あなたたちは装備だけ整えて待機」

「先生、でも」

「これは命令です」

「……わかりました」


 エルクは、囲炉裏に敷かれた座布団に座る。

 カヤ、ヤトもため息を吐いて座った。

 ソフィアは、ドアへ向かい静かに開ける。そこにいたのは、農具を手にする屈強な男たちが二十名以上……完全に、囲まれていた。

 すると、一人の若い男が前へ。


「おや、先生……どちらへ?」

「……少し、散歩に出ようと」

「そうですか。よかったら、村を案内しましょうか?」

「いいですね。ぜひ、お願いしたいです」

「ええ……その前に、もう気付いてますよね?」

「はい」


 ソフィアはにっこり笑い、ウェポンボックスから一本の剣を取り出した。


「どうぞ、来るならご勝手に。ああ……緊急事態ということなので、自衛はさせていただきますね」

「……殺すなよ。いい女だ。それとガキの女も使い道がある。男は……殺せ」


 農民たちが、ソフィアに向かってきた。

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