女神聖教七天使徒『聖女』エレナ&『聖典泰星』リリィ・メイザース④/分析

 ドラゴニュート。

 竜の特徴を持った人間。

 手には突撃槍を持ち、器用に回転させてエルクを威嚇する。

 エルクは、倦怠感を押さえ、短期決戦で決めることにした。


「止まれ」

『───!』


 ドラゴニュートの身体がビシリと硬直する……が。


「……ッ!?」


 押し戻される。

 エルクが毒で弱っているせいで、念動力の制御が甘くなっている。それもあるが、純粋にドラゴニュートの力が強く、押し返されているのだ。

 普段の状態なら、力づくで抑え込んで潰すことも可能だが、今のエルクはできない。


「ぐ、ぬっ……!!」

『ガァッ!!』


 弾かれた。

 ドラゴニュートは突撃槍を構え突っ込んでくる───速い。

 念動力で壁を作り防御するが、その壁もただの突進で破壊された。


「わぉ、強いわね」

「エルク、弱ってる……これ、『ヴェノム』の毒だね」

「あの煙? へぇ~……これは新情報ね」

「なにが?」

「エルクくん。無敵のように見えるけど、身体はやっぱり人間……毒物は有効ってこと」

「ふーん」

「さて、毒の状態も長くは続かないでしょ? リリィ」

「うん。『ドラゴンブレス』」

「!?」


 ドラゴニュートが炎を吐いた。

 エルクは念動力の壁で防御するが、不安定な壁で完全な防御はできなかった。

 炎の一部が、エルクの腕を焼く。


「ぐあぁ!?───ぐっ!?」

『オォォォォォォォッ!!』


 追撃。

 目の前にいたドラゴニュートが突撃槍を振り下ろす。

 両腕に念動力を纏わせ、腕を交差して受け止めた───衝撃がエルクの両腕に響き、激痛が走る。

 なんとか受け止めたが、ドラゴニュートの前蹴りがエルクの腹に突き刺さる。


「ぐおっ、っが……ッ」


 なんとか耐えた。

 腹を押さえ距離を取り、反撃のチャンスを伺う……だが。


「『分身』、『硬化』、『加速』」

「なっ……!?」


 ドラゴニュートが分身、加速し、鋼鉄化した突撃槍を振り回す。

 リリィの魔法。チートスキルにより考えた魔法を全て実現できるリリィは、即興で思いついた単語でドラゴニュートを強化した。

 魔法でもない、ただの言葉。それが力となり、現実となる。

 エルクは両手を合わせ、念動力の壁を生み出す。全ての攻撃が壁に激突し、壁が震えた。


「く、そ……っ!!」


 エルクは、倦怠感により念動力を制御できていない。

 通常時と違い、出力も強度も2%以下だった。


「ふぅむ。念動力による壁ね……念動力というか、空間そのものを固定して壁のようにしているのかな? 空気の層とも違う……『念動力』、不思議ねぇ」

「腕とか脚とか武器とか、身体を固定したり、握り潰したりもできるみたい」

「組織の『念動力』使いの子もいろいろ試したけど、やっぱり物を引き寄せるだけの能力だったわね。エルクくんが特別なのかしら……それとも、まだ見ないチートスキルかも」

「分析、楽しいね」

「ええ」


 リリィとエレナは、エルクの力を分析する。

 エルクは深呼吸。少しずつ毒が消えているのがわかる。

 時間をかければ、毒は消える。それまで耐えるのがエルクの戦いだ。

 なら、すべきことは一つ。


「エレナ先輩じゃない、そっちの小さい女!!」

「む、小さくないし。それと、わたしはリリィ、リリィ・メイザース」


 ドラゴニュートの動きが止まった。

 つまり、これはリリィが操作している。

 エレナが何かを言おうとしたが、エルクが先に言う。


「お前、なんで女神聖教にいるんだ? お前もピピーナに会いたいのか?」

「うん。女神様、わたしの恩人だから。だから、会ってお礼が言いたいの」


 お礼。

 リリィも、ピピーナに救われた。だからお礼がしたいのだ。

 エルクにもその気持ちがよくわかる。


「俺も、ピピーナに救われた……でも、ピピーナは言ってた。価値ある人生を、って。リリィ……お前にとって、今やってることは価値あることなのか?」

「わからない。でも、わたしはわたしのできることをやる……もう、あんな生活には戻りたくないから」

「……あんな生活?」

「あなた、貴族の生まれだったよね? わたしは違う。わたしは平民の生まれ。両親は流行病で死んで、ずっと一人だった……わたしは、人形を作って売ってたの。たまたま、『人形作り』のスキルを持ってたから」

「……辛かったのか」

「うん。死にたかった……人形師の家の物置に放り込まれて、朝から晩まで人形作り。わたしの人形、わたしが作ったのに、あのクズ野郎が作ったってことにされて……」


 あのクズ野郎とは、リリィを拾った人形師。

 リリィの才能に目を付け、人形を作らせていたのだろう。

 リリィにも、辛い過去があったようだ。バルタザールと同じく、同情できる。

 もしかしたら、女神聖教の神官は全員……と、エルクは思った。


「……どんな理由だろうと無理だ。ピピーナは、こっちの世界に来れない。ピピーナ自身が言ってたんだぞ」

「そんなことない。ピアソラはできるって言ってた。『願い』と『祈り』を糧とした究極のスキルで「リリィ!!」


 リリィがビクッと震えた。

 エレナが、リリィの喉にナイフを突きつけていたのだ。

 

「それ以上は、ダメよ?」

「ご、ごめん」

「それと───時間、かけすぎちゃったかな?」

「えっ?」


 エルクが深呼吸し───右手をドラゴニュートへ向けた。

 ドラゴニュートの身体は、ピクリとも動かなくなった。

 お喋りでだいぶ毒が抜けた。

 エルクは右手を上げると、ドラゴニュートの身体も持ちあがる。

 そのまま左手を向け、ギュッと握り込むと───ドラゴニュートの身体がビクッと震え動かなくなった。

 そして、ドラゴニュートは人形へと戻る……エルクの念動力で、体内の臓器を握り潰されたのだ。


「俺の勝ち、だ」

「ふふ、ずいぶんと卑怯なやり方ね。でもいいわ……私たちの負け」

「エレナ、いいの?」

「ええ。外もほとんど鎮圧されたようだし、エルクくんのデータは取れた」

「……俺のデータ?」

「ええ。あなたを完全に始末するためのデータ。私とリリィで殺せればよかったんだけど、今のままじゃ無理みたいだしねぇ。あなたを殺すのは、他の神官に任せるわ」


 エルクはポーチから弾丸を取り出し、こっそりと左手の銃に込める。

 

「俺を殺せる奴ね。返り討ちにしてやるよ」

「それはどうかしら? 少なくとも、私はエルクくんの弱点を三つ見つけた。今のアナタなら、タケルが倒してくれる」

「…………」


 レバーを引き装填される。

 すると、窓から一人の少年が飛び込んで来た。


「よ、っと。あれ、まだやってたんだ」

「アザゼル。もうすぐ終わる。そっちはどう?」

「ああ、見つけたよ。ガラティーン王立学園が保管していたダンジョンの秘宝、『神器』だ」


 アザゼルの手には、青い宝玉があった。

 無数の切れ込みが入った不思議な宝玉だ。アザゼルは、満足そうに宝玉を見つめる。


「あと三つ……ふふ、楽しみだな。ところで、その子が例の?」

「ええ、エルクくん。裏切り者よ」

「へぇ~……」


 エルクは警戒していたが、アザゼルは笑っていた。


「初めまして。ボクはアザゼル……S級危険組織『暴王』のリーダーだ」

「…………」

「裏切り者の暗殺者アサシンエルクくん、会えてうれしいよ」

「……その青い球、なんだ?」

「あ、これ? これはダンジョンの秘宝の一つで、『水の宝玉アクア・レガリア』っていうんだ。今回の騒動の本当の目的は、これを手に入れることだったんだ」

「その青いのが? だ、ダンジョンの秘宝?」

「うん。秘宝っていうのは、剣や盾、金銀財宝ばかりじゃない。こんな風な、真の秘宝もあるんだ。ポセイドン校長が守っていた水の宝玉……伝承では、女神ピピーナがこの世界に置いたって言われてる」

「そ、そんなもんが、学園に?」

「うん。いやぁ苦労したよ。この件で、組織の半数の人間を失ったからね。まぁ、投入する価値はあった」

「話、ながい」


 と、リリィがアザゼルの袖を引っ張った。

 

「まぁ、そういうこと。わかった? きみの抹殺のためだけに学園を襲ったんじゃない。今までの襲撃は全て、この宝玉を手に入れるためだったんだ。エルクくん、きみが原因で学園が危険に晒されたから学園を辞める……なんて心配はもうないよ。この宝玉を手に入れた以上、もう学園には用はないからね」

「───」

「おっと」


 アザゼルの目の前の空間が歪み、《黒い穴》が開いた。

 アザゼルは、そこに水の宝玉を投げ入れる。


「残念。この『黒空間』内の物はさすがに念動力で引き寄せられないようだ」

「お前……」


 と、今度はエレナがエルクに右手を向ける。


「じゃあ、今日はここまで。ふふ……また会いましょう、エルクくん」

「ばいばい、エルク」


 三人の足下に黒い穴が空き、三人の身体が飲み込まれていく。

 

「───ふざけんな」


 やられっぱなし。

 このまま逃げられるのは、面白くない。

 エルクは左手を向け、一瞬で狙いをつけ───引金を引いた。

 ドォン!! と、銃身から弾丸が発射される。


「えっ」


 ボン!! と、消えゆくエレナの右手を貫通し、ねじり飛ばした。


「っぎ───」


 叫び声は聞こえなかった。

 腕をねじ切ると同時に、エレナたちの姿が消えていた。

 残されたのは、エレナの右手首だけだった。

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