目的

 ガラティーン王立学園の外れに、巨大な時計塔がある。

 普段は立入禁止で、立ち入りが許されるのは時計の整備師だけ。この時計塔の鐘が、学園の授業の始まりと終わりを告げる役目を持つのだ。

 その時計塔の頂上に、エレナとリリィはいた。


「始まったわね」

「うん。でも……エルクが狙いなのに、こんな大掛かりにする必要、あった?」


 リリィが首を傾げる。

 二人の目的は、エルクの抹殺。

 現在、女神聖教の脅威はエルクだけ。女神ピピーナをこの世に呼ぶめには、エルクという裏切り者の存在が邪魔なのだ。

 三つのS級危険組織を配下に加えたのは信者集めのほかに、エルクの始末を任せるためでもある。だが……正直なところ、女神聖教も余計な犠牲は望んでいない。

 目的のために一般人を殺したり利用することに躊躇いはないが、望んで騒ぎを起こすつもりはない(ラピュセルのダンジョン化は別だが)

 わざわざ、一般人が多く集まるイベントで、S級危険組織の構成員が三つも集まり結託し学園を襲うなぞ、混乱を招き犠牲が出るだけだ。

 納得していないリリィに、エレナは言う。


「あの、アザゼルって子の考えね。たぶん、世界に混乱を招きたいんじゃないかしら?」

「混乱?」

「ええ。あの子、ニコニコして人畜無害そうな顔してるけど……どす黒い『憎悪』を抱えてる。きっと、ひどい恨みを抱えてるのねぇ」

「ふーん。でも、ピアソラはこんなの許すの?」

「許すも何も、あの子はピピーナ様のことしか考えてないわよ」

「あと、おじいちゃんとエッチな女の人は?」

「……バロッコと、ヒナギクよね?」


 プルミエール騎士団総団長バロッコ、夜祭遊女の長ヒナギクのことだ。確かに、おじいちゃんとエッチな女の人である。

 

「バロッコは『秩序』を求めてるし、ヒナギクは『自由』を求めている。アザゼルは『混乱』として……あはは、交わるわけないわねぇ。もしかしたら内部分裂とかあるかもね」

「いいの?」

「大丈夫でしょ。今はピアソラの『洗脳』で味方にしてるけど……分裂が起きるようなら、洗脳の強度を上げて完全な人形にすればいいわ」

「人形……」

「そうそう、人形。リリィ、そろそろやる?……エルクくんが、動きだしたわ」

「エルク?」

「ええ。他にも、そこそこ強そうな冒険者や騎士、三年生も動き出したわね。ふふ、楽しくなりそう」

「じゃ、少しずつ出してく」


 リリィは『アイテムボックス』から、自分で作った人形を出す。

 ドラゴン、オーガ、トロール、オークなど、デフォルメされた人形だ。

 それらを時計塔の頂上からぽいぽい投げる。


融合魔法ブレンドアビリティ。『巨大化』、『リアリティ』、『自由意志』、『狂暴化』───【人形魔獣】」


 リリィ・メイザースのチートスキル。

 魔法を自由に作り、自由に発動するオリジナル魔法。

 人形が巨大化し、本物のような質感へと変化し、意思を持ち、狂暴化する。

 そして、エレナ。

 

「じゃあ、私もやろうかしら」


 エレナは両手を合わせ、祈るように目を閉じた。


「スキル領域展開───『聖女の祈りは奇跡の愛フォーリン・LOVE


 エレナのチートスキルが発動。空間が、ガラティーン王立学園を包み込んだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 エレナ、リリィがいる時計塔から少し離れたスキル学科校舎屋上に、何の特徴もない平凡な少年がいた。

 少年の名はアザゼル。S級危険組織『暴王アザゼル』のリーダーである。

 アザゼルは、屋上の手すりに身体を預けながら、目を閉じて頭を指でコンコン叩いていた。


「ふふ、始まった」


 アザゼルは笑う。

 スキル『千里眼』……アザゼルの部下の目を通して景色を見るスキル。

 アザゼルは、千里眼を解除して空を見上げた。


「始めるよ、姉さん。このクソッたれな世界をブチ壊す」


 アザゼルは、空に向かって手を伸ばす。


「女神聖教───……僕を『洗脳』したつもりだろうけど、甘いね。せいぜい利用させてもらおうか。騎士団、遊女の連中も……ふふっ」


 アザゼルは、楽しそうに笑い、伸ばして開いた手をグッと握った。


 ◇◇◇◇◇◇


「ちょ、エルク待って!!」


 フィーネが叫ぶ。だが、エルクは『念動舞踊テレプシコーラ』で一気に加速し、武装している『騎士団』と『遊女』と『暴王』の構成員の喉をブレードで斬り裂いた。

 大量に噴き出す血。そして、エルクは短弓に矢をセットし、向かってくる騎士団に向けて放つ。

 矢はまっすぐ飛んだかと思いきや、念動力で軌道を変え、騎士団の腕や足を何度も往復して貫通。

 

「は、はやっッブガ!?」


 エルクは怯む騎士に接近、ハイキックを側頭部に叩き込む。

 そして跳躍し、両手のブレードで遊女の首の後ろを二人同時に突き刺した。

 ブレードをしまうと「カシャン」と音がする。

 眼帯をしていない左目で、怯む敵たちをギロリと睨んだ。

 この間、七秒。たった七秒で十三人ほど始末した。

 そして、フィーネが合流する……闘うと言ったのに、エルクに付いて行くのがやっとだった。


「え、エルク……すごぉ」

「かっこいいー!」


 フィーネが驚き、シルフィディが興奮する。

 エルクの強さに、三組織の構成員たちは二の足を踏む。

 

「大したことない連中だ。フィーネ、このまま突破……」

「待った……え、エルク、見て」

「ん?」


 フィーネが指さした方を見ると……エルクが殺した死体が淡く輝いていた。

 そして、斬り裂かれた首の傷が癒え、死体だった肉塊が立ち上がる。


「なるほど。『聖女』様の力ってやつか!」

「みんな! オレたちは死なない! 聖女様の祈りがある!」

「痛くないし、怖くない! 聖女様、ありがとう!」


 聖女。

 死んでも生き返るスキル。

 回復スキル。

 

「───……エレナ先輩、か?」


 エルクは、ボコボコにしたロロファルドを一瞬で治療したエレナを思い出す。

 

「わわわ、生き返ったぁ!!」

「フィーネ、無茶するなよ!!」

「うんっ!!」


 フィーネの武器は四肢。主に足技をメインで戦う。

 普段は鉄板入りのブーツとグラブを装備しているが、今日はブーツだけ。一応武器に当たるのだが、フィーネは普段履きの靴としてごまかしていた。

 

「『加速アクセル』!!」


 フィーネのスキルが発動。

 傷が治ったばかりの騎士の腹に、加速した蹴りが叩きこまれる。


「ご、っぼぁ!?」


 騎士は吹き飛び、近くの建物の壁に叩き付けられた───……が、その身体が淡く輝くと同時に、傷が綺麗さっぱり消えてしまった。流れた血すら消え、汚れまでも落ちる。


「お、おお……すごい。これが『聖女』の力!!」

「やれる、やれるぞ!!」「ははははははっ!!」


 騎士、遊女、チンピラたちが負傷を恐れず向かって来た。

 エルクは舌打ちし、念動力でフィーネを引き寄せる。


「うわわっ」

「こいつら、怪我しても治るみたいだ。聖女とか言ってるし、エレナ先輩のスキルだと思う」

「でもでも、誰か一人とかじゃなくて、みんな治って───……あ、空間系スキル」

「ああ。空間系スキルの効果は半径五十メートルで統一されてるはず。近くにいると思うんだけど……」


 実は、エルクはエレナを探していた。

 だが、いない。

 そして、エルクは気付いていない。エレナのチートスキルは、効果範囲の設定がないことに。今は、学園全体を覆うように範囲設定されている。


「ど、どうしよう」

「簡単だ」


 だが、エルクには関係ない。

 襲い掛かって来る人数は、ざっと二十人。

 全員、負傷を恐れずに向かって来る。


「粉々に砕くとか、液状化するまで捩じるとかあるけど……とりあえず、シンプルに」

「え」


 エルクは両腕を広げ、念動力を発動。


「「「「「「「「「「っ!!」」」」」」」」」」


 二十人の動きが同時に止まる。

 エルクは両手を開き、グッと閉じた。

 すると───二人が正面衝突し、さらに一人、さらに一人とぶつかり集まっていく。念動力で力を加えているため、ベキベキと骨が砕ける音が聞こえた。


「人間団子のできあがり」


 完成。

 二十人の人間の身体を折り曲げてくっつけ、一つの巨大な『肉団子』にした。

 それを念動力で浮かし、エルクは遠投の動きで念動力で放り投げた。


「二度と来るんじゃねぇぞっ!!」


 肉団子は、音速に近い速度で上空へ飛び、千キロ離れた東の山脈頂上に激突した。

 フィーネは、ポンと手を叩く。


「そっか。スキルの効果範囲から出しちゃえばいいんだ!」

「そういうこと。さぁて、行こうか」


 エルクとフィーネは、エマの元へ向かい走り出す。

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