不穏な影

 試し撃ちは、次の機会にすることにした。

 エルクは、エマからもらった黒いポーチに弾丸を入れる。ベルトに通してあるので、腰から弾丸が取りやすいのがありがたい。

 何チームか、警備チームとすれ違った。

 全員、周囲を警戒しつつも笑顔を浮かべている。お客様が不快感を得ないように気を遣っているようだ。ちなみにこの配慮はカリオストロのものらしい。

 エルクが向かったのは、エマのクラス。

 

「お、いた」


 エマは、教室の隅で緊張しつつも笑顔を浮かべていた。

 エルクに気付くとパァッと表情を輝かせ小走りで向かってくる。


「エルクさん!」

「よ、エマ。なんか嬉しそうだな」

「はい! えへへ……私のデザインしたお財布が褒められて」

「そうなのか! おめでとう」

「ありがとうございます!」


 エマのクラスは女子が多い。手作りの小物や服飾関係が多い。

 エマの作った財布は折り畳み式の小さな物。

 だが、装飾が……カラスだった。


「……あの、これエマの?」

「はい! えへへ、カラスの装飾に凝っちゃって」

「そ、そうか」


 エルクを意識しているのかしていないのか。

 何と言えばいいのかわからず、エルクは曖昧に笑った。


 ◇◇◇◇◇◇


 その頃。

 ヤトとカヤは、やや不機嫌な足取りで歩いていた。

 警備以外の人間は武装禁止。ウェポン・アイテム系のリングも装備禁止。

 二人は丸腰で、商業科の廊下を歩く。


「平和ね……」

「ええ。ですが、こういう時こそ何かが起こります」

「私もそう思うわ。まったく……足手まといとは、よく言ったものね」

「同感です」


 カヤは、ヤトの従者であることを隠そうとしなくなっていた。

 最初は弟子として近づき友人として振舞っていたのだが、一緒に過ごすうちに友人ではなく従者として仕えたい気持ちが強まり、今では敬語を使い、常に一緒に行動している。

 最初は、ヤトはうっとおしがっていた。だが、一切引かないカヤの行動についに折れ、従者として振舞うことを許可した。

 ヤトの正体が露見する可能性もあったが……ヤマト国に詳しくないエルクたちには「カヤがヤトの強さに惚れ従者となった」と適当に説明した。ほぼ真実ではあったが。

 ヤトは一切見せないが、やはり同郷の存在というのはありがたい。一人ではないと、カヤの存在が嬉しいということもある。


「ヤト様、これからどうします? 商業科の見学だけで1日を潰すのはさすがに」

「そうねぇ……今日だけは訓練場も使えないし。このまま見回っても暇だし、ショッピングモールにお茶でもしに行く?」

「そうですね。では───あ」


 カヤが正面を見ると、エルクがいた。

 戦闘服を身につけ、カヤの視線に気づき近寄ってくる。


「よ、二人とも来てたのか」

「ええ、警備じゃなくて生徒として見に来たわ」

「棘があるな……」


 エルクはヤトに苦笑する。

 エルクの責任ではないが、警備に推薦した二人が「足手まとい」扱いされたことに、ほんの少しだけ罪悪感を感じていた。

 

「あー……二人、これからどうするんだ?」

「お茶でも飲むわ。今日は授業もないし、訓練場は使えないし」

「じゃあさ、エマに会っていけよ。同じ寮だし、挨拶くらいいいだろ? それに、二人が行けばエマも喜ぶ」

「そうかしら? 私、あの子と仲良くした覚えないけど」

「私は、挨拶程度ですが……」

「いいから頼むって。な?」

「……まぁ、いいけど」

「わかりました。では、行きましょうか」


 エルクと別れ、ヤトとカヤはエマの教室へ。

 すると、カヤが立ち止まる。


「カヤ? どうしたのよ、いきなり」

「…………な、なんで」

「カヤ?」

「や、ヤト様……このまま、ここの教室へ」


 カヤはヤトの腕を取り、エマとは違うクラスの教室へ。

 教室に入り、壁に身体を寄せた。


「ちょ、ちょっと……どうしたのよ」

「ヤト様、寮に戻って武器を取りに行きましょう。やはり、丸腰では危険すぎます」

「……敵?」

「はい。間違いありません」

 

 すると……着物を着た女性が数名、カヤとヤトの教室に入ってきた。

 カヤはヤトの前に。その様子を見て、着物の女性がクスクス笑う。


「警戒してるのバレバレやで? 丸腰のお嬢ちゃん」

「……ッ」

「ふふ、ヤマト国出身でウチらの素性に詳しいのは、御庭番衆くらいやねぇ。それにウチらのお客さん、ヤマト国政府関係者もぎょうさんおるし……公にはできないしねぇ」

「……カヤ、説明」


 ヤトが厳しい表情で着物の女性たちを睨む。

 女性たちはニヤニヤしている。今さら気付いたが、教室には誰もいなかった。

 カヤは、流れる冷や汗を隠そうとせずに言う。


「『夜祭遊女よまつりゆうじょ』……S級危険組織の一つにして、ヤマト国発祥の、世界最大最悪の遊郭です。彼女たちはそこに所属する『遊女』……私たち御庭番衆の敵です」

「……S級危険組織」

「正解。ふふ……」

「まさか、女神聖教ではなくお前たちが学園に乗り込んでくるとはな」


 カヤが敬語を捨て、御庭番衆としての顔になる。

 だが、丸腰では勝てない。カヤのスキルは身体強化。武術も納めているし、戦えなくはないが……やはり、武器がないと力は発揮できない。

 すると、遊女たちはケラケラ笑いだした。


「ぷ、あっはっはっは! 女神聖教、女神聖教ねぇ」

「……何がおかしい」

「ふふ、女神聖教も来とるでぇ? うちの姐さんが女神聖教と手を組んだんや」

「…………は?」


 遊女は胸元から扇子を取り出して広げる。


「ふふ、祭りが始まるで? お嬢ちゃんたち……少し遊ぼうか?」


 ◇◇◇◇◇◇


 エルウッドは、ガラティン王城の執務室で書類の整理をしていた。

 今日は、ガラティーン王立学園の生徒としてではなく、ガラティン王国王子としての仕事で忙しい。

 従者にして護衛の青年ロキスが紅茶を運んできたので休憩を取ることにした。


「ふぅ……」

「殿下、お疲れ様です」

「ああ。学生と王子、2つの立場も楽じゃないよ。えーと……なんだったかな。前に読んだヤマト国の本に書いてあった。『二足のワラジは履けない』だったっけ」

「難しいお言葉ですね」


 ロキスは紅茶のお代わりを注ぐ。

 すると、執務室のドアがノックされ、騎士が要件を伝えに来た。


「殿下。お客様がお見えです」

「……来たか」


 エルウッドが立ち上がる。

 ロキスと一緒に応接間に向かう。

 そこにいたのは、エルクたちの父キネーシス公爵だった。

 キネーシス公爵は、立ち上がり頭を下げる。


「殿下、この度……」

「待て。謝罪は必要ない」

「し、しかし……」

「謝るのは私の方だ。ロシュオ、サリッサの友人でありながら、彼らを止めることができなかった」

「……ッ」


 キネーシス公爵は歯を食いしばり俯く。

 どういう感情が渦巻いているのか、エルウッドにはわからない。

 キネーシス公爵は、搾り出すように言った。


「殿下……やはり、事実なのですか」

「…………ああ」

「くっ……ロシュオ、サリッサ、どうして」


 ロシュオ、サリッサ両名。

 S級危険組織『女神聖教』への参加により、テロリストとして手配。

 まだ極秘ではあるが、この事実が広まるのは時間の問題。

 肝心なのは、洗脳ではなく自分の意志で参加したということだ。

 キネーシス公爵の脳裏に浮かんだのは、公爵家取り潰し、爵位没収、財産没収。


「どうして、どうしてあの二人が……望むもの全てを与え、手塩に育ててきた。その二人が、S級危険組織に参加するなんて……どうして」


 キネーシス公爵は、頭を押さえてソファに座り込む。

 エルウッドは、対面に座って言う。


「二人は、必ず取り戻します。重い裁きが下されるとは思いますが……どうか諦めずに」

「…………はい」

「ところで、エルクのことですが」


 ピクリと、キネーシス公爵の頭が揺れた。


「彼は公爵家に戻ることはないのでしょうか? 確か、決闘に敗北した後、行方不明だったと」

「ええ。ですが、奴はもう貴族ではありませんし、キネーシス公爵家とも関係ありません」

「そうですか。彼ほどの功績があれば、あるいは……」

「…………!」


 エルウッドとしては善意のつもりだった。

 エルクの功績があれば、ロシュオとサリッサの罪も軽くなるかもしれない。そうすれば、ロシュオたちもエルクを見直し、また三兄妹で過ごせるかもしれない。

 だが───甘い。エルウッドは、どこまでも『甘ちゃん』だった。


 キネーシス公爵の表情が、ニヤリと歪んだ。

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